——林さんはAngel Bridgeの立ち上げに参画されるまで、どのようなキャリアを歩んでこられたのですか?
大学卒業後、入社した伊藤忠商事では鉄鋼部門に配属され、ドイツに9年、アメリカに6年駐在していました。鉄鋼は基礎産業のひとつに数えられ、建設や自動車、機械など、非常に多様な用途があります。そのためいろいろな業種の方とお付き合いする機会に恵まれました。
——鉄鋼部門ではどのようなお仕事を?
ドイツでは、東ヨーロッパで製造した鉄鋼をアフリカ市場向けに販売したり、自動車用鋼板を製造する工場を建て、ヨーロッパに進出した日本の自動車メーカー向けに販売したりしていましたね。アメリカでも引き続き自動車産業向けに鋼板を製造する会社で経営管理に携わっていたので、仕事人生の前半は鉄鋼一筋でした。
——その後、それまでとは違う業界へ転身され、1部上場企業取締役などを務められました。
はい。長らく鉄鋼畑でしたし、海外駐在歴も15年を超えようとしていましたから、これまでとはまったく違う環境でチャレンジしたくなり、日本の食品会社に転職したんです。扱う商品も鉄から食品に変わり、これまで培った経験がすべて生かせるわけではありません。でもそれがかえってよかったんです。食品製造や販売に関する知識が身につき仕事の幅が格段に広がりましたし、いまにつながる人脈もたくさんできたからです。
——2015年にAngel Bridgeを設立するまで、個人会社を設立されエンジェル投資家として活動していたそうですね。なぜスタートアップに関心を?
駐米時代、MBAを取るために自費で通いはじめたノースウエスタン大学ケロッグ経営大学院で、当時学部長を務めていたドナルド・ジェイコブス氏の言葉がきっかけです。「アメリカの原動力は起業にあり、アントレプレナーシップにある」といわれ感化されました。ただ、伊藤忠という大きな会社の一員だったせいか、入学当初はその言葉にあまりピンときていなかったんです。それでも大学院で学ぶうち、スタートアップが産業のなかで果たす役割や、社会に与える影響の大きさを知り、自分もこの世界に関わりたいと考えるようになりました。
——支援側にご自身の役割を見出されたわけですか?
ええ。もちろん自らの手でスタートアップを興そうと思った時期もありましたが、私には到底できないだろう大きな困難が伴う社会課題の解決にチャレンジしている起業家を見て、少し考えが変わりました。こうしたすばらしい起業家のために自分の経験や能力を使うことも、アリなのではないかと思ったからです。実は私がエンジェル投資家として初期投資に関わった1社に2020年に東証マザーズ市場に上場を果たしたグルメプラットフォームのRettyもありました。
——その後、Angel Bridgeの設立に参加し、エンジェル投資家からベンチャーキャピタルリストに転じました。どのような心境の変化があったんでしょうか?
投資を通じて人の輪が広がりスタートアップ支援への情熱が高まるにつれ、ひとりでできることの限界を感じるようになりました。投資先によっては、高度な知識を要する事業分野もありますし、個人投資では資金にも限界があります。ちょうどそんなタイミングで出会ったのが、当時PEファンドに在籍しながら、投資の目利き力を磨くためエンジェル投資を行っていた河西です。一緒に手がけた投資案件の目処が立ち、さらに2社目の投資をどうするかという話の流れのなかで、彼からPEファンドを辞めてVCを立ち上げたいと聞きました。1社目の投資で河西に全幅の信頼が置けると感じていましたし、彼の熱意に応えたいという思いもあってAngel Bridgeの立ち上げに加わることに決めたんです。
——河西さんのどんな点を評価されたのですか?
最初の投資案件を通して、河西の投資判断の確かさやビジネスに対する見識の高さ、バイオ領域など、非常に尖った領域への知見、そして彼の人柄のよさですね。一方で私には国内外での事業経験や経営経験があります。河西と私とでは出身母体はもちろん、カバーしている知見も違えば、年齢もキャラクターも違いますが、スタートアップへの支援を通して日本からメガベンチャーを生み出したいという思いは同じです。だからこそ、一緒に組む価値があると思いました。
——林さんがスタートアップ投資やハンズオン支援において大事にされていることは何ですか?
投資にあたっては、起業家が「どんな考えをお持ちで、どんな課題に向き合っているか」、その次に「手がける事業を通じてどれだけ大きいビジョンを描いているか」「諦めず定めた目標に向かって走りきれるか」を吟味します。もちろん事業の将来性を知るための指標も大事なのですが、事業を構想している段階や立ち上げ直後には、世に問うべきプロトタイプも、見るべき数字もないことがしばしばです。また、企業経営においては、思いも寄らないトラブルや想像を超える課題に直面することがよくあります。こうした試練を乗り越えられるかどうかは、組織を率いるトップの資質に委ねられる部分が大きいので、起業家のお考えや人となりについてはとくに注意深く見るようにしています。
——だとすると、何をもとに起業家の資質を推し量るのでしょう?
