福田:iPS細胞から高純度の心筋細胞を作製し、独自開発した移植デバイスを用いて心臓に移植する重症心不全の全く新しい治療法の技術開発に取り組んでいます。
福田:心不全は現在心臓移植が主流な治療法ですが、移植にはドナーが必要ですし、補助人工心臓という機械を入れる治療法も、血栓ができたり感染症が起きるので数年ほどしか入れておくことはできません。本当の意味での病気を治す方法はなく、死と直結しているんです。
そういった背景から心不全の病気を治したいという想いはずっとあったのですが、私が大学を卒業した頃はまだ心不全の領域では遺伝子レベルの研究はされておらず、患者の病態を理解するための研究が中心でした。しかしそのような研究を一生懸命やってもなかなか患者を根本的に治療することはできません。そこで、根本的治療に直結するような遺伝子レベルの研究をしたいと思い、その頃既に遺伝子レベルの研究が行われていたがん領域で一旦研究を進めることに決めました。その後ハーバード大学、ミシガン大学への留学を経て、心不全を心臓移植以外で治療する方法を探すための研究を日本で始めました。
福田:最初は骨髄の細胞を使って研究しました。骨髄の中には、骨を作ったり、軟骨を作るような細胞が存在することがわかっていて、これを用いて研究できるのではないかと思ったんですね。そして4年間かかって論文ができ、骨髄の細胞を使って心臓の細胞を作れることが世界で初めて報告できたんです。
世界各国から関心を集め、沢山の国で臨床研究がすぐ始まってしまいましたが、私は骨髄の細胞から心筋を大量に作るのは難しいと気づき、他の治療法を見つけなければいけないと思いました。
それと同時期にES細胞(受精卵の胚の内部細胞塊を用いてつくられた幹細胞)という、神経細胞や血球細胞など様々な種類の細胞に分化でき、かつほとんど無限に増殖できる細胞が初めて報告されました。そこで私はヒトの ES 細胞を使って心筋を作る試みを始め、5年かかってES細胞でも心筋を作れるようになったのです。
またその頃山中伸弥先生の iPS 細胞(特定の遺伝子を導入することで人工的につくられた多能性幹細胞)に関する研究が世界で初めて報告されたため、iPS 細胞を使って心筋細胞を作るチャレンジもしようと思い再度研究を始め、心筋細胞を効率的に作れるようになったんです。しかしiPS細胞はまだ医療応用されていません。なぜかというと、iPS 細胞から心筋を作ると心筋以外の細胞も沢山残ってしまうというハードルがあったからです。
一番の問題はiPS細胞自体がかなり残ってしまうことで、これを移植すると、iPS細胞は増殖能が強く色々な細胞に分化するので骨や軟骨や脂肪組織ができて腫瘍化してしまうんです。そのため世界中の大企業は iPS 細胞に興味を持ちながらもまだ医療応用できていません。そこで我々は、iPS 細胞・ES 細胞とそれ以外の細胞の違いをはっきりさせることで心筋だけを選別できないかと考えました。
こういった背景があるので、Heartseed が所持している最も優れた特許は、残存するiPS細胞を除去して心筋細胞だけを純化精製できる特許なのです。この論文の引用件数はかなり多く、これはすなわち世界のどこでもこの技術が再現できるということなので、世界的にも高く評価されていて科学的にも間違いがないということの証明になっていると思います。
福田:iPS細胞・ES細胞と心筋細胞の大きな違いとして、iPS細胞・ES細胞はブドウ糖がないと生きていけませんが、心筋はブドウ糖がなくても乳酸があれば生きていけるというエネルギー代謝の違いがあります。そこでブドウ糖を除き乳酸を加えた培養液を作って研究をすると、思った通り心筋細胞だけを生き残らせることに成功したんです。
その後、味の素社と共同開発を進め無事成功し、心筋細胞は安全に作れるだろうということでAMEDという国立の研究開発法人から毎年約2億円の研究費用をいただくようになりました。再生医療の産業化のための研究を続け、産業化のめどが立ったので2015年に Heartseed を立ち上げました。
大手の製薬会社と共同研究を行うという選択肢もありましたが、やはり製薬会社だとどうしても会社の利益も考慮しないといけないので、患者本位の治療を追い求めるならベンチャーが最適だろうと思い、バイオベンチャーを立ち上げるという選択肢を選びました。
福田:当時河西さんは Angel Bridge を創業したばかりで、大学発ベンチャーのアーリーステージに投資をしていました。研究室のメンバーと河西さんが同級生だったという繋がりで知り合い、一緒に会社を設立することになりました。
