2022.01.17 COLUMN

こんにちは!Angel Bridgeインターンの黒田です。現在、京都大学医学部医学科5回生です。

これから、アメリカの未上場Fintech企業についての調査結果をシリーズ化して発信していきます。アメリカの成功事例を調査し、それが日本でも応用できないか? 日本とアメリカの注意すべき市場の違いは何か? などの観点から考察していきたいと思います。よろしくお願いします!

今回は第2弾として、住宅ローンを提供するBetterを紹介します。

Fintech市場全体像

KPMGのレポートによると、COVID19パンデミックの影響によって世界のFintech企業への投資額は2019年$215Bから2020年$122Bに下がりましたが、2021年はその流れに反発して上半期だけで$98Bもの投資が行われています。これは目覚ましい回復です。

次に全体と比較をしてみます。2021年第3四半期だけで42社のフィンテック企業がユニコーンになり、これはユニコーン誕生数の3分の1です。また、2021年上半期のVC投資額$294BのうちFintech分野が$52Bを占めています。このように全体と比較してもFintech分野が伸びていることがわかります。

アメリカFintech企業のリストアップにはFintechLiveの出している「The 198 Fintech Unicorns of the 21st Century (July 2021 update)」を参考にしました。このリストから本拠地がアメリカかつ、未上場のものを抽出しています。

未上場Fintechは54社ありました。今回はそれをカオスマップにまとめています。

Fintech市場全体像 *Angel Bridge作成

この中から今回は第一弾として、住宅ローンを提供するBetterを紹介します。

Better概要

Betterは2014年に現CEOのVishal Gargによって設立されました。これまでに5回の資金調達を行っており、その合計調達額は$900Mです。最新の2021年4月のラウンドでは$6Bという高い評価を受けています。最新ラウンドではSoftbank Vision Fundも参加しており、注目企業となっています。そのミッションは「住宅ローンを迅速に、低いコストで、透明化されたプロセスで提供する」となっています。

Better概要

Betterのビジネスモデルについて解説します。住宅購入者に対して住宅ローンを提供し、その住宅ローンを投資家に売却することでマージンを得るというものです。ローンの金利で収益を上げているわけではありません。

Better概要

この投資家には、Fannie MaeやFreddie Macなどの政府支援機関や、機関投資家が含まれます。売却される住宅ローンは証券化され、政府支援機関に元本保証されます。

ローンをすぐに投資家に売却するメリットとして、ローンを回収できないリスクを回避できること、資金不足に陥らず次々と多くの住宅購入者にローンを提供できることが挙げられます。

Betterが解決しているペイン

ではBetterは債務者のどのようなペインを解決する企業なのでしょうか? 現在、住宅ローンを組むときの債務者のペインとして次の二つが挙げられます。

①手数料が高すぎる
通常、住宅を購入するときは購入価格の6~10%が手数料としてかかります。不動産手数料に加えて様々な保険料や鑑定料、ローン手数料などです。
②プロセスが複雑すぎる
住宅ローンを組む際、処理すべき書類が多すぎたり、手続きの完了まで時間がかかりすぎたりするのがペインの一つとしてあげられます。具体的には必要となる書類が500枚以上になる、ローン手続きまで平均で45日かかる、といったことが挙げられます。CEOのVishal GargがBetterを創設したのも、住宅ローンを組もうとした際に散々手続きでトラブルになった挙句組めなかったという原体験がきっかけとなっています。

サービス内容

Betterはテクノロジーを使ってこれらのペインを解決します。
Betterのサービスは大きく分けて4つで、住宅ローン、不動産、タイトル保険、住宅所有保険です。

本記事では、Betterのサービスの中心となっている住宅ローンについて解説します。

手数料は一切無料で住宅ローンを提供する
本来、住宅ローンを組む際は、ローン提供者に対してローン手数料を支払わなければなりません。しかし、Betterは他の住宅ローン提供者が取る手数料の類を一切取りません。
100%オンラインで、事前承認まで3分、ローンクロージングまで平均32日で行える(業界平均は45日)
Betterは独自のワークフローエンジンを持っており、住宅ローンを組む際の手続きの多くを自動化しています。住宅ローン購入者の負担が減り、手続き完了までの時間が短くなっています。
業界水準より低い金利で住宅ローンを提供する
下の図は業界水準とBetterの金利の推移です。常にBetterの金利が下回っているのが分かります。これにより、住宅ローン購入者は平均で$8,200を節約できます。
住宅ローンサービスの詳細 出典:Better Investor Overview May,2021

