INTERVIEW

困難を乗り越えIPOを実現(Heartseed株式会社)

[Heartseed CFO高野 × Angel Bridge 河西]

2024.12.12

2024年7月、東証グロース市場に上場を果たしたHeartseed。今回は、世界に先駆け心筋再生医療に取り組む大学発バイオテックベンチャーとして知られる同社に入社し、IPOに貢献したCFOの高野六月氏にご登場いただき、株式上場準備期間中に直面した課題やご自身のキャリア観、今後の目標などについてうかがいました。
高野 六月 Heartseed株式会社 取締役CFO
  • 2004年、早稲田大学政治学部政治学科卒業後、三井物産に入社。リスク管理、船舶営業に携わる。中国駐在を経て、日米で投資業務を経験。その後、ベルギーと日本のバイオテック企業でCFOを歴任し2020年から現職。2024年7月に実施した同社の東証グロース市場上場に尽力した。
河西 佑太郎 Angel Bridge株式会社 パートナー
  • ゴールドマン・サックス証券投資銀行部門、ベインキャピタル、ユニゾン・キャピタルを経て2015年Angel Bridgeを設立。創業期の2年間社長を担うなどHeartseedを立上げから支援。東京大学大学院農学系研究科修士修了(遺伝子工学)、シカゴ大学MBA修了。

【参考記事】

再生医療の扉を開く(Heartseed株式会社)福田惠一 代表取締役

https://angelbridge.jp/insight/interview/heartseed/

660億円ディールの裏側(Heartseed株式会社) 安井季久央 取締役 COOインタビュー

https://angelbridge.jp/insight/interview/heartseed_yasui/

専門性を育むため、三井物産からバイオベンチャーの世界へ

——キャリアのスタートは三井物産だったとうかがっています。どのようなキャリアを歩んでこられましたか?

高野:新卒入社した三井物産では、フロント、ミドル、バックエンド業務を一通り経験させてもらいました。具体的に申しますと、リスク管理を皮切りに、原油タンカーの販売、中国での語学研修を経て、北京で経営企画業務に携わり、日本に戻ってからは、企業投資部の一員としてベンチャーキャピタルやバイアウトファンド業務、ジョイントベンチャーの設立に従事。さらに米国の投資子会社に移ってからは、現地のバイオベンチャーや医療ベンチャーへの投資業務に取り組み、帰国後は同社の東京支店長として支店経営と並行しながら、投資担当として投資先のハンズオン支援実務にも関与し、忙しい毎日を送っていました。私のように2年ごとにキャリアが目まぐるしく変わるのは、三井物産でも珍しかったようです。

——そもそも、なぜ商社を目指したのですか?

高野:亡くなった父が、原子力発電所の配電盤を設計する技師だったこともあり、自分もいつかプラントに関わる仕事がしたいと思い、三井物産に入りました。私はどちらかというと、自分の描くキャリアプランを達成しようとするタイプというよりは、与えられた目の前の仕事に一生懸命取り組んでいった結果としてキャリアが積み上がっていったタイプです。期せずしてバイオベンチャーのCFOになりましたが、入社当時はこんな未来がくるとは想像すらしていませんでした。 

——様々なポジションを経験されたのは、三井物産としてもそれだけ将来を嘱望されていたからなのでしょう。それにもかかわらず、なぜ三井物産をお辞めになったのですか?

高野:三井物産では非常に充実した12年間を過ごしました。とはいえ、これらはどれも商社に軸足を置いた上での経験に過ぎません。確かに守備範囲は広がりましたが、現場の方が好きだった自分にとって、専門性を掘り下げる時間は限られていました。私が転職を志すようになったのは、このまま広く浅く経験を重ねることが自分の生き方とは合わずに、ある種のリスクになるかも知れないと思ったからです。家族からはずいぶん反対されましたし、私自身も悩みましたが、最終的に当時手がけていた投資先のひとつで、日本拠点の開設を検討していたベルギーのバイオベンチャーに日本支社長として参画することに決めました。同社は海外企業ながらも東京証券取引所へのクロスボーダー上場を目指しており、そのチャレンジに中核人材のひとりとして携われるチャンスがあったからです。

——以前から医療や創薬に関心があったのですか?

