2021.05.31 INVESTMENT

今回は、VCが投資判断をするにあたってどういった点を検討するのかについて、ミツモアを例にとって解説したいと思います。

近年、サービス提供者と利用者をマッチングするスキルシェアサービス提供企業の上場が増えてきており、例えばスキルシェアプラットフォームを提供するココナラが3月にマザーズ上場、ビザスクは2020年3月、ランサーズは2019年の12月にそれぞれ上場しています。実際にこれらのサービスを利用したことがある方も多いのではないでしょうか。このように、スキルシェアサービスは今後もリモートワークや流動的なワークスタイルの広まりによって、さらなる成長が期待できるでしょう。

Angel Bridgeもローカルサービスに特化したマッチングサービスを提供する株式会社ミツモアに2019年に出資し、ハンズオン支援を行っています。上記のようなスキルシェアサービスはマッチングする主体がフリーランスなので副業目的の人が多いですが、ミツモアはそれらとはマッチングする主体が違い、事業者が本業として利用するパターンが多いです。さらに目的が見積もりなので、スキルシェアサービスとは似て非なるということで非常に面白いと思い、検討をしました。

ローカルサービス市場

スキルシェアとは、個人が保有するスキルを資産として捉えて、特定のスキルを必要とする顧客と、そのスキルを保有する提供者をつなぐサービスのことです。上場企業ではビザスク、ランサーズ、クラウドワークス、ココナラなどが当てはまります。この中でもミツモアは特にローカルサービスのマッチングに特化しています。

Angel Bridgeがこのローカルサービスのマッチング市場に注目した理由は、ターゲット市場がかなり大きいことです。
ローカルサービスは集客手数料だけでも3兆円以上の巨大市場であり、取り扱う業種を拡大していくことでさらに収益を上げることができます。実際にこの領域にはいくつものベンチャーが参入しています。

一方で、日本ではローカルサービスは数十兆円規模の市場であるにも関わらず、集客も事務作業も前時代的な方法で行われており、効率化に苦慮している部分が多くあります。こういった旧態依然とした市場環境に関しては、ミツモア代表の石川氏がコンサルタント時代に地方銀行のプロジェクトをやっていたとき、クライアントである中小企業の経営者たちと話す中で深いペインを感じていたそうです。

ベンチャーとしてはもう少しニッチな市場を狙う方が取り掛かりやすいですし定石とされていますが、難しいからこそあえてチャレンジし、この巨大な市場をターゲットとしてプロダクトを磨きこむことで日本へ大きなインパクトを与えたいという石川氏の思いに共感しました。

ビジネスモデル・サービス

それではここでミツモアがどのようなサービスを提供しているのかをご紹介します。

ビジネスモデルとしては、事業者は完全無料で見積もりを出すことができ、提案が成立すれば課金されるような成約課金モデルをとっています。

こういったプラットフォームビジネスは依頼者と事業者双方が増えるに連れてエコシステムが形成されてネットワークエフェクトが効いてくるのが特徴であり、IT系サービスでは一番成功事例の多いモデルです。

先ほども述べた通り、ミツモアはカメラマン/士業のようなローカルサービスの見積もりプラットフォームを提供しています。特にカメラマン/税理士向けが強みですが、カバー領域はハウスクリーニング/リフォーム/庭の手入れなど20以上に及びます。

サイトイメージは以下の通りです。カメラマンからの見積もり事例ですが、撮影場所や予算などの必要情報を入力すると、最短3分で見積もりを受け取ることができ、最短翌日にプロが来ます。最大5名の事業者からの見積もりを比較することが可能です。

投資検討を始めた時期には、以上のカテゴリーの中で既にカメラマン・税理士のカテゴリーが立ち上がり売上も出ていました。このように少なくとも二つのカテゴリーが立ち上がっており、さらにカメラマンと税理士という全然違うタイプだったので、今後も順調に他のカテゴリーも立ち上がっていくだろうと想像できました。

