2023.11.09 INTERVIEW
ゲノム解析技術がもたらす恩恵を多くの人に届けたい
改めまして、齊藤さんのお言葉でVarinosの事業内容を解説いただけますか?
齊藤:Varinosはゲノム解析技術をもとに各種臨床検査サービスを提供するスタートアップです。現在は不妊治療の一環として行われる子宮内フローラ検査、着床前ゲノム検査、次世代POCゲノム検査のほか、妊娠中や妊娠に備える女性のためのサプリメントの提供も行っています。いずれも不妊治療に費やす時間や経済的負担を減らし、不妊に悩む女性やご家族の苦しみを和らげるために開発したサービスです。
齊藤さんの管掌範囲と職務内容を教えてください。
CSOとCOOを兼務しています。CSOとしての役割は全社戦略や事業戦略の全体像から、各戦略を実現してくための事業プランを策定することで、もう一方のCOOとしての役割ではそれら戦略や事業プランに基づき、組織やオペレーション構築から、プロジェクトマネジメントを含めた実行・運用部分を統括しています。さらに最近、管掌範囲に広報・PRも加わって、戦略策定から実行フェーズまで幅広い業務にコミットしている状況です。
齊藤さんは北大獣医学部を卒業された後、アステラス製薬で臨床開発に携わり、その後、戦略コンサルティングのドリームインキュベータ、医療ITのエムスリー、AI開発のPreferred Networks(以下、プリファード)で活躍されました。これまでどのような基準でキャリアを選択してこられましたか?
齊藤:新卒で入社したアステラス製薬で医薬品の臨床開発と社会人としてのイロハ、特に事業会社的なウェットな仕事の進め方などを学び、次に選んだのが戦略コンサルティングファームのドリームインキュベータでした。製薬企業での仕事は、ビジネスや経営といった企業活動の上流部分とは無縁だったので、まったくの素人から大局的な思考やビジネスの上流設計を身に着けていくには戦略コンサルティングが一番近道だと考えたからです。その後、戦略構築だけでなく、そこで身に着けたスキルや思考力で事業を実際に立ち上げて成長させてみたいと思い、エムスリーとプリファードという分野の異なる事業会社に進みました。いまVarinosにいるのはこれまでの経験を活かして、創業間もないスタートアップをどこまで成長させていけるかにチャレンジしてみたいと思ったからです。
優れたサービス品質とそれを裏付ける確かな技術力
齊藤さんはVarinosのどこに将来性を感じたのでしょう?
齊藤:まずはシンプルにサービスと市場を見たときに、これはきっとうまくやれば勝てると思ったことです。市場の特性や、その市場におけるアンメットニーズと提供するサービスバリューのマッチングが明確で、かつバリューを支える品質と技術力の確かさ全てが揃っているなと。不妊治療における体外受精成功率が残念ながら高いとは言えない状況の中で、Varinosが提供する子宮内フローラ検査にはその課題を解決するという明確なバリューがありました。かつ、超微量の菌量を測定するという難易度の高い解析においても、解析結果が出ない割合はわずか1%程度に過ぎないという高い性能を誇っています。きちんとしたエビデンスがあることや、細かい精度の差が医師や患者さんにとって大きな価値となりうる医療業界の中で、この製品力はこの上ない大きな強みであり、スタートアップでもこの業界で十分戦っていけると確信したので、このサービスの成長に貢献しようと決めました。
入社後、とくに大変だったことについて聞かせてください。
齊藤:そもそも勝ち筋とアプローチ方法に関しては、入社前にある程度想定できていたので、正直、事業面で苦労した記憶はあまりありません。強いて言えば、入社時に、余りにも何も整ってなかったので、これを1から整えていくのは大仕事だなあと思ったことくらいでしょうか。自分は事業活動の中で見出したファクトをベースにPDCAを回して行く事が基本スタンスなのですが、当時は顧客リストも案件管理も整備されておらず、過去のファクトなども洗えない状況でした。そのため、現状を把握し業務プロセスをイチから整えるのはそれなりに手間がかかりましたが、優秀な元同僚に声をかけてVarinosに参画いただき、短期間でインフラを整備できました。また事業面のみならず財務面や経営管理などでも、すぐにでもやるべきことが山積みの状態だったので、自分だけでは手が回らないかも、と思いはじめていた矢先に、河西さんが現CFO兼経営管理本部長の平川を引っ張ってきてくれたんです。おかげでずいぶん気が楽になりましたし、会社活動全体もうまく回るようになりました。河西さんにはいくら感謝しても足りません。本当に助かりました。
河西:齊藤さんと平川さんが入社されてからVarinosの売上が大きく伸びたので、私としてもご紹介した甲斐がありました。齊藤さん、平川さんを往年の時代劇「水戸黄門」にたとえるとすると、CEOの桜庭さんが黄門様で、おふたりは黄門様を支える家臣の助さんと格さんといったところではないでしょうか。どちらも非常に心強い存在です。
齊藤:結果を残すのが私たちのミッションですからそう言っていただけて嬉しいですね。
河西:齊藤さんはさまざまな業界で経験を積まれています。異なる環境下で常に結果を出し続けるため心がけていることはありますか?
