2025年12月にAtransen Pharma株式会社(以下Atransen社)が、シリーズAの資金調達を発表しました。資金調達額(AMED創薬ベンチャーエコシステム強化事業補助金含む)は14.7億円となります。Angel Bridgeは、本ラウンドにおいて出資しています。
Atransen社は、大阪大学の技術を基に低分子化合物による抗がん剤の研究開発を行う創薬ベンチャーです。具体的には、がん細胞に特異的に発現し、がん細胞の生存や増殖に必須となるアミノ酸を細胞外から細胞内に取り込む機能を持つL型アミノ酸トランスポーター1(LAT1)を阻害することで、がん細胞の増殖を阻止するSolute Carrier(SLC)トランスポーター阻害薬の研究開発を行っています。
今回の記事では、Angel BridgeがAtransen社に出資した背景について、SLCトランスポーター阻害薬の業界動向とAtransen社が持つ技術的な強みに焦点を当てて解説します。
はじめにSLCトランスポーター阻害薬について説明します。SLCトランスポーターとは、細胞膜に存在するタンパク質で、糖質やアミノ酸、イオンなど生体の維持に必須な物質、さらには代謝物や神経伝達物質などを選択的に輸送する役割を果たします。人体の細胞には、それぞれ異なる物質の輸送に特化したSLCトランスポーターが400種類以上存在しており、Atransen社がターゲットとするLAT1もその一種です。SLCトランスポーター阻害薬は、特定のSLCトランスポーターの働きを阻害することで、糖尿病から精神疾患に至るまで様々な疾患の治療に用いられています。過去には10種類を超える医薬品が日本や米国を含む世界中で承認を受けており、製薬企業の理解も十分にあるサイエンス面で確立した分野です。

図1. SLCトランスポーター阻害薬の仕組みと事例
SLCトランスポーター阻害薬は商業的な面でも大きな注目を集めています。まず、代表的なSLCトランスポーター阻害薬として、Atransen社の金井CSOが同定したナトリウム依存性グルコーストランスポーター2(SGLT2)に対する阻害薬が挙げられます。この薬は、腎臓で尿から糖質を再吸収し、体内へ戻す働きを持つSGLT2を阻害することで、糖質が再吸収されず尿と共に排出される仕組みを活用した糖尿病治療薬です。その中でもベーリンガーインゲルハイム社のジャディアンスは、糖尿病だけでなく慢性心不全、慢性腎臓病に対しても適応を取得したことで、2024年度の売上高が約1.5兆円に達しました。その他にも複数の医薬品が多くの患者さんの治療に貢献し、結果として大きな売上高を記録しています。

図2. 世界的に大きな売上高を記録したSLCトランスポーター阻害薬の事例
大手製薬企業による創薬ベンチャーの買収も活発に行われています。2024年9月には、フェニルケトン尿症に対するSLCトランスポーター阻害薬を開発する米国の創薬ベンチャーJnana Therapeutics社が、大塚製薬にマイルストーン達成に応じた支払いを含めると最大10億ドルを超える条件で買収されました。
幅広い領域の疾患においてすでに上市済みあるいは開発が進んでいるSLCトランスポーター阻害薬ですが、がん領域においては上市済みの医薬品がなく、開発段階においてもAtransen社を除くと1社しか候補薬を持っていません。「がんに対するSLCトランスポーター阻害薬」は、革新性が高くアンメットニーズの強い領域であると言えます。

図3. 疾患領域別の代表的なSLCトランスポーター阻害薬
続いてAtransen社の事業概要について説明します。同社は、SLCトランスポーターの一種でがん細胞の生存や増殖に必須となるアミノ酸を細胞外から細胞内に取り込む機能を持つLAT1の阻害薬APL1101の研究開発を行っています。現時点では動物モデルを用いた前臨床試験を実施しており、2026年度から人を対象とした国内第1相臨床試験を開始する予定です。
アミノ酸は、全ての細胞の生存・増殖に必須であり、細胞膜にあるトランスポーターで細胞内に取り込まれます。がん細胞は急速に増殖を繰り返すため特に多くのアミノ酸を取り込む必要があり、その役割を担うのががん細胞にのみ発現するLAT1です。LAT1阻害薬は、アミノ酸と同様にLAT1に入り込むことができますが、その際に嵌まり込んで分離しなくなってしまうことでLAT1の機能を阻害し、結果としてがん細胞は成長・分裂に必要なアミノ酸を取り込む機能を失い、成長の抑制や細胞死が生じます。なお、正常細胞にはLAT1がほぼ存在せず、異なるトランスポーターでアミノ酸を取り込んでいるため、LAT1阻害薬の影響は受けないことから副作用も生じにくいと考えられます。