競合

それでは競合について検討したことをご紹介します。
ローカルサービスのマッチング領域においてはオペレーター型のプレーヤーが複数存在し、市場が形成されていることから既にニーズがあるのは分かっていましたし、そのアナログな部分がITに置き換わり便利になっていくというシフトは必ず起こると思いました。例えばよくある引越しの見積もりサイトだと、登録するといろんな業者から電話がかかってきて、ヒアリングをされて見積もりが出てくるという、まだまだアナログなやり方が行われています。

プラットフォーム型にも競合が存在しており、どちらかというとB向けのサービスがミツモアで、他の競合は主婦層をターゲットとしている、といったように色の違いはあります。これらは今後事業領域の境目がなくなっていくと予想されますが、市場も巨大で拡大しているため、ミツモアを含めた何社かはメガプラットフォーマーとして共存ができるのではないかと考えました。

経営陣

Angel BridgeがシリーズAでミツモアに投資するにあたり、経営陣についても理解を深めました。

特にアーリーステージにおいて経営陣は重要です。代表の石川氏は稀に見るハイスペック創業者(桜蔭→東大法学部→ベインアンドカンパニー(5年)→Wharton MBA→米国ITベンチャー)で、MBA時代に起業を強く意識し、国内の中堅事業者の非効率性を打開したいとの想いでミツモアを起業しています。ハイスペック創業者だから必ず成功するとは限りませんが、少なくとも自分でやると決めたことに関しては結果を出してきた人だと言えると思いました。

さらに、共同創業者のCTO柄澤氏も業界トップレベルのエンジニア(東大理学系院→ヤフオク担当/最速で昇格/社内受賞多数)です。創業直後に入社したCXO吉村氏(京大法学部→McKinsey)も良いバランサーであり、その他優秀なWeb/SEOのエンジニアなどを複数巻き込んでいることから、優秀な人材を惹きつける魅力が石川氏にはあるのだと感じました。

さらに、石川氏はVCから調達を受ける前に、著名なエンジェル投資家を何名も巻き込んでいました。これだけエンジェル投資家を集めることができたということは、こういった人たちを巻き込み、かつ継続サポートしてもらえる魅力があるということの証明になりポシティブです。

また社長との面談はもちろんですが、共同創業者、本社の主要メンバーとも一人一人面談を行いました。

このように、代表の石川氏は度重なる困難に素早く打ち勝つだけの地頭の良さ、やり切り力(パッション)、優秀なメンバーを組織できる人間性を持ち合わせているとひしひしと感じ、心から応援していきたいと思い投資を決めました。

おわりに

ローカルサービスの市場規模は30兆円以上と非常に大きいにもかかわらず、いまだにオペレーター型のようにユーザー側にとっても事業者側にとっても生産性の低いモデルが主流となっています。

ベンチャーはニッチな領域から攻めるパターンが多い中で、あえてこういった旧態依然としている巨大市場にチャレンジしていくことは非常に意義深いですし、プロダクトを磨きこんでいくことで社会に大きな価値を見出せると思っています。

繰り返しになりますが、Angel Bridgeは社会に大きなインパクトをもたらすために、あえて難しいことに挑戦していくベンチャーこそ応援しがいがあると考えており、こういった領域に果敢に取り組むベンチャーを応援したいと考えています。事業の壁打ちや資金調達のご相談など、お気軽にご連絡ください!

2021.05.26 INTERVIEW

日本を明日に希望が持てる国へ

ミツモアはどのような事業を行っているのですか?

石川:ミツモアという、見積もりが簡単にとれるプラットフォームを運営しています。ユーザーがミツモアのサイトに訪問して質問に答えていくと、それに対して事業者さんからの見積もりがすぐに最大5件届きます。
事業者側からすると、一度設定を行うだけでその後の見積もり業務が自動化されるので、ミツモア経由のお客様の引き合いに対して、事業者は何の手間もなく受注活動ができて非常に効率的です。

他にも見積もりを行っている競合はありそうですが、どういった点がミツモアの競合優位性なのでしょうか?