高野:新卒入社の際、製薬会社に入るかどうか悩んだくらいでしたから、以前から関心がありました。私の母は重度の喘息持ちで、ふたりの子を育てながらパートから部長に上り詰めた人でした。父も体が弱く、私もそれほど強いほうではありません。もしよく効く医薬品がなければ、生活がたちいかなかったかも知れません。ですから医療や創薬業界には、自分なりに深い思い入れがありました。

2度目の正直で、念願だったHeartseedのCFOへ

——その後、遺伝子検査会社のCFOを挟んで2020年にHeartseedに入社されました。このあたりの経緯についてもお聞かせください。

高野:三井物産を退職後、日本支社の立ち上げから関わったベルギーのバイオベンチャーでは、長らく日英の株式市場で同時IPOを目指し準備を進めていたのですが、コロナ禍と株式市況の低迷により無期延期になってしまいました。さらに組織体制に大幅な見直しが入ることになり、今後の身の振り方を考えはじめたタイミングで、サーチファーム経由で、河西さんから「HeartseedのCFOにどうか」と打診をいただいたのが入社のきっかけです。再生医療という非常に先進的な取り組みをされているHeartseedへの興味は尽きませんでしたが、お話をいただいたタイミングでは、前職との兼ね合いがあり、残念ながら入社は断念せざるを得ませんでした。

——河西さんにうかがいます。高野さんにHeartseedのCFOを打診した理由を聞かせてください。

河西:私はHeartseedの立ち上げから約2年間にわたり代表取締役として同社を支えました。在職中から必要に応じて、CFO的な立ち回りをすることもありましたが、私の本分は投資家であり、あくまで一時的な措置に過ぎません。いずれ適任者を見つけなければと、経営陣と話していたのですが、なかなか適任者がみつかりませんでした。そんなとき、以前からお付き合いのあるサーチファーム経由で高野さんの存在を知り、お声がけしたわけです。高野さんは三井物産で経営企画経験や投資経験があり、英語や中国語に堪能な上、前職ではバイオベンチャーでCFOを務めた経験の持ち主です。ご経歴に不足はありません。高野さんほど、世界市場での成功を目指すHeartseedのCFOにうってつけの方はいないと感じてお声がけしました。

——残念ながらお声がけされてすぐの入社には至らなかったわけですが、その後急転直下、Heartseedにお入りになりましたね。

河西:高野さんから「CFOを退くことになりました」とご連絡をいただき、改めてHeartseedのCFOに打診したところ、快くお引き受けいただきました。多額の開発資金を要するバイオテック企業にとって、ファイナンスが重要なのはいうまでもありません。そのファイナンス戦略と実務を司る要職に、高野さんをお迎えできればこれ以上心強いことはありません。ご快諾いただいたときは、とてもうれしかったのをいまも覚えています。

——当時、HeartseedはIPO準備中だったそうですね。

高野:はい。ちょうどこれから中間審査に入ろうかというタイミングだったので、ベルギーの会社で準備していた、上場に必要な知見や人脈がそのまま活かせるというのも決断の決め手になりました。きっかけをくださった河西さんをはじめ、経営陣の期待に応えたかったですし、一度は諦めたIPOに再チャレンジできる貴重な機会でもあります。Heartseedには私なりの覚悟を持って入社したつもりです。

IPO準備の過程で立ちはだかった、ふたつの山場

——今年7月Heartseedは東証グロース市場に上場を果たしました。ご入社からの4年間、どんなご苦労がありましたか?