Betterを支える技術

ではBetterはどのような技術でこれらのサービスを実現しているのでしょうか。

具体的に、二つの技術が挙げられます。一つはワークフローエンジンの「Tinman」、もう一つが「投資家とのマッチングエンジン」です。それぞれ解説します。

①Tinman
TinmanとはBetter独自のワークフローエンジンです。従来はブローカーが人力で行っていた作業を自動で行います。従来は債務者と住宅売却者の情報のやり取りや、債務者とローン提供者の情報のやり取りの間には、ブローカーが介入し、手続きを進めていました。この方法では債務者は書類の確認作業に追われたり、ブローカーに高い手数料を払わなければならなかったりとデメリットがあります。しかしTinmanがこの作業を代替することで債務者の確認作業が減り、ローン組成終了までの時間、人件費を削減できます。図で表すと下のようになります。
Tinman
Tinmanは現在も進化を続けています。エンジニアチームが営業チームからのフィードバックをリアルタイムで受け取り改善するというシステムで、生産性を上げ続けています。
②投資家とのマッチングエンジン
Betterは債務者と物件のデータを取得し、投資家の求める価格や条件を瞬時にマッチングさせるプラットフォームを持っています。大部分の住宅ローンは政府支援機関に売却するのですが、このマッチングエンジンを利用して、投資家に直接売却することで政府支援機関に売却するよりも高く売ることができます。このプラットフォームには年間一兆円以上の需要が集約しています。ローンを組成して売却するまでのプロセスを合理化することで、住宅ローン購入者に対して低金利、手数料無料という形で還元することができています。
これら二つはBetterのエンジニアの高い技術力によって作られ、動かされています。創業当時から最新の技術を取り入れ、Amazon Web Services上にインフラを構築しています。また、独自のコードテスト、コードリリース環境のおかげで、エンジニアによるコードの作成と検証を何度も素早く行うことができる環境となっています。
GoogleからBetterに転職したエンジニアのインタビューによると、Betterでは大企業よりも一人のエンジニアのビジネスへの影響力が大きく、より早く成長できます。また、エンジニアの数に対するプロジェクトの数も多く、様々な技術を使いながら課題を解決しなければなりません。そのような点で、Betterはエンジニアにとっては魅力的な環境となり、優秀な人材が流れているようです。

トラクション

ローン組成額は右肩上がりとなっており、2021年の第一四半期だけで$14Bのローンを提供し、現在は月に$4Bのローンを提供しています。また、収益もそれに応じて増加しています。

トラクション 出典: Better Investor Overview May,2021

日本の住宅ローン市場

次に日本とアメリカの住宅ローン市場の違いについて考察します。以下の二つが挙げられます。

①市場規模が異なる
日本とアメリカでは住宅ローンの市場規模が異なります。2020年に組まれたローン額を比べると、アメリカは$3T、日本は$185B(21兆円)となります。日本で同じようなビジネスを興す際にはこの点に注意する必要があるでしょう。また、下のグラフからわかるように、現在特に住宅ローン市場が伸びているわけではありません。
日本の住宅ローン市場 出典: 住宅金融支援機構 業態別の住宅ローン新規貸出額及び貸出残高の推移
②証券化の文化がアメリカよりも乏しい
アメリカでは70%の住宅ローンが証券化されているのに対し、日本では証券化されているローンは10%程度です。これにより日本では貸し倒れリスクを引き受けられる資金力のある金融機関が住宅ローンを提供するものだという風潮があります。
では日本ではノンバンクが住宅ローンの参入できないかというとそうではありません。住宅ローンを証券化するシステムは存在します。住宅金融支援機構が住宅ローンを買取り、証券にして売却する「フラット35」というシステムがあります。日本の住宅ローンを提供するノンバンクの多くはこのシステムを利用し、貸し倒れリスクを回避しています。しかしこの買い取り量も伸び悩んでおり、証券化の文化が進んでいるとは言い難いです。
日本の住宅ローン市場 出典: 住宅金融支援機構 フラット35利用者調査 2020年度
③アメリカより日本は金利が低い
アメリカでは住宅ローン金利が3~3.5%あるのに対して、日本は1~1.5%と低いことも違いとして挙げられます。これは証券を購入する投資家が得る利益が相対的に少ないことを意味します。また、組成したローンを売却する側としても、売却時に得られるマージンが少なくなります。