石川:まず、弊社ほど全領域をカバーしているプラットフォームはありません。特にカメラマン/税理士向けが強みですが、カバー領域はハウスクリーニング/リフォーム/庭の手入れなど20以上に及びます。

カテゴリ

また、見積りプラットフォームのプロセスをここまで自動化できているサービスは他にはないでしょう。例えばよくある税理士の見積もりサイトだと、登録するといろんな業者から電話がかかってきて、ヒアリングをされて見積もりが出てくるという、まだまだアナログなやり方が行われています。

それに対しミツモアでは、リクエストの内容に基づいて計算をすることで、ベストな選択肢を自動で提案することができます。事業者の全てのデータを持っていて、この人がベストだというのが分かるので、最適な選択肢をお届けできるのです。この点がユーザーにとっての体験の差に繋がっていると思いますし、事業者からすると非常に効率的に営業活動ができることが強みだと思います。

ミツモアを起業するまではどういったキャリアを歩んでいたのですか?

石川:新卒でベイン・アンド・カンパニーという戦略コンサルティング会社に入社した後、自分で将来起業したいなと思い、アメリカでMBAを取りその後シリコンバレーのZazzleというスタートアップで働いていました。

なぜ起業しようと思ったのですか?

石川:日本の将来の見通しの暗さをずっと感じており、どうやったら日本が明るい世界になるのかとコンサル時代からずっと考えていました。特に私は海外で暮らした経験もあったため、海外では給料が上がっていくのが当然で労働生産性も高いですが、日本はG7の中でも最低の労働生産性で平均賃金も伸びていないという状況を見てきました。

自分自身のことだけを考えれば日本経済の中でニッチに戦って満足するという生き方もありましたが、そうではなくマスに対して働きかけその人たちの労働生産性を改善させることで、日本の明るい未来が思い描けるようになりたかったというのが起業のきっかけです。

なぜ起業する前にアメリカに行こうと思ったのですか?

石川:アメリカは起業先進国で、プロダクトを作るときの考え方が洗練されています。そのため日本の基準でモノ作りをするよりは、世界の標準がどこにあるのかを理解してから作った方が、良いものを世の中に提供できると思ったからです。

そこまで石川さんを突き動かすパッションの原動力はどこにあるのでしょうか?

石川:元来負けず嫌いな性格なので、日本が経済的に負けていることが嫌なんだと思います。

幼少期を日本と中国で過ごしたのですが、小さい頃日本は世界中の尊敬を集めていたのに対し、だんだんと後退していっているのを感じていました。
ベインで働いていた頃にもいろんな国を見ていましたが、経済が伸びている国の明るい雰囲気に対し、日本は諦めてしまっている雰囲気を感じました。そうではなく、明日のほうがいい暮らしができると思えた方が幸せだよね、と思ったんです。

より多くの人に影響を与えるビジネスがしたい

起業するにあたって躊躇することはありましたか?

石川:ミツモアの事業をやろうと決めた後は全く躊躇はありませんでした。どちらかと言えば最初はすごく孤独でしたね。3ヶ月間共同創業者が見つからず誰とも話さない時期があり、図書館からの帰り道に強めの音楽を聴いて自分を奮い立たせたりしました(笑)。

どうやってミツモアの事業アイデアに行き着いたのですか?

石川:いわゆる大企業向けの事業ではなく、より多くの人の労働生産性を上げることができるというのを一番のテーマに考えていました。そういった私のやりたい事と一致するかというのと同時に、自分がバリューを生み出せそうな分野か、海外の成功事例の中で日本でも成功しそうかという3つの観点で、色々なビジネスをデューディリジェンスしていきました。
その中でも特に泥臭いビジネスの方がバリューが出ると思い、数多くあるサービスの中で見積もりを取るという極端に泥臭いところを選びました。

どういったメンバーで創業したのですか?