主観的な判断では、どうしても人によって見るべきポイントがブレてしまいます。そのため、より客観的にその方の価値観や能力を知るために、構造化された質問がとても有効です。われわれは相手方がどんな志向をお持ちで、どういったことに好奇心が惹かれるかといった質問を手がかりに、あらかじめ決めておいた質問に沿って「胆力」「影響力」「分析力」「洞察力」の有無や程度を見極めます。Angel Bridgeメンバーは全員がこのメソッドを体得しているので、メンバー間でビジネスの将来性や細かい数字をどう評価すべきかについて議論になることはあっても、起業家の資質についての評価が大きくブレることはほとんどありません。
——Angel Bridgeの投資先の方々にお話を聞くと「林さんの紹介で新規顧客の開拓に成功した」「よい方を採用できた」という話をよく聞きます。人脈づくりのため取り組んでいることはありますか?
Angel Bridge全体での取り組みとしては、各人が出身校やゼミのメンバー、出身企業の方々を集めたフットサルやゴルフ、スカッシュ、またバーベキューや飲み会といったレクリエーションイベント、また、われわれの投資先を招いて定期的に開催している「クロスラーニングの会」などの勉強会を通じて、参加者と親睦を深め、起業や転職への意欲などの1次情報に触れやすい環境づくりを行っています。こうした日々の取り組みを通じて人の輪を広げているんです。
——林さんが個人的に取り組まれていることもあるそうですね。
はい。実はプライベートで、年に3、4回、毎回テーマを決め、ユニークな活動をされている方をお呼びする交流会を開いているんです。参加者は普段私が仕事を通じて出会う方だけでなく、古典芸能やお笑い、料理など、各分野のエキスパートに大勢集まっていただく大変賑やかな会です。私を含め、みなさん純粋に楽しむことを目的にいらしているのですが、ときとして仕事につながることもあります。異業種交流会のようなビジネスを前面に押し出していないことが、かえって人間関係の広がりにいい影響を与えているのかも知れません。
——大事にしていることは?
こうした場にひとつでも多く立ち会うためには、やはり信用は欠かせません。人間関係はブロックチェーンのようなもので、1度でも毀損してしまえばその影響は後々まで残ってしまうもの。ですから仕事はもちろんプライベートでも信用を何よりも大切にしています。
——ベンチャーキャピタリストとしての林さんは、どんなときに仕事のやりがいを感じますか?
投資先が株式上場を果たすような大きな節目に、支援に携わったひとりとして達成感や喜びを感じるのはもちろんなのですが、私の場合はむしろ、投資先の方々から「組織がこれだけ大きくなりました」とか「目標にしていた売上が達成できました」とか、こうした日々の成長を実感するような言葉をかけていただいたときに、より大きなやりがいを感じるタイプです。
——Angel Bridgeの立ち上げから2025年で丸10年です。林さんはAngel BridgeをこれからどのようなVCにしたいですか?
創業から10年経ち、われわれに資金を提供してくださる投資家のみなさんや、アントレプレナーシップを持つ起業家のみなさんを含むエコシステムをつくることができました。幸いAngel Bridgeには、代表パートナーの河西を筆頭に、若く優秀なメンバーが在籍しています。順調に成長している手応えを感じますが、この状況に満足せずこれからもスタートアップ投資やハンズオン支援に意欲を持った仲間を集め、この10年で築いたエコシステムをさらに大きくしていきたいですね。個人的な思いとしては、河西をNo.1ベンチャーキャピタリストにすることが私の夢であり目標です。
——ありがとうございます。では、最後に志あるスタートアップ起業家や投資家志望のみなさんにメッセージをお願いします。
成功の定義はさまざまですが、まずは最初の1歩を踏み出さなければ何もはじまりません。歩を止めず、真摯に前に進み続ければきっと成功に近づけます。人生は1度きりです。もしキャリアの選択肢に「スタートアップ」が含まれるなら、悔いを残すことのないよう勇気を持ってチャレンジしていただきたいと思います。新たな挑戦には困難がつきものです。ハードシングスもあれば迷いが生じるときもあるでしょう。でも、みなさんのそばにはわれわれがいます。プロフェッショナリズムと熱いハートで支えることをお約束しますから、みなさん安心して飛び込んでいただきたいですね。