齊藤:結果を出すのは、特に現場で数字を上げてくれるフロントメンバーや、バックでサポートいただいてるメンバーの尽力あってのことという前提があっての話ですが、私の立場で心がけているのは、戦略立案はもちろん、結果を出すまでのロードマップやそれらが順調に進んでいるかを評価するためのKPIの作り込みと、実行した際の評価と改善を徹底することですね。勘や楽観的な解釈、妄想と大差ない思い込みなどはできるだけ排除し、常にファクトに基づいて施策や活動を評価し、成功事例は拡大させて、うまくいかないものは改善するなり、切り捨てるなりする。それを成果を出すまで繰り返していくというのが私のやり方です。要は愚直に当たり前のことを当たり前に突き詰めるというだけなのですが。これは決して唯一解ではないと思いますが、少なくともVarinosではこういった取り組みがいまのところ功を奏しているのかなと思います。
河西:確かに。齊藤さんの仕事ぶりを間近で見ているのでよくわかります。
齊藤:ありがとうございます。いまお話しした結果とは、要は売上や利益です。個人的には、当然経営者として追求すべき指標であると同時に、事業活動に対する公正な評価指標だと思ってます。たとえば、自分ではうまくやったつもりでも売上が全然上がってなかったら、その活動成果は意味がないと同時に着目すべき課題がほかにあるという示唆にもなるでしょう。また、逆に何もしてないのに売上が上がってたら未知の外部要因による可能性を示唆しているので、さらに事業をレバレッジさせる成功要因を見つけるきっかけにもなります。このような形で徹底的に知恵を絞って客観的に出てきた数字を評価をして、課題を特定・対処可能なサイズにまで分解して、勝ち筋を見つけ徹底的にやりきることが、成功に繋がる道なのかなと思います。ですからどんなに泥臭いことでも取り組むスタンスは重要でした。
経営者の孤独を癒やす「クロスラーニングの会」
話は遡りますが、おふたりが出会ったのはいつですか?
齊藤:私がプリファードにいたころでしたね。
河西:そうでした。私はVarinosと創業直後からかかわっており、当時からVarinosをサイエンティストの集団として高く評価していました。しかし、サイエンティスト集団であるがゆえ、事業を回しスケールさせる人材が足りないという弱点も抱えていました。そこで以前からお付き合いのあった人材エージェントに相談をもちかけたところ、紹介していただいたのが齊藤さんでした。
齊藤:河西さんにお会いしたころはまだ会社を辞める予定はなかったのですが、はじめてお会いした後も、3カ月に1度くらいのペースで定期的にお会いしてましたね。
河西:ええ。判で押したように定期的にお会いするよう働きかけたのは、齊藤さんが転職したいと思われるタイミングを逃したくなかったからなんです。
齊藤:そうだったんですね。おかげさまでいまの自分にあった環境に巡り合えました。ありがとうございます(笑)
ところで河西さんは、なぜ齊藤さんがVarinosの経営陣にふさわしいと感じたのでしょうか? 白羽の矢を立てた理由を聞かせてください。
河西:齊藤さんは獣医学部出身で獣医師免許もお持ちで、サイエンスもわかるし製薬の経験もおありです。それに加え、戦略コンサルや事業会社で新規事業の立ち上げもある。レジュメをひと目見てこの人が必要だと思いましたね。
齊藤:Varinos以外にも何社か投資先をご紹介いただきましたね。私の目にとりわけ魅力的に映ったのがVarinosでした。
河西:それで早速、桜庭さんに引き合わせたところ意気投合し、その後トントン拍子に話が進み入社が決まりました。齊藤さんは経験も実力も兼ね備えており、かつ当事者意識も強い方です。当時からバランスのよさが際立っていました。桜庭さんとの相性もバッチリでしたしね。齊藤さんがVarinosにジョインされるまで1年半から2年はかかったと思います。ようやく口説き落とせました。
齊藤:エムスリーやプリファードで、イチから事業を立ち上げ、手離れするところまで経験できたので、次はより小さなスタートアップで、自身の管掌範囲を広げて会社の成長にコミットしたいと思っていたんです。将来性のあるアイデアや技術をビジネス化しスケールするようなフェーズが自分の得意領域なので、その点、当時のVarinosの状況にもピッタリ符合していましたね。加えて、当時体外受精は自由診療だったため、医療業界における他の領域に比べて戦略変数が多く、会社規模や累積経験といった点でディスアドバンテージがあったとしても、大企業と戦いうる数少ない領域です。チャレンジしがいがあるテーマだと感じて入社しました。
齊藤さんは、河西さんにどんな印象をお持ちでした?