おわりに

日本とアメリカの市場の違いを考慮すると日本で住宅ローン事業を行うのはアメリカよりは厳しいかもしれません。しかし、日本ではまだBetterのような、実店舗を持たず完全オンラインで住宅ローンを提供し、かつ、手数料を0にしている企業は存在しません。もしそのような企業が現れて日本の市場の現状を変えてしまえば、面白いと考えています。

Angel Bridgeは世の中を大きく変えるイノベーションを起こしていきたいと考えています。 事業の壁打ちや資金調達のご相談など、お気軽にご連絡ください!

2022.01.07 COLUMN

こんにちは!Angel Bridgeインターンの山田と申します。
現在、海外や日本でSaaSの大型資金調達やIPOが続出しており大きなトレンドとなっていますね。特に、領域特化型のVertical SaaSが盛り上がりをみせています。
そうした背景からアメリカのEC領域特化SaaSの成功事例を調査し、それが日本でも応用できないか?日本とアメリカの注意すべき市場の違いは何か?などの観点から考察していきたいと思います。よろしくお願いします!
今回は第1弾として、延長保証をAPIで提供するExtendをご紹介します。

EC領域特化SaaSの全体像

まず初めに、EC分野のテクノロジー企業に対する投資動向について見ていきます。
BDOグローバルのレポートによると、EC分野のテクノロジー企業への投資額は2019年から2020年の前半にかけてCOVID-19の影響を受けて減少したものの、その後右肩上りに上昇しています。(*左軸参照)

EC領域特化SaaSの全体像 出典:New technology developments stimulate e-commerce investment and growth 14 June 2021 by BDO GLOBAL

次にもう少し詳しく見ていきます。
まず、EC領域特化SaaSは大きく二つに分類することができます。それは、

  1. ①ShopifyのようにEC機能全般を提供する企業
  2. ②ECサイトにAPIを提供することでサイトの機能を拡張する

の二つです。そして今回は②について詳しく見ていきたいと思います。
というのも、APIがビジネスとビジネスを繋ぎ、企業同士がお互いの強みを利用して新たな価値を創出する動きが近年活発になってきているからです。

フィンテック分野のBNPLはその代表例です。BNPLとは「Buy Now Pay Later」の略で、その言葉の通り「今買って後で払う」後払いサービスのことです。与信審査や手数料が発生しないという手軽さから利用者が急増しており、ECサイトに後払い決済機能を有したAPIを接続することで、EC事業者はCVR向上が見込めるのです。2021年9月に、日本でBNPLサービスを手掛ける株式会社PaidyがPayPalに3000億円で買収されたことでも話題になりました。

そして、BNPL以外にもECにAPIを提供するSaaS企業は年々増加しており、2021年現在14社のユニコーンが存在しています。その中でも特に注目な企業をリーチ・コンバージョン・ペイメント・ロジスティクス・カスタマーサポートというカスタマージャーニーに沿った5つのステップに分類してカオスマップを作成しました。

EC領域特化SaaSの全体像

こうして見てみると、半分以上の企業が2021年になってから1億ドル以上の大型資金調達を実施しており、EC領域特化SaaSの盛り上がりが分かりますね。

この中から、今回は第一弾として延長保証をAPIで提供するExtendを紹介します。

Extend概要

Extendは2019年に現CEOのWoodrow Levinによって設立されました。これまで4回の資金調達を行なっており、その合計調達額は$320Mです。
直近のSoftbank Vision Fundも参加した2021年5月のラウンドでは、$260Mを調達し評価額$1.6Bのユニコーンとなっています。Extendのmissionは、CEOのLevinのインタビューによれば「すべての製品にAppleCareをつけること」です。

Extend概要

続いてExtendのビジネスモデルについて説明します。
Extendは独自に保険会社と提携し、EC事業者に対して延長保証を簡単にECサイトに実装できるAPIの形で提供します。

Extend概要

企業は自社の商品と共にExtendの商品を販売するだけでよく、延長保証の運営自体はExtendが全て代行してくれます。マネタイズは消費者から支払われる延長保証の代金で行なっておりAPIの使用料は無料です。