石川:最初はCTOの柄澤と共同で創業しました。柄澤はヤフー出身で、知り合いのエンジニアに最も優秀でやる気があるエンジニアを紹介してくれと頼んで紹介してもらいました。その人はハッカーズバーというエンジニア向けのバーに勤めている人で、そのバーに週2-3回通って「紹介してくれないと帰りません!」と言って遂に紹介してもらったのを覚えています(笑)。柄澤はマスに対してのバリューを追い求めるという考え方が一致していて、彼とだったらこの先もすれ違うことなくやっていけると思いました。
またCXOの吉村は、私のMBA同期から起業したがっているMcKinseyの後輩がいるということで紹介してもらいました。
現在はパートタイムも含め120名ほどまでメンバーを拡大しています。

どうしてここまで魅力的なメンバーを惹きつけることができたのでしょうか?

石川:やはり一番大きいのは、ミツモアが目指している世界観への共感だと思います。

起業当初に色々なベンチャーキャピタル(以下、VC)と話す中で、ニッチを狙ったほうがやりやすいしベンチャーの定石だよと指摘されたり、ベンチャーなのに野望を抱きすぎだということも散々言われていました。私自身としてももう少しニッチなところを攻めたほうがこんなに苦しまなかったと思いますし、成長も早かったと思います。しかし、だからこそプロダクトを磨きこむことで日本へ大きなインパクトを与えられるだろうし、難しいからこそチャレンジしてみたいというメンバーが集まってきたんだと思います。

起業当初何人もの著名なエンジェルからの投資を受けたようですが、なぜそこまでの支援を受けることができたのでしょうか?

石川:著名なエンジェル投資家の方々のインナーサークルがあり、一人から投資を受けると他にも色々な投資家の方に繋いでいただけたというのはありますね。

最初に投資してくれた方は、「石川だったら諦めないし本気でやるだろうから」ということで投資してくれました。起業するとやはり苦しいことが多いので、諦めないかどうかが一番大事だと思います。

また事業への共感もあったと思います。当時AI領域が流行っていたので、AIを選べば簡単に成長できると思うが何故AIに行かないのかと聞かれ、「マスに対して大きいことをしたいんです」ということを説明したら、とてもいいねと共感してもらえました。

なぜAngel Bridgeから投資を受けようと思ったのですか?

石川:もともとシリーズAは2社から投資を受けようと決めていました。1社だけだと万が一上手くいかなかった時のことを思うと不安ですし、逆にあまり増やすとコミュニケーションコストが上がり、事業成長がスローダウンすると思ったからです。

プロダクトを作るときに海外を意識して作っていたので、1社は海外にもプロダクトにも強いという軸でWiLを選びました。

もう1社は本当に辛いときにもそばにいてくれる、一緒に乗り越えてくれる、心理的繋がりが持てるようなVCが良いと思い、それが圧倒的に感じられたAngel Bridgeに決めました。

また、寄り添ってくれるという点の他にも、ファイナンス面での知識が豊富であることもAngel Bridgeを選んだポイントでした。多くの起業家はファイナンスをしたいから起業しているわけではなく、モノづくりをしたくて起業しているのでファイナンスのことはよくわかりません。当時河西さんは投資先の調達のために自分もVC回りをしていると言っていて、私自身調達する時に事業が止まってしまうことがすごく心苦しかったので、次の調達を考えたときに非常に魅力的だと感じました。

寄り添ってくれると感じたのは具体的にはどのような部分でしたか?

石川:まず投資検討のプロセスの進め方が非常に起業家フレンドリーでした。スピードが早いのもそうですし、他のVCとの交渉方法までアドバイスしてくれたので、ここまで寄り添ってくれるVCはなかなかいないなと驚きました。自分自身がVCなのにVCとの交渉の仕方を教えてくれるというのは驚きですよね。

また、次のラウンドはこういう設計でやるといいかもしれないねとか、次のラウンドを見据えて今回の調達はこういう形が良いよねとか将来を見越したアドバイスまでくれて、非常に起業家目線だったことが大きいですね。

河西さんはなぜミツモアに投資を決めたのですか?