それ以来も河西さんには社外取締役としてサポートをいただきながら、シリーズ AからシリーズCまで順調に資金調達を行い、シリーズBまでで41億円、シリーズ Cでも大きな資金調達をしようと考えています。会社としても順調に成長しており、治験をするための体制づくりを継続して行っています。
福田:COOの安井は河西さんの同級生ということもあり2019年にジョインしてくれました。東大薬学部を卒業後、ベイン・アンド・カンパニー、外資系製薬企業を経ています。CMO の金子は慶應の医学部を卒業し4年間臨床を経験した後、外資系製薬企業、さらにサンバイオというバイオベンチャーを経た臨床開発のプロです。他にも製薬会社・メーカー・商社・会計士など様々なバックグラウンドの人が共感してジョインしてくれており現在では40名近い組織となっております。
福田:まず河西さんの投資ビジネスに関する目利きは非常に優れていると思いましたね。アーリーステージの会社の目利きは外れることが多く、さらにバイオ領域は一般的に成功確率0.5%と言われていて、非常に投資判断が難しい領域です。しかし河西さんだけは、今までやってきた研究の可能性に非常に早い段階から気づいてくれて、そこに累計5.5億円もの多額の投資をしてくれたんです。そこから一気に事業が加速した結果として、今のHeartseedがあるのだと思います。
また資金調達の際の投資家回りの戦略については非常に頼りになりました。様々なVCに対する理解があり、資金調達の際にどういった投資家を株主にすればいいのか、そのために株主のバランスをどうするか等的確なアドバイスをくれます。資金調達に関しては卓越した知識とセンスをもっていらっしゃると思いますね
福田:今まで心不全の患者に対しては症状を和らげる対症療法しかできず根本的な治療はありませんでしたが、今後心筋細胞を移植することができるようになれば、根本的な治療ができるようになり心不全の患者は激減すると思います。
また今後の世界への展開にむけては、世界中の皆さんを治療できるような細胞を作ることが重要だと考えています。今は山中先生が作った日本人に最適なiPS 細胞を使っていますが、それは必ずしもグローバルでベストな細胞ではありませんし、将来海外展開する際はテーラーメイドの iPS 細胞での治療も提供することが必要です。
例えば車を例にとれば、だれもが購入できる大衆車もあれば、オーダーメイドの高級車もあるでしょう。医療でも同じく、決まった細胞からiPS細胞を作る場合もあれば、患者さん自身の細胞から iPS 細胞を作るというビジネスもあります。そしてそのための技術基盤は既に揃っているのです。
私自身様々なバックグラウンドがあるので、細胞の製造から投与のデバイス作成、戦略作成といった全てに携わることができます。また、血液から iPS 細胞を作る特許や高品質の iPS 細胞をつくる特許も持っているので、あらゆることに対応できるのです。特注のiPS 細胞を作ることができれば、免疫抑制剤を使わなくて良いというのが一番のメリットでしょう。そういったビジネスも併せて両方展開することを目指しています。
そしてこれをいち早く世界中の患者さんに届けるためにも、海外の大手プレイヤーと組むことが非常に重要であると考えており、そちらも着々と準備を進めています。
また、日本の医薬品・医療機器産業がグローバルでかなり遅れをとっていることはあまり知られていないのではないでしょうか。日本は医療先進国だと思われがちですが、実は医薬品医療機器を年間4兆円も国費で輸入している医療後進国なのです。大規模臨床試験までたどりつける製薬企業はとても少なくなっていますし、心不全の薬一つをとっても、全部外資に負けてしまっているんです。
このように日本の医療が危機的な状態の中で、Heartseed が日本発の治療を世界に打ち出して、日本の黒字化に貢献しないといけないと思っています。
福田:そうですね。現状では医学部発のベンチャーで、さらにここまで医学部の教授が直接深く関わっている事例は少ないと思います。
河西:大学に眠る技術を世の中に出していくことは大学のためにも日本のためにもなると思うので、その先陣を切りたいですね。Heartseed が成功事例となることでどんどん他の先生たちも自分たちが起業しようとなってくると効果100倍だなと思っています。
よくあるパターンとして、技術力のあるところにビジネスマンが入ってきて一緒に起業して、先生は研究だけするというのがありますよね。でもそうではなく、研究室の先生が自分の技術を自分で主導して世の中に届けるというのが、本当の意味での大学発ベンチャーだと思っております。
(Heartseed株式会社 取締役/監査役メンバー)