石倉:Logomixは2019年に設立された東京工業大学発バイオベンチャーです。弊社独自の研究開発プラットフォームGeno-Writing™ Platformを提供し、パートナー企業の課題解決につながる高機能細胞を開発するゲノムエンジニアリングカンパニーです。
石倉:私たちの強みのなかでもっともインパクトがあるコアテクノロジーは、大規模ゲノム改変技術「UKiS(Universal Knock-in System)」です。UKiSは、東京工業大学の相澤康則准教授が確立したゲノム改変技術で、ノーベル賞を受賞したことでも名高い「CRISPR/Cas9」の編集領域が約20塩基なのに対し、UKiSは大規模かつ自由自在にゲノム改変を可能とし(現時点において世界で最も大規模のゲノム配列(100万塩基対))、構造が複雑なゲノムを効率よく設計改変が可能です。これまでのゲノム編集技術を「建物のリフォーム」にたとえるなら、Geno-Writing™ Platformが実現するのは「街ごと作り変える」のようなレベルです。これほど大規模かつ正確なゲノム編集技術は世界を見渡してもほかにありません。
石倉:現在は主に「医療・ヘルスケア」「バイオマテリアル・化学・エネルギー」「農業・養殖・環境」を対象に事業を展開しています。UKiSはこれまでの常識を超える先端的な技術です。それだけに、当初はこの技術を必要とするビジネスドメインを探すのにとても苦労しました。創業から1年ほどは、医薬、化学メーカーなど日米150社に足を運びヒアリングを重ね、ようやく現行のプロジェクトに絞り込んだ経緯があります。
石倉:もともとは医師になるか、医学研究の道に進もうと考えていたのですが、2000年6月を境に考えが変わりました。当時のクリントン米大統領がホワイトハウスでヒトゲノムの解読作業をほぼ終えたという記者会見を見て「これだ」と思ったからです。その後、GenentechやAmgenなど、当時創業30年にも満たなかったバイオベンチャーの時価総額が、名だたる製薬会社より大きいことを知り、すっかりそのダイナミックさに魅了されてしまいました。学部生の途中からは、研究ではなく事業を通して社会実装に直結する仕事をしようと心に決め、以来バイオ、ゲノムの世界を歩み続けています。
石倉:2010年以降、長年バイオ領域の成長を支えてきた投資家に加え、ITビジネスで成功した人たちがどんどん投資サイドに入ってきたこともあって、合成生物領域に注目が集まっていました。2017年になると、史上初めて真核生物のゲノムを1から設計し、合成に成功したというニュースを知り「これはスゴいことになるぞ」と。それで、合成生物学の領域で起業するチャンスを模索するようになり、何人もの先端的なゲノム技術を持つアカデミアの方々とお話しするなかで出会ったのが相澤先生です。相澤先生は専門の合成生物学だけでなく、バイオ、化学、医薬などにも詳しく、ご自分の人生を社会課題の解決に費やしたいと信念をお持ちの方。知的好奇心旺盛で気さくで、経営感覚にも長けておられます。ご一緒しませんかと申し出ました。
石倉:創業前に在籍していた日本医療機器開発機構時代に一度お会いしたことがあります。確か2018年でしたね。
河西:そうでした。あるとき合成生物学に興味を持ってネットで情報を集めていたとき、たまたま見つけたプレスリリースにLogomixと石倉さんのお名前がありました。ただその時点では確信が持てず、相澤先生にアポイントをいただいてようやく「あのときお会いした石倉さんだったと」(笑)。2021年の夏に再会して、そこから本格的なお付き合いが始まりました。
河西:石倉さんは、バイオ、ゲノム領域におけるシリアルアントレプレナーです。大学発ベンチャーに付き物の大学や研究者との関係構築の難しさをよくご存じで、それを踏まえてビジネスを構築できる希有な方です。その上、相澤先生が確立した技術をどう活かせば、社会的インパクトを残せるかよくわかっていらっしゃる。とても信頼を置ける経営者だと考えています。
石倉:ありがとうございます。相澤先生を含め私たちに共通しているのは、仮説検証プロセスに欠かせない事実に基づいた議論を好むことかも知れません。それだけに意思疎通に齟齬がなく専門的なテーマでも議論が深まりやすく、有意義な時間を共有できる。私たちにとっても、河西さんはビジネスを進める上で欠かせない存在です。
河西:相澤先生もそうなのですが、おふたりともいつお会いしても目がキラキラ輝いているのが印象的だなと思っているんです。それにおふたりとも非常に真面目。以前ご一緒した会食の際「資金調達が完了するまで、飲みません。禁酒中なんです」とおっしゃっていましたよね。それで改めて、真摯な経営者なんだと思いました。小さなエピソードですが、それだけでも信頼に足る方だと感じました。業界の成長性、技術の優位性、ビジネスの将来性もさることながら、私はLogomixを率いるおふたりの輝く目を見て投資を決めたんです。