図4. LAT1阻害薬の仕組み
このLAT1を強力に阻害するために、最適な設計がなされているのがAtransen社の化合物APL1101です。すでに創薬ターゲットとして一般的であったSLCトランスポーターも、最近までその多様な機能や複雑な分子構造についての理解が十分には進んでいませんでした。しかし、高い解像度を誇るクライオ電子顕微鏡の開発(開発した研究者には2017年にノーベル化学賞が授与されている)により、SLCトランスポーターの構造や機能が金井CSOを筆頭とする研究者によって一気に解明されていきました。その金井CSOによる最新の発見と知見に基づき設計されたのがAPL1101で、LAT1に一度結合すると分離が非常に困難となり、LAT1は不可逆的に阻害されます。
Angel Bridgeの投資判断にあたっては、Atransen社が保有する世界トップレベルのサイエンスを高く評価しました。Atransen社は、大阪大学教授でトランスポーター研究の第一人者である金井CSOが発明したLAT1関連の特許に基づいて設立されています。金井CSOは、SLCトランスポーターの一種であるSGLT2の分子同定に成功し、世界中で広く使われている糖尿病治療薬の開発に大きく貢献したことに対して2020年に日本医療研究開発大賞 内閣総理大臣賞を受賞しています。また、SLCトランスポーター研究に関連した4本の論文がNatureに掲載されるなど、世界的な学術誌への論文掲載実績も多数ある、まさに同領域の世界的な第一人者です。

図5. 金井CSOの研究実績
さらに、市場規模も重要な要素として考慮しました。がん治療薬は治療薬市場全体の中でも最も大きな市場ですが、Atransen社が適応獲得を目指す非小細胞肺がんはその中でも非常に患者さんが多く、グローバルの治療薬市場は2兆円を超える巨大市場です。市場規模としてはこれだけでも十分魅力的ですが、同社はさらに他の複数のがんに対する適応獲得を目指して臨床試験の準備を進めており、対象市場はさらに大きくなると予測されます。

図6. ターゲット疾患の市場規模
Atransen社の基盤には、サイエンスと事業を両面でバランス良く推進できる優秀な経営陣の存在があります。

図7. Atransen社の経営陣
浅野CEOは関西大学大学院工学研究科修了後、1996年に橋本化成社(現ステラケミファ社)に入社し、ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)を新規事業として立ち上げ、2007年に100%子会社としてステラファーマ社を設立しました。同社は、抗がん剤ステボロニンの開発に成功し、2020年に製造販売承認を取得しております。浅野CEOは同社の取締役社長、会長を歴任し、2021年の東証マザーズ(現グロース市場)への上場に至るまで牽引しました。その後、2022年にAtransen社を創業しました。浅野CEOは、ステラファーマ社での幅広い経験やその魅力あふれる人柄から高い巻き込み力を持つと同時に、ステボロニンはLAT1を介して細胞内に取り込まれる特性があることから、LAT1についても非常に深く理解されています。
河合COOは、東京大学大学院薬学系研究科修了後、味の素でアミノ酸製品の研究開発に従事されました。その後、三井物産では社内プロジェクトおよび社外との共同プロジェクトとして米国で複数社の設立に携わりました。これらの経験からサイエンスへの理解が深く、かつ新規事業における経験が豊富で実際に手を動かして実務を推し進めていくことも得意な経営者であることを確認させていただきました。また、業務歴から国際的な環境でのコミュニケーションにも長けており、将来的には海外投資家や製薬企業との交渉などにおいても活躍することが期待されています。
金井CSOは、東京大学大学院医学研究科生理学博士課程を修了後、杏林大学や大阪大学の教授職・センター長などを歴任されています。前述の通り世界トップクラスの業績を持つSLCトランスポーター研究の第一人者です。
各経営陣とのインタビューを通じて、3人それぞれが異なる強みを活かしてAtransen社に貢献していること、相互にそれを認め敬意を持って接している様子を確認させていただいており、相互の高い信頼関係とチームワークの上に成り立つ素晴らしい経営チームです。
Atransen社はすでに科学として確立したトランスポーター創薬を、まだ承認事例のないがん領域で挑戦しようとする革新的なバイオベンチャーです。同社が開発を進めるAPL1101はがん細胞にのみ発現するLAT1の最新の構造理解を基に、強力かつ不可逆的に阻害するよう設計された非常に有望な候補薬であり、飲み薬の抗がん剤として様々な種類のがん治療に活用されることが期待されています。LAT1という抗がん剤開発における魅力的なターゲットに対して、クライオ電子顕微鏡による構造観察技術の向上がもたらした最適な化合物が誕生した今こそが、トランスポーター創薬に挑戦するバイオベンチャーに投資をする理想的なタイミングであるとAngel Bridgeとして考えております。
Atransen社のAPL1101が、世界トップレベルの優れたサイエンスと事業に対する深い知見を兼ね備えた経営チームによって世界中のがんに苦しむ患者さんに届けられる日がくることをAngel Bridgeは確信しています。
Angel Bridgeは社会への大きなインパクトを創出すべく、難解な課題に果敢に挑戦していくベンチャーを応援しています。ぜひ、事業戦略の壁打ちや資金調達のご相談など、お気軽にご連絡ください!