今回は、ファーメランタという、合成生物学的手法を用いて、植物希少成分の微生物発酵生産を研究開発している投資先についてご紹介したいと思います。
合成生物学とは、組織・細胞・遺伝子といった生物の構成要素を組み合わせて代謝経路や遺伝子配列などを再設計し、新しい生物システムを人工的に構築する学問分野のことを指します。ファーメランタはこの合成生物学的手法を用いた植物由来化学品の微生物発酵生産を研究開発しており、次世代のサプライチェーンを構築することを通じて人類および地球の健康増進に貢献することを目指す企業です。
植物由来化学品とは、植物の代謝産物(一次代謝産物/二次代謝産物)を活用した化学品です。そのうち、二次代謝産物は生物種独自の特異的な生理活性を有する化合物で、モルヒネやステビアの原料もこれに当たります。これらの物質は構成が複雑なため、化学合成は難しく、従来は植物抽出による生産が中心となっていました。しかしながら植物抽出には、植物の成長に時間・コストがかかり、技術的にも難しい、という課題があります。今回ご紹介するファーメランタは、従来の生産方法が抱えている課題を解決し、より一層効率的な生産を実現する革新的な技術を持っているバイオテックベンチャーです。
化学品の生産には化学合成・植物抽出・微生物発酵、と大きく分けて3つのアプローチがあります。化学合成は安価に大量生産することが可能ですが、複雑な物質の生産には向いていない、という課題があります。一方で、植物抽出は複雑な物質の抽出が可能ですが、天候などに左右されるため安定供給が難しく、コストが高い、という課題があります。
そこで、ファーメランタは第3のアプローチである微生物発酵を用いています。遺伝子組み換えなどの合成生物学的手法と微生物発酵を組み合わせることによって、安価に純度の高い物質を生産することができ、本来自然界に存在していなかった新規物質も生産可能になります。従来、複雑な植物二次代謝産物は植物抽出で生産されていましたが、近年の技術発展に伴って微生物発酵による生産が可能になり、生産方法のシフトが起きつつあります。
植物二次代謝産物は治療用薬物として、主に、がん・関節炎・片頭痛・てんかんなど、現代医療での治療が困難な病気に鎮痛剤として幅広く使用されています。ファーメランタが初期的なターゲット領域に据えて研究開発しているカンナビノイド・テバインもこの鎮痛剤の医薬品成分にあたります。
近年、植物二次代謝産物を原料とする鎮痛剤市場は、承認数増加と事業者の参入によって成長が見込まれています。その市場規模は2022年から2028年にかけてCAGR8.5%で成長し、2028年には600億ドルに達すると予測され、注目を集めています。
実際に、カンナビノイド(医薬品、化粧品、健康食品、サプリメントなどにカンナビジオール(CBD)という成分が広く使用される)においては、従来の植物抽出による生産方法から、微生物発酵に急速にシフトしていくと予想されています。
※縦軸はカンナビノイドの生産量全体のうち微生物発酵によるものの割合(%)
カンナビノイドの微生物発酵による生産に関しては、規制緩和の動きや市場の急成長を見越して、既に多くのバイオプレイヤーが参入しています。しかし、足元ではまだ商用化フェーズに達するプレイヤーはほとんど存在していない状況であり、ブルーオーシャンが広がっています。
ファーメランタは、先述のように様々なバイオプレイヤーが存在する中でも、独自の技術を確立しています。その技術とは、多数の遺伝子編集を施した大腸菌に糖類を与えて目的の物質である植物二次代謝産物を生産させる、というものです。
具体的には、効率的に植物二次代謝産物を生成する大腸菌の遺伝子設計(図①)、20以上の外来遺伝子を1菌体に導入して適切に発現させることを可能とする多段階遺伝子導入技術(図②)、目的物質の生産効率を向上させるための遺伝子の発現バランスの最適化(図③)、タンパク質過剰発現耐性菌株の作出(図④)など、ユニークな要素技術を確立しています。
ゲノムや菌の最適化によって、従来の植物抽出の数倍の生産量を達成することも理論的には実現可能であり、医薬品や健康食品などの原料を従来よりも低コストで供給することに大きな期待が寄せられています。
ファーメランタは現在、テバイン・カンナビノイドの生産を中心に研究開発を行っています。合成生物学を用いて微生物発酵生産を行うバイオプレーヤーはいくつか存在していますが、そのほとんどが香料など比較的簡単な物質の生産に限られます。現状、高い技術力を要するテバインの生産を試みている競合は、アメリカのAntheia社のみです。
※植物二次代謝産物を対象とするプラットフォーマーで複雑な化合物に着手しているのはファーメランタとAntheia社の2社のみ
Antheia社は合成生物学を使用して、酵母から植物二次代謝産物を生産する技術を開発しています。Antheia社は約$140Mという巨額の調達を行い、先行研究を進めていますが、未だ商業的生産の実現には至っていません。一方でファーメランタは、酵母ではなく大腸菌を用いることで、より効率的に生産することに成功しており、多数の外来遺伝子の導入実績もあります。ファーメランタの研究開発の進捗次第では競合優位性を確立してシェアを取れる可能性があり、この巨大な市場において、業界トッププレーヤーの地位を築くことも期待できます。
これまで説明してきた通り、本領域は先行事例が少なく、高い技術力が必要とされる難しい領域です。しかし、Angel Bridgeはファーメランタの経営陣について理解を深め、このチームならばこのような困難な領域に切り込んでいけると考えています。
まず、柊崎CEOは、バークレイズ証券やドイツ銀行の投資銀行部門でキャリアを積んでおり、ファイナンスに強みを持っています。NEDO SSA(研究開発型スタートアップ支援)のフェローであり、研究開発型ベンチャーの支援経験もあります。さらに、リファレンスからは物事を徹底的に理解しようとするタイプであり、実際に文系出身者ながら本領域について独学で学び、南CSOと中川CTOを巻き込んで起業に至った経緯が分かりました。このように柊崎CEOはビジネスマンでありながらも研究者とうまくコミュニケーションが取れる経営者ではないかと考えました。
また、南CSOは石川県立大学の助教授であり、合成生物学及び代謝工学分野を15年以上研究しているパイオニアです。世界的に権威のあるNature Communicationsに執筆論文が2回掲載された経験もあり、海外でも認められつつある期待の研究者です。
中川CTOも同じく石川県立大学の講師であり、大腸菌の分子生物学におけるスペシャリストです。世界で初めて植物アルカロイドの発酵生産に成功し、掲載論文が論文評価サイトであるFaculty of 1000に選出された経験もあります。
このように、優秀なビジネスマンと世界レベルの技術力のある研究者から構成される、ポテンシャルの高い経営チームもファーメランタの強みです。
微生物発酵による植物二次代謝産物を原料とする鎮痛剤の生産は、巨大な市場が広がっている一方で、未だ商業生産に成功した事例はなく、高い技術力が求められる難しい分野です。しかし、Angel Bridgeはファーメランタの技術力、経営チームを鑑み、本領域でグローバルに戦える稀有な企業であると評価しました。
繰り返しになりますが、Angel Bridgeは社会に大きなインパクトをもたらすために、あえて難しいことに挑戦していくベンチャーこそ応援しがいがあると考えており、こういった領域に果敢に取り組むベンチャーを応援したいと考えています。事業戦略の壁打ちや資金調達のご相談など、お気軽にご連絡ください!