河西:まず石川さんをリーダーとしたマネジメントチームが魅力的でしたね。レジュメの見た目だけでなく、メンバー全員にインタビューした時に感じた泥臭くやり切るというパッションに感銘を受けました。

あとはビジネスモデル的な面でいうと、スケールが担保できればネットワークエフェクトが効いてくる典型的なプラットフォームビジネスなのでそこの守りの部分は安心かなと思いました。また、攻めの部分で言うと一つのミツモアブランドで全ての見積もり市場を取りに行くという点が素晴らしいなと思いました。我々はメガベンチャーの創出をモットーに掲げているのでニッチを攻めずにそこにチャレンジしているというのが何よりも共感を持てました。

最後に当時カメラマンと税理士の2つの領域で既にサービスが立ち上がっていたので、今後他領域への展開も順調にできると思えたのも大きかったと思います。

色々他に検討しようと思えばいくらでも出来ましたが、これらのポイントだけを確認して実質的には1週間ほどで投資を決定しましたね。

シリーズAの資金調達後に逆境はありましたか?

石川:プロダクトマーケットフィットしたと思っていたのに、実は完璧にはしていなかったということがありました。イノベーターと一部のアーリーアダプターで止まっていて、マスへの壁を乗り越えられていなかったんです。永遠に越えられない壁を感じ、一番苦しかったですね。

それを乗り越えるために、課金体系を成功報酬型にするなどビジネスモデルやプロダクトを変えてもがき続け、今のモデルにたどり着きようやくマスに受け入れられるようになりました。

資金調達後はAngel Bridgeからどういった支援を受けましたか?

石川:ファイナンス面だけでなく事業面でも沢山ご支援をいただいており、本当にありがたいなと感じています。新しいカテゴリーをやるときは、ほぼ必ずMckinsey出身の八尾さん(Angel Bridgeアソシエイト)にお声がけをしています(笑)。

というのも、カテゴリーが多いので尋常ではない数の市場を理解しないといけないからです。例えば自動車整備業界を1週間で理解するとなるとかなりコンサル的なワークが必要になるので、McKinsey的に客観的に分析できることが非常に助けになります。

日本全体のGDP向上に向けて

ミツモアの事業を通じて今後どのようなことを実現していきたいですか?

石川:ミツモアのゴールは日本の労働生産性が上がってGDPが増えたときだと思っています。ミツモアを使っている会社って他の会社に比べて労働生産性が高いよねという状態が実現され、そうなった時にみんながミツモアを使っていて、それにより日本全体のGDPが向上しているような世界を実現したいです。

今はミツモアというプラットフォームで、集客・見積り自動化・発注したら一瞬でベストチョイスが見つかるというモデルで勝負していますが、将来的にはこれを越えて真に人々の生活に食い込んでいけるようなサービスを作り続けたいと思っています。

2021.05.21 INTERVIEW

治療法が未だ確立されていない心不全に挑む

Heartseedはどのような事業を行っているのですか?

福田:iPS細胞から高純度の心筋細胞を作製し、独自開発した移植デバイスを用いて心臓に移植する重症心不全の全く新しい治療法の技術開発に取り組んでいます。

なぜ心筋再生医療の研究を始めたのですか?

福田:心不全は現在心臓移植が主流な治療法ですが、移植にはドナーが必要ですし、補助人工心臓という機械を入れる治療法も、血栓ができたり感染症が起きるので数年ほどしか入れておくことはできません。本当の意味での病気を治す方法はなく、死と直結しているんです。

そういった背景から心不全の病気を治したいという想いはずっとあったのですが、私が大学を卒業した頃はまだ心不全の領域では遺伝子レベルの研究はされておらず、患者の病態を理解するための研究が中心でした。しかしそのような研究を一生懸命やってもなかなか患者を根本的に治療することはできません。そこで、根本的治療に直結するような遺伝子レベルの研究をしたいと思い、その頃既に遺伝子レベルの研究が行われていたがん領域で一旦研究を進めることに決めました。その後ハーバード大学、ミシガン大学への留学を経て、心不全を心臓移植以外で治療する方法を探すための研究を日本で始めました。

どうやって現在の技術に辿り着いたのですか?