高野:市況が大きく変わる中で対応を求められた4年間でした。入社後1年半くらいまでは、新型コロナウイルスに苦しむ経済を回すために世界中で利下げが積極的に行われた時期で、結果としてバイオベンチャーへの投資が活発に行われていましたが、直近2年間では逆に利上げ基調となった結果、上場・未上場問わずバイオベンチャーにとっての資金調達はどんどん厳しくなっていきました。

全世界の市況の変化が、自社の生存やIPO準備に直接影響していく怖さは常にあり、上場手法や主幹事証券団の構成にしても、修正や変化を求められたことが多々ありました。このような中で、当社を支えて頂いている多様なステークホルダーに対して、当社の決断に賛同いただく難しさもありました。

——かいつまんで解説していただけますか?

高野:グローバルに市況や投資家目線が悪化する状況を踏まえて、元々取り組んでいたグローバルオファリング方式によるIPOの成立にリスクがあったため、まずこれを止めて、日本の法制度に従って調達をする旧臨報方式に切り替え、そのタイミングで主幹事証券も変更となりました。また、投資家の目線がそのように非常に厳しい中でも、上場タイミングと資金調達額の確保は同時に両立させなければならない、Heartseedに秘められたポテンシャルを大きく毀損するようなIPOにはできない、ということで、新しい主幹事証券と入念にエクイティーストーリーを練って投資家向けの説明資料をつくり直しました。

満足いく状況ではないわけですから、苦渋の決断となることもありました。トップ外交を重ね、立場を異にするステークホルダーの合意を取り付けたりするのは、想像以上に大変でしたが、Heartseedを適切に評価いただくために必要なことだと割り切って、やりきりました。今年の夏、無事株式上場を実現できたのは、河西さんをはじめ多くのみなさんにサポートいただいたおかげです。

河西:高野さんとはバリュエーションの算定について、一時期かなり突っ込んだ議論をしましたね。

高野:はい。CFOとして迎え入れていただいた以上、なんとしてもHeartseedのIPOを成功させたいと思っていましたし、この20年、バイオテックのIPOは成功しないという国内市場関係者の定説をなんとしても覆したいという思いもあったので、おのずと議論に熱が入ったのだと思います。幾度となく辛い局面に直面しましたが、いまとなってはチャレンジしてよかったと思わずにはいられません。

——IPOを成功させた率直な感想を聞かせてください。

高野:安堵感はありましたが達成感はありません。IPOしたとはいえ、バランスシートの右側に大きな数字が入っただけに過ぎないからです。得た資金を適切に執行しなければなりませんし、次のフェーズに向けてやるべきことは山積しています。IPOはゴールではなくあくまで通過点なので、満足感に浸っている暇はないというのが正直なところです。

一次情報にこだわるのは、正しい判断を下すため

——IPOを通じてどんな学びを得ましたか?

高野:すべての仕事に通じることですが、相手方の気持ちや考えに照らして対策を練ったり、アプローチしたりする大切さを改めて感じました。投資家のスタンスによってファイナンスの基準は異なりますし、カウンターパートの立場やバックグラウンド、個性によっても取るべき対応は違ってきます。バイオベンチャーを取り巻く市況や構造的な変化を踏まえて、理想的な状況を生み出すために何をなすべきか、吟味して実行する大切さと難しさを痛感させられました。

——IPOを推進するにあたって、CFOとしてどんなことを心がけましたか?

高野:脚色された情報で判断を誤るようなことがあってはなりません。ですから、二次情報や三次情報ではなく、常に一次情報に接するよう心がけました。常にオープンかつ率直に意見してくださる河西さんをはじめ、ほかのVCや証券会社など、われわれのIPOを応援してくださったみなさんの協力を得ながら、鮮度のいい確かな情報を集めるよう心がけたつもりです。判断を見誤り、社員やその家族を路頭に迷わすわけにはいきませんから。

——河西さんは、高野さんの奮闘ぶりをどのように見ていましたか?

河西:CFOはいうまでもなく、予算や財務戦略の立案と執行の責任者であり、投資家や証券会社、監査法人との合意形成をリードする非常にハードな要職です。その点、高野さんは真摯にステークホルダーマネジメントに取り組まれており、安心感がありました。

——河西さんは、困難に立ち向かう高野さんをどのようなスタンスで支えましたか?