齊藤:経営者のウェットな部分に触れることを恐れず、暖かく見守るようなケアをしてくださる印象がありますね。「あれやれ」「これやれ」と上からモノを申すようなことがなく、経営者であるわれわれをリスペクトしてくださった上で、必要なケアを提供してくださる方だと思っています。
どんな支援が印象に残っていますか?
齊藤:いろいろありますが、とくに私はAngel Bridgeが投資先を集めて主催している「クロスラーニングの会」がとても気に入っています。
どんなところがお好きなんでしょう?
齊藤:クロスラーニング会はAngel Bridge投資先の経営者が集まり企業運営のノウハウや成功体験、失敗体験をざっくばらんに共有し合う場です。経営者は孤独な存在だとよく言われますが、実際、目の前にある課題に深く入り込めば入り込むほど視野狭窄に陥ってしまいます。でもこうした会合に参加することによって「悩んでいるのは自分だけじゃないんだ」「こんなやり方があるのか」と、実践した人しか語れない説得力のある話が聞ける。視野が開かれるようで、とてもありがたいんですよ。これまで2度参加しましたが、その都度、目から鱗が落ちるような経験をさせてもらいました。
河西:人事制度や評価制度をどうすべきかといったテクニカルな話から、経営者のメンタルケアについてまでいろいろな話題が出ますよね。
齊藤:そうですね。毎回ためになる話が聞けるので、お金をお支払いしたほうがいいのではと思うほどです(笑)。経営者同士が開襟を開いて話せる場ってなかなかありませんから、ぜひこれからも続けてください。
河西:私は投資先も含めてAngel Bridgeファミリーだと思っているので、それは嬉しい言葉ですね。身内同士で学び合えるのは相互扶助につながりますし、もちろん成長意欲を高める刺激にもなりますからね。私も長く続けていくべき取り組みだと思っています。
学び直す気概でスタートアップに飛び込んでほしい
齊藤さんは今後、Varinosをどんな会社にしたいですか?
齊藤:これまでは業界内でのポジショニングの確立を急いでいましたが、その取り組みが一定の評価を得る段階まできたので、今後は海外進出を含め新たな取り組みを加速させます。他の業界同様、医療業界も大きく変わりつつある一方で、まだまだレガシーな側面があるのは否めません。新たな手法やアプローチで業界の常識を打ち破り、Varinosを各界からベンチマークされるような企業にする。それが私の目標です。
河西:私たちとしても、困ったときにはいつでも手を差し伸べるつもりでいるので、これからも常に本音で話し合えるような関係を保っていきましょう。
齊藤:そうですね。これからもよろしくお願いいたします。
最後に、プロフェッショナルファームで積んだ経験をスタートアップで活かしたいと考える方にメッセージをお願いします。どんなことに注意するべきでしょうか?
齊藤:プロフェッショナルファーム経験者は、仕事の進め方や思考のフレームワークが共通するだけに、同質性が高い者同士でやりとりすることに慣れているように感じます。しかし、そのやり方をそっくりそのまま事業会社に持ち込んでも、すぐにはうまくいかないことが多いのではないでしょうか。業界ごとや職種ごとにそれぞれ考え方や仕事の仕方に特質があるからです。とくにスタートアップは成長途上にあり、その点も踏まえた上での環境作りからはじめる必要もあります。大所高所から経営を見渡すのも大事ですが、現場では普段何が起こっているのか、どんなモチベーションで働いているのか、まずはそれを知ることからはじめることをお薦めします。そうして既存のメンバーを巻き込み、スタートを切るのが重要です。個人的にはこれまで身に付けてきた常識を一旦忘れ、学び直すくらいの気概で飛び込むべきだと思います。もしそれだけの覚悟がありやり切れるのであればきっといい成果が残せるのではないでしょうか。