福田:最初は骨髄の細胞を使って研究しました。骨髄の中には、骨を作ったり、軟骨を作るような細胞が存在することがわかっていて、これを用いて研究できるのではないかと思ったんですね。そして4年間かかって論文ができ、骨髄の細胞を使って心臓の細胞を作れることが世界で初めて報告できたんです。
世界各国から関心を集め、沢山の国で臨床研究がすぐ始まってしまいましたが、私は骨髄の細胞から心筋を大量に作るのは難しいと気づき、他の治療法を見つけなければいけないと思いました。

それと同時期にES細胞(受精卵の胚の内部細胞塊を用いてつくられた幹細胞)という、神経細胞や血球細胞など様々な種類の細胞に分化でき、かつほとんど無限に増殖できる細胞が初めて報告されました。そこで私はヒトの ES 細胞を使って心筋を作る試みを始め、5年かかってES細胞でも心筋を作れるようになったのです。

またその頃山中伸弥先生の iPS 細胞(特定の遺伝子を導入することで人工的につくられた多能性幹細胞)に関する研究が世界で初めて報告されたため、iPS 細胞を使って心筋細胞を作るチャレンジもしようと思い再度研究を始め、心筋細胞を効率的に作れるようになったんです。しかしiPS細胞はまだ医療応用されていません。なぜかというと、iPS 細胞から心筋を作ると心筋以外の細胞も沢山残ってしまうというハードルがあったからです。

一番の問題はiPS細胞自体がかなり残ってしまうことで、これを移植すると、iPS細胞は増殖能が強く色々な細胞に分化するので骨や軟骨や脂肪組織ができて腫瘍化してしまうんです。そのため世界中の大企業は iPS 細胞に興味を持ちながらもまだ医療応用できていません。そこで我々は、iPS 細胞・ES 細胞とそれ以外の細胞の違いをはっきりさせることで心筋だけを選別できないかと考えました。

こういった背景があるので、Heartseed が所持している最も優れた特許は、残存するiPS細胞を除去して心筋細胞だけを純化精製できる特許なのです。この論文の引用件数はかなり多く、これはすなわち世界のどこでもこの技術が再現できるということなので、世界的にも高く評価されていて科学的にも間違いがないということの証明になっていると思います。

どうやって心筋細胞だけを精製するのですか?

福田:iPS細胞・ES細胞と心筋細胞の大きな違いとして、iPS細胞・ES細胞はブドウ糖がないと生きていけませんが、心筋はブドウ糖がなくても乳酸があれば生きていけるというエネルギー代謝の違いがあります。そこでブドウ糖を除き乳酸を加えた培養液を作って研究をすると、思った通り心筋細胞だけを生き残らせることに成功したんです。

その後、味の素社と共同開発を進め無事成功し、心筋細胞は安全に作れるだろうということでAMEDという国立の研究開発法人から毎年約2億円の研究費用をいただくようになりました。再生医療の産業化のための研究を続け、産業化のめどが立ったので2015年に Heartseed を立ち上げました。

大手の製薬会社と共同研究を行うという選択肢もありましたが、やはり製薬会社だとどうしても会社の利益も考慮しないといけないので、患者本位の治療を追い求めるならベンチャーが最適だろうと思い、バイオベンチャーを立ち上げるという選択肢を選びました。

創業から共に歩んだ軌跡

河西とどういった経緯で創業することになったのですか?

福田:当時河西さんは Angel Bridge を創業したばかりで、大学発ベンチャーのアーリーステージに投資をしていました。研究室のメンバーと河西さんが同級生だったという繋がりで知り合い、一緒に会社を設立することになりました。

それ以来も河西さんには社外取締役としてサポートをいただきながら、シリーズ AからシリーズCまで順調に資金調達を行い、シリーズBまでで41億円、シリーズ Cでも大きな資金調達をしようと考えています。会社としても順調に成長しており、治験をするための体制づくりを継続して行っています。

どんなメンバーが集まっているのですか?

福田:COOの安井は河西さんの同級生ということもあり2019年にジョインしてくれました。東大薬学部を卒業後、ベイン・アンド・カンパニー、外資系製薬企業を経ています。CMO の金子は慶應の医学部を卒業し4年間臨床を経験した後、外資系製薬企業、さらにサンバイオというバイオベンチャーを経た臨床開発のプロです。他にも製薬会社・メーカー・商社・会計士など様々なバックグラウンドの人が共感してジョインしてくれており現在では40名近い組織となっております。

河西とHeartseedを創業してみてどうでしたか?