河西:Heartseedの経営陣はいずれもその道のプロであり、むろん高野さんも同様です。経営の舵取りは安心してお任せできるので、私が唯一心がけたのは、会社が「右に進むべきか、左に進むべきか」という大局観が求められるタイミングで判断を誤らないことでした。私自身の過去の経験やベンチャー経営のベストプラクティスを踏まえ、適時的確な助言を心がけたつもりです。

高野:私は河西さんをHeartseedの「ピント調節機能」だと思っているんです。不透明で複雑な状況下で大きな意志決定するにあたって大事なのは、いろいろな角度から検討を重ねて、課題の解像度を上げることです。その点、河西さんはバイオテックをはじめ、さまざまな業界についての知見をお持ちですし、もちろん投資経験も豊富です。過去の成功事例や失敗事例を踏まえ、進むべき方向にピントを合わせてくださる。その安心感は何ものにも代えがたいものでした。

河西:そういっていただけるのはうれしいですね。Heartseedは福田CEOと一緒に立ち上げた会社ですから、当然内実をよく知っています。だからといって、一挙手一投足についてあれこれ口出しするのはやり過ぎですし、かといって我関せずを貫き通すのも無責任です。適度な距離感を保ちつつ、言うべきだと判断したときは躊躇せず指摘し、停滞感が漂うようなことがあれば叱咤激励するよう心がけていました。いうなれば、子を育てる親の気持ちに近いかも知れません。

高野:確かに投資家と投資先は親子の関係に似ているかも知れませんね。河西さんをはじめAngel Bridgeのみなさんは、相談しやすい雰囲気をつくってくださるのがとても上手ですし、打てば響く対応には感銘を受けるほどです。これからもみなさんがお持ちの知見をフル活用させていただきたいと思っています。

河西:もちろんです。それがAngel Bridgeの強みであり特徴ですから、気兼ねなくおっしゃってください。

高野:ありがとうございます。経営もファイナンスも真剣勝負の積み重ねであり、毎日のように課題解決に取り組まなければなりません。Heartseedが経営面で一流企業と肩を並べるには、積み上げた経験や知見を再現性のある形で残し、仕組み化していくことが重要です。Angel Bridgeさんには、今後そういった面でもご協力いただけたらうれしいですね。

河西:もちろんです。よろこんで協力させていただきます。

大切なのは「相手目線」「相手基準」で動くこと

——高野さんは、これからHeartseedをどんな会社に育てたいですか?

高野:Heartseedが取り組む再生医療は、バイオテック先進国の米国に先行して人への臨床試験に進んでいる数少ない分野です。まずは1つ目の開発パイプラインを成功させグローバルマーケットを押さえるのが当面の目標です。二の矢、三の矢を放つためにも、着実にファーストパイプラインを育て、しっかりした収益基盤を築きたいと考えています。

——最後の質問です。かつての高野さんのように、企業に在籍しながらベンチャーやスタートアップ領域でのキャリア形成に興味をお持ちの読者にアドバイスをお願いします。

高野:「とにかくチャレンジしてみて」とは言いません。大企業でいくら場数を踏んだからといって、必ずしも成功できるとは限らないからです。それでもなお、挑戦する意志が固いのであれば、まずいまご自分がいる環境で「相手目線」「相手基準」で仕事に取り組むようにしてみることをお勧めします。私の場合は、自分より優れた知見を持つ、医薬品や医療機器のスペシャリストや学識経験者が集まる会を運営することで自分の視野の狭さ、知識の浅さを痛感し「相手目線」「相手基準」で考え、行動するようになりました。自身の現状を認識する勇気を持ち、そこから学んでいける方ならベンチャーで活躍できる確率は高まるのではないかと思います。

河西:バイオテックは国内市場を飛び越え、一気に世界市場を取りにいける非常にダイナミックな領域です。Heartseedは、その先駆けになり得る貴重な存在であるのは間違いありません。バイオテック領域には、高野さんのような素晴らしいキャリアを持つ方を受け止めるだけのポテンシャルは十分にあります。意欲ある方にはぜひ挑戦してほしいですね。

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