Extendが解決しているペイン

延長保証の有無で顧客のCVRが大きく変わることから、ECにおいて延長保証はマーケティング戦略の一つであるという考えが最近浸透しつつあります。
しかし、以下のようなペインから中小のEC企業では充実した延長保証が提供できない状況が続いており、また顧客にとっても不便が多い状況でした。
Extendは延長保証業界がこれまで抱えていた以下のペインを解決しています。

①企業側にとってのペイン
延長保証のカスタマーサクセスに人員が大量に必要なことや、延長保証の契約料が高額なことから大企業しか延長保証を提供できないこと。
②顧客側にとってのペイン
実際に商品を購入した店舗に行って、煩雑な手続きを経なければ保証内容を受けられないこと。またレシートや書類などを保管しておかなければならないこと。

サービス内容

ExtendはECサイト上に無料で組み込めるAPIの形で延長保証を提供し、これらの課題を解決します。まずはExtendの延長保証提供のプロセスを見ていきましょう。

プロセス1: 消費者は商品と一緒に延長保証を購入
サービス内容
プロセス2: 商品が故障した際はExtend内のチャットで交換申請
サービス内容
プロセス3: 申請が通れば、新品の商品が発送される
サービス内容

このわずか3つのプロセスで保証が完結してしまうのです。
消費者にとっては、従来のように煩雑なプロセスを経ず全てオンライン上で保証が完結し、レシートや書類の管理なども必要ないのでスムーズな保証体験を提供できます。
企業にとっても、APIの使用量は無料であり、カスタマーサポートもExtend側が全て引き受けてくれるので負担ゼロで延長保証が導入できるのです。

Extendを支える技術

ではExtendはどのような技術でこのサービスを実現しているのでしょうか。
その技術として以下の二つが挙げられます。

①AIチャットボット
「Kaley」と名付けられており、機械学習技術によって請求されたクレームの98%を60秒以内に裁定できる機能を有しています。この技術はスムーズな顧客体験を提供すると共に人材削減にも貢献しており、APIの無償提供を可能にしています。
②機械学習を用いた価格設定技術
延長保証の適切な販売価格を設定することは、API使用料でマネタイズしていないExtendにとって生命線です。そのため、Extendは高度なデータエンジニアリング技術を持つメンバーを多数採用しています。例えば、現在ExtendのCRO(最高利益責任者)を務めているRob Pfeiferは、Affirm*の創業メンバーで最高リスク責任者と最高収益責任者を務めていた人物です。
その他にもAffirmで機械学習を用いた価格設定および財務組織で指導的地位をしめていたKevin Tsuiなど、金融バックグラウンドを有した精鋭エンジニアが多数在籍しています。

*Affirmとは2012年創業の「後払い」に特化したフィンテック企業で、これまでに累計10億ドル以上を調達した後、2021年1月に上場を果たしました。上場時の評価額は236億ドル(約2兆4500億円)となっています。

トラクション

現在Peloton、iRobotなどD2Cブランドを中心に150社以上のブランドと提携しています。

トラクション

また、APIを組み込めるECプラットフォームは、Shopify、BigCommerce、Magentoをはじめ30ほどあります。
実際にExtendの導入による収益増加の実績も多数あります。

トラクション

日本の延長保証市場

日本の消費者はアメリカと比較して、D2C企業よりも楽天などのモール型サイトの出品者からの購入が多いという違いがあります(Extendはモール型サイトへのAPI提供は行なっていません)。
しかし、延長保証をAPIの形で提供することへの大きな障壁は無いと思われます。
実際に、日本でも数社が延長保証をAPIで提供するサービスを手掛けており、日本の延長保証業界は今後更に盛り上がると考えられます。

おわりに

今回はEC領域特化SaaS特集の第一弾として、延長保証を提供するExtendを紹介しました。延長保証をAPIの形でECサイトに実装しUX向上を図ることは、アメリカでは既に主流となっており、日本にもその流れが着々と来ています。これからも、アメリカのEC領域特化SaaSの事例をもとに、日本で現在起こっている、もしくは今後起こりうるトレンドを紹介していきたいと思います。

最後になりましたが、Angel BridgeはCVR向上を目的としたEC周辺サービスにも積極的に投資しています。事業の壁打ちや資金調達のご相談など、お気軽にご連絡ください!