福田:まず河西さんの投資ビジネスに関する目利きは非常に優れていると思いましたね。アーリーステージの会社の目利きは外れることが多く、さらにバイオ領域は一般的に成功確率0.5%と言われていて、非常に投資判断が難しい領域です。しかし河西さんだけは、今までやってきた研究の可能性に非常に早い段階から気づいてくれて、そこに累計5.5億円もの多額の投資をしてくれたんです。そこから一気に事業が加速した結果として、今のHeartseedがあるのだと思います。

また資金調達の際の投資家回りの戦略については非常に頼りになりました。様々なVCに対する理解があり、資金調達の際にどういった投資家を株主にすればいいのか、そのために株主のバランスをどうするか等的確なアドバイスをくれます。資金調達に関しては卓越した知識とセンスをもっていらっしゃると思いますね

真の大学発ベンチャーの先駆者へ

今後どういった世界を実現していきたいですか?

福田:今まで心不全の患者に対しては症状を和らげる対症療法しかできず根本的な治療はありませんでしたが、今後心筋細胞を移植することができるようになれば、根本的な治療ができるようになり心不全の患者は激減すると思います。

また今後の世界への展開にむけては、世界中の皆さんを治療できるような細胞を作ることが重要だと考えています。今は山中先生が作った日本人に最適なiPS 細胞を使っていますが、それは必ずしもグローバルでベストな細胞ではありませんし、将来海外展開する際はテーラーメイドの iPS 細胞での治療も提供することが必要です。

例えば車を例にとれば、だれもが購入できる大衆車もあれば、オーダーメイドの高級車もあるでしょう。医療でも同じく、決まった細胞からiPS細胞を作る場合もあれば、患者さん自身の細胞から iPS 細胞を作るというビジネスもあります。そしてそのための技術基盤は既に揃っているのです。

私自身様々なバックグラウンドがあるので、細胞の製造から投与のデバイス作成、戦略作成といった全てに携わることができます。また、血液から iPS 細胞を作る特許や高品質の iPS 細胞をつくる特許も持っているので、あらゆることに対応できるのです。特注のiPS 細胞を作ることができれば、免疫抑制剤を使わなくて良いというのが一番のメリットでしょう。そういったビジネスも併せて両方展開することを目指しています。

そしてこれをいち早く世界中の患者さんに届けるためにも、海外の大手プレイヤーと組むことが非常に重要であると考えており、そちらも着々と準備を進めています。

また、日本の医薬品・医療機器産業がグローバルでかなり遅れをとっていることはあまり知られていないのではないでしょうか。日本は医療先進国だと思われがちですが、実は医薬品医療機器を年間4兆円も国費で輸入している医療後進国なのです。大規模臨床試験までたどりつける製薬企業はとても少なくなっていますし、心不全の薬一つをとっても、全部外資に負けてしまっているんです。

このように日本の医療が危機的な状態の中で、Heartseed が日本発の治療を世界に打ち出して、日本の黒字化に貢献しないといけないと思っています。

そのためにも大学発ベンチャーが増えていくことも必要でしょうか?

福田:そうですね。現状では医学部発のベンチャーで、さらにここまで医学部の教授が直接深く関わっている事例は少ないと思います。

河西:大学に眠る技術を世の中に出していくことは大学のためにも日本のためにもなると思うので、その先陣を切りたいですね。Heartseed が成功事例となることでどんどん他の先生たちも自分たちが起業しようとなってくると効果100倍だなと思っています。

よくあるパターンとして、技術力のあるところにビジネスマンが入ってきて一緒に起業して、先生は研究だけするというのがありますよね。でもそうではなく、研究室の先生が自分の技術を自分で主導して世の中に届けるというのが、本当の意味での大学発ベンチャーだと思っております。

(Heartseed株式会社 取締役/監査役メンバー)