2024年12月に匠技研工業株式会社(以下匠技研工業社)が、シリーズAラウンドにおいて総額5億円の資金調達を発表しました。Angel Bridgeも本ラウンドにおいて出資しています。
匠技研工業社は、製造サプライヤー向け工場経営DXのSaaSを提供するスタートアップです。
今回の記事では、Angel Bridgeが匠技研工業社に出資した背景について、特に製造サプライヤー市場の動向と匠技研工業社がその中で発揮する強みに焦点を当てて解説します。
まず、製造業界の全体像を説明します。
製造業界にはメーカーとサプライヤーの二つのプレイヤーが存在します。
メーカーには自動車などを製造する完成品メーカーや装置・生産ラインを製造する設備メーカーが存在し、サプライヤーには部品やユニットを製造するための機械加工/板金加工などを行う加工業者が存在します。
メーカーは設計/調達業務を請け負い、複数のサプライヤーに見積を依頼し、相見積を経て受発注先を決定します。
一方、サプライヤーは見積/製造業務を請け負い、メーカーに依頼された見積依頼に回答し、受注後の製造/納品を行います。
その中でも、匠技研工業社は製造サプライヤー向けに注力して事業展開しています。
図1:製造業界の受発注構造
次に、製造サプライヤーを取り巻く環境と課題について見ていきます。
近年、サプライヤーの利幅は減少傾向にあり、中には仕入れ値より売り値が低い逆ザヤになってしまうケースもあります。要因としては大きく二つあります。
一点目は、コストダウン要求があり、長年に渡る商慣習の影響や取引停止の恐れからメーカーが強い交渉力を保有していることが背景にあります。
二点目は、原価高騰があり、情勢不安や円安の進行による材料費/エネルギーコストの上昇により利益が圧迫されています。
図2:製造サプライヤーの利幅減少傾向
このようにサプライヤーを取り巻く環境が厳しい中、交渉力の向上や利幅確保に向けて、データ/ロジックに基づいた最適な見積価格の算定が必要となってきています。
一方で、サプライヤーの見積業務は旧態依然としており、ペインを抱えています。
見積業務の課題として、非効率性/属人性が挙げられます。
見積業務を担える人が限られており、工数や時間も多くかかるため、捌ける案件数が限定的という非効率性を抱えている中で、担当者は受注の数倍にもおよぶ数の見積を毎日残業で対処しています。また、少人数の見積担当者に依存・属人化しているのに加え、見積業務の後継者が不足しています。
同様に、メーカーの見積業務にもサプライヤーとは異なった課題が存在します。課題として、取引先の評価・管理/業務の標準化が挙げられます。サプライヤー各社の見積の価格整合性が不明なのに加え、取引先が多く案件の管理が煩雑で取引先の評価・管理が困難です。また、図面をアナログで管理していたり、都度の相見積・価格交渉・トラブル対応等のノウハウがデータとして残らないなど発注業務の標準化が遅れています。
以上のように、見積業務はサプライヤー/メーカーの双方にとってペインのある領域ですが、それぞれが抱えているペインの広さや深さは異なっています。
多くの企業はメーカーの課題から解決しようとしている中、匠技研工業社は製造サプライヤーの課題である見積業務の非効率性と属人化を解決するべく、見積業務にフォーカスした、工場経営DXシステムを展開しています。もちろん、サプライヤー向けに事業を展開している企業もいますが、図面管理や工程管理に留まり、最も根深いペインがある見積業務の解決には至っていません。匠技研工業社は丁寧な現場ヒアリングを経て、各社様々で複雑な原価計算ロジックをカスタマイズして実装することを強みに、もっとも顧客への提供価値の高い見積業務の効率化から着手し、そこで得た図面データをベースに製造サプライヤーの製造工程の一気通貫したDXに取り組んでいます。
図3:サプライヤー/メーカーのペイン
続いて、匠技研工業社の事業について説明します。
提供するプロダクト「匠フォース」は3つの大きな強みを持っています。
1つ目は、誰もが直感的に操作できるUIを持つことです。部品の図面情報をアップロードするだけで、図面番号・品名・材質などの情報を自動で入力できます。また、図面をドロップするだけで独自AIを用いた類似図面検索ができ、過去の図面との類似性から見積金額を試算できます。
2つ目は、手厚いサポート体制です。現場でのヒアリングをベースに専門スタッフが顧客に合わせた原価計算ロジックを構築し、試験運用やフィードバックなど導入支援を行います。また、ロジックの随時修正や新機能の活用支援は永年サポート付きとなっています。
3つ目は、社内ナレッジのデータベース化による属人性の解消です。原価計算ロジックの実装による見積業務の標準化に加え、進行中の案件情報や図面情報などの一元管理を通じて、ものづくりのノウハウ蓄積/品質管理/社員教育等が可能であり、見積を担当できる人材を育成し、増やすことができます。
図4:匠技研工業社のプロダクト概要
このような強みを突き詰めることで、匠技研工業社にしかできない価値を生み出せており、すでに製造現場のオペレーションやシステムに深く組み込まれ、ユーザーから高く評価されています。具体的には、社員が現場と膝を突き合わせて約3ヶ月間にわたって丁寧に導入支援をするなど、優れたオンボーディング体制によって、パソコン慣れしていない顧客も含めて総じて高く評価されています。
また、見積管理で蓄積した図面データをもとに後工程まで含めて一気通貫でDXを実現していく戦略の上、足元で新規プロダクトの開発を進めています。
Angel Bridgeが匠技研工業社に投資するにあたり、経営チームへの理解も深めました。
図5:匠技研工業社の経営陣
匠技研工業社には、製造業の現場を深く理解して泥臭く真面目に向き合える優秀な経営陣が集います。経営陣の3人は、東京大学運動会ラクロス部男子BLUE BULLETSの同級生であり、創業時から強い結束力を持っています。
前田CEOは、東京大学法学部卒であり、ラクロス部で培った高い理念と行動力を持ち合わせ、経営陣や従業員を巻き込んで強固な組織文化を醸成しています。
また、東京大学院工学系研究科にて医療機器の研究開発を経験したシステム開発の核を担う井坂CTOや、同じく東京大学院工学系研究科にて半導体関連の研究開発を経験した原CBOをはじめ、優秀な経営陣が集います。
プロダクトの品質のみならず丁寧な顧客へのオンボーディング体制が高い評価を受けるなど、組織全体としても、 誠実に事業やクライアントと向き合う姿勢が浸透しており、匠技研工業社の成長を支えています。
製造業界は日本のGDPの約20%を占める約108兆円(2022年度国民経済計算年次推計より)と非常に大きな市場です。一方で、サプライヤーを取り巻く環境に目を向けると、メーカーからのコストダウン要求、原価高騰などにより苦戦を強いられています。その中で、データ/ロジックに基づいた最適な見積価格の算定が必要となる中、依然として見積作業は非効率性と属人性の課題を抱えています。こうした課題の解決には、製造業の現場を深く理解して泥臭く真面目に向き合うことが求められますが、前田CEO率いる匠技研工業社は、現場に寄り添う強固な組織文化を醸成して顧客から高い評価を得ています。匠技研工業社は、見積作業の効率化を起点に製造サプライヤーの課題を解決し、製造業界から日本全体のGDPの成長に大きく貢献する企業になると弊社も期待しており、しっかりと伴走してまいりたいと思います。
Angel Bridgeは社会への大きなインパクトを創出すべく、難解な課題に果敢に挑戦していくベンチャーを応援しています。ぜひ、事業戦略の壁打ちや資金調達のご相談など、お気軽にご連絡ください!