石倉:2022年の1月です。Angel Bridgeさんにリードインベスターになっていただき、ジャフコさんや東大IPCさんほか日米のエンジェル投資家の皆さんから総額5億円調達しました。
石倉:チームとしてのAngel Bridgeの優秀さもありますが、決め手はやはり河西さんの存在です。創業社長として投資先の1社であるHeartseed(ハートシード)の創業期を支えたことからもわかるように、大学発ベンチャーをよく知る事業家であり、医療やバイオ、ゲノムなどディープテックに強い投資家としての実績を考えると、ほかに選択肢はなかったように思います。大きなビジョンに寄り添うだけでなく、現実を踏まえた落とし所を見極めた上で助言してくださるのもありがたく思います。
河西:そう言っていただいて光栄です。いまおっしゃっていただいたように、私はHeartseedの社長を3年務めた経験があるので、研究と事業を両立する難しさや大学との特許契約にまつわる交渉の大変さは身をもって知っています。こうした形で自分の経験を共有できることは、私自身にとっても大きな喜びです。
石倉:たとえば、いま事業開発を担ってもらっているメンバーや共同研究先の紹介に始まり、Angel Bridgeさんの投資先を集めた「クロスラーニングの会」で、先輩経営者を紹介してくださるなど、資金のみならず、経営のあり方や組織、制度づくりの要諦など、物心両面で地に足のついたご支援いただいています。いま話に出た特許契約の実務のほか、資本施策についても事業家としてのご自身の経験を踏まえ、中立的立場から助言していただける非常にありがたい存在です。
河西:実はLogomixさんの月次の定例会に出席するのが楽しくて仕方ないんです。理由は、出るたびに事業上の重要事項が大きく前に進んでいるからです。そういう意味でも助言や紹介のしがいがありますし、そもそもディスカッション自体がとても楽しい。石倉さんの視野の広さや経営手腕、相澤先生の専門性とオープンマインドな性格がそう感じさせてくれているのだなとつくづく感じます。
石倉:相澤先生もよく「楽しい」とおっしゃってますよ(笑)。私自身、進捗をちゃんとお伝えしなければと身が引き締まる思いがありつつも、河西さんとの議論を楽しんでいます。
石倉:たとえば冒頭に名前を挙げたGenentechやAmgen、illuminaのような各分野のリーディングカンパニーのような、バイオやゲノムの世界で一目置かれる企業の多くは、総じて単一プロダクトで勝負するというより、多様な課題解決に使えるプラットフォームを打ち出すことで大きな飛躍を遂げています。つまりLogomixがゲノムエンジニアリングでトップを獲ることができれば、彼らと並ぶ事業規模、具体的には時価総額10兆円を目指すことも決して夢ではないということ。まだまだ先は長いですが、少なくともこの世界にはそれだけの可能性があり、私はLogomixにはそれに応えるだけのポテンシャルがあると確信しています。Logomixを世界中の研究者がこぞって訪れてくれるような会社にするのが目標です。
河西:Logomixは数ある大学発ベンチャーのなかでも際立った存在であり、革新的でイノベーティブなゲノム編集技術に加え、研究熱心で技術の社会実装に強い関心を持つ相澤先生とバイオ、ゲノム事業で豊富な経験を持つ石倉さんの強力なタッグも非常に魅力的です。私もLogomixには10兆円規模のビジネスを展開できるポテンシャルがあると確信しているので、これからもその実現に向けて全面的にサポートしていくつもりです。
石倉:近年、衰退が指摘される日本にも世界で勝てる技術は少なくありません。私が最初に起業した2000年代初頭とは比べものにならないくらいスタートアップコミュニティは成熟していますし、投資サイドにも小さな失敗を経験として評価する機運が高まっているのを感じます。投資市場の停滞が指摘される経済環境ではありますが、もしビジネスで社会課題の解決を志すのであれば、縮こまっている場合ではありません。積極的にチャレンジすべきだと思います。
河西:今後も引き続き、投資先企業と二人三脚でビジネスを育てていくつもりです。とりわけバイオ、ゲノム領域は向こう数年で、5倍、10倍の成長が期待できる数少ない分野。そのなかでもLogomixは世界で勝負できる数少ない日本のバイオベンチャーの1社なのは間違いありません。これからも一緒に知恵を絞って、Logomixの成長を全力で後押ししていきます。
聞き手・構成/武田敏則(グレタケ)