Heartseed
INTERVIEW

660億円ディールの裏側(Heartseed株式会社)

[Heartseed COO安井× Angel Bridge河西]

2021.07.07

2021年6月に、世界トップレベルの製薬企業であるノボノルディスクに国内バイオベンチャー史上最高額の660億円でライセンス契約を締結したHeartseed株式会社。日本ではまだ数少ない大学発ベンチャーとして、心筋再生医療の普及に必要な技術開発に取り組んでいます。
外資系戦略コンサルティングファーム、外資系製薬企業を経た安井氏がどういった経緯でHeartseedに入社したのか、今回のノボノルディスクへのライセンスアウトについてどのような歩みがあったのか、そしてHeartseedの目指す世界について、Heartseed取締役COOの安井氏とAngel Bridge代表パートナーの河西に聞きました。
安井季久央 Heartseed株式会社 取締役COO
  • Bain&Company、ヤンセンファーマ、アボット/アッヴィで事業開発、マーケットアクセス部長、事業部長等を経て2019年Heartseedに入社し取締役COOに就任、現在に至る。東京大学大学院薬学系研究科修士課程修了
河西佑太郎 Angel Bridge株式会社 代表パートナー
  • ゴールドマン・サックス証券投資銀行部門、ベインキャピタル、ユニゾン・キャピタルを経て2015年Angel Bridgeを設立し、現在に至る。東京大学大学院農学系研究科修士修了(遺伝子工学)、シカゴ大学MBA修了。

自分でハンドルを握るということ

Heartseedはどのような事業を行っているのですか?

安井:iPS細胞を使って質の高い心筋細胞を大量に製造し、心臓が悪くなった患者さんの心臓に移植することで、心機能の回復と生命予後の延長を目指しています。
心不全はどんどん進行してしまう疾患で、ステージが進んでしまうと有効な治療法が心臓移植しかありません。しかし心臓移植はドナーが全然足りず、ほとんどの人に対して有効な治療法がない状態です。そのため、有効な治療法を届けるべく再生医療という手法を使って新しい治療法を開発していくこと、そして将来的にはHeartseedが製薬企業のような自前のバリューチェーンを構築して革新的な製品を患者さんに届けることを目標としています。

安井さんはHeartseedに入社するまでどのようなキャリアを歩んでいたのですか?

Heartseed COO安井× Angel Bridge河西

安井:中小企業で働く父親のもとで育ったため、学生時代は不況に強い業界に入社したいと考えていました。鉄道、電力系などが不況に強いですが、製薬業界も不況に強いと思い薬学部に進学しました。また、就活の頃に製薬業界について自分で調べ、またセミナーなどで話を聞くうちに、製薬はグローバルな市場競争で、ほぼ日本人だけの日本の製薬企業は将来的に厳しく、このままでは世界で勝てないのではと思いました。また製薬企業はM&Aが有効なビジネスモデルで、それをコンサルティングファームが支援をしているのを聞いて、コンサルティングファームに入社してから製薬企業に転職したほうが早く経営層に到達できるのではないかと思い、大学院を卒業した後Bain&Companyという米系の戦略コンサルティングファームに入社しました。

その後4年ほど経ってからヤンセンというJ&Jグループの製薬企業に入社し、そして1年後にアッヴィ(当時アボット)という米系の製薬企業に転職しました。アッヴィでは周りの人がすごく優秀で、例えば当時の外国人上司は今Biogenという時価総額5兆円強の製薬企業の日本の社長をしています。同僚も事業開発に必要な主要な企業・薬の売上やMR訪問数などの情報が全部頭に入っていて、病理学の知識もあり英語もペラペラの人ばかりでしたね。休みの日も出社して過去の資料を読み漁るなどして、1年で何とかついていけるようになりました。

どういった経緯でHeartseedに入社したのですか?

安井:2010年に本社のシカゴに出張したとき、たまたま就活同期だった河西さんがシカゴ大のMBAに留学中だったのでキャンパス見学後に食事をしながら色々話をしました。その後、2016年に河西さんと渋谷で食事をしたんです。当時河西さんはAngel Bridgeを設立したばかりで、「バイオベンチャーの経営者とかどう?」とお誘いを受けたのですが、当時はバイオベンチャーの社長として何をやっていいかわからないし、自分にはない、最短のパスで薬の承認を取るための薬事的なスキル・経験がいるのではないか?と思い、転職には至りませんでした。

そしてそのままアッヴィで働いているうちに、大学のサークルの先輩が事故で亡くなったというニュースを見て、大きなショックを受けました。その時、人間はいつ死ぬかわからないし、やりたいことは今やらないといけないと思ったんです。河西さんのVCや日本発のバイオベンチャー育成の話は頭のどこかにいつかやりたいこととして残っていました。そんな時に偶然河西さんからHeartseedの話を聞いたんです。ヘルステックなどではなく自分が一番やりたかった革新的な治療法を開発していて、製薬企業の主要な部門の経験を持つ自分が役に立てそうだと感じました。その後CEOの福田と会って丁寧な説明と想いを聞き、これは凄いなと驚きました。そしてこれは何としても世に出したい、と思いました。

ただ当時の私はリスクをどんどん取って世界に挑戦するというマインドセットではなかったことを未だに覚えています。何か前例、ベストプラクティスを調べるというのが染みついてしまっていたんです。1回目に福田の壮大な話を聞いた後でも、ストーリーは素晴らしいが、あれとかこれどうやるんだろう?ということに頭が向いていました。そこで私は「PMDA(医薬品医療機器総合機構)との相談資料を見たい」と言ったんです。すると福田も、どうぞ見てくれと机の上に分厚い資料を何束も出してくれました。

その時私の中に電流が走りました。普通は入社するかわからない人に見せるわけがない資料ですが、福田のその行動は、やっぱり自分の研究に自信があり、課題があったとしてもこれから何とかするぞという決意だと私は感じ取りました。PMDAの議事録に書いてあることが全部ではないですし、議事録を見てから入る、なんてことは聞いたことがありません。私はつまらないことを言ってしまった、ベンチャーであれば課題があってもそれを一緒に解決するのが仕事ではないかと思いました。自分を変える意味でも、何があっても揺るがない強い信念を持っている福田と是非一緒にやりたいなと思い、入社を決めました。

他にもHeartseedに入社しようと思ったきっかけはありますか?

安井:私はずっと外資系の製薬企業で働いていましたが、日本の相対的なシェアが下がるにつれ、日本法人の発言権は小さくなり、全体の意思決定から遠ざかっているように感じました。自分の力不足もありますが、自分で意思決定が出来ずにやった抗がん剤の最終治験、私はそれに当時全身全霊をかけていましたが、それが失敗するといったこともありました。グローバル経営陣は超優秀でアッヴィは順調に成長していますが、日本での仕事はトラクターの後ろにいて、引っ張ってもらっているように感じていました。日本企業をあきらめた学生のころと違って日本がグローバル本社として、自分でドライバーズシートに座ってハンドルを握って仕事がしたいと思うようになっていました。

世界トップクラスの製薬企業へのライセンスアウト

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今回のライセンスアウトはどのような概要なのでしょうか?

安井:ノボノルディスクファーマという、糖尿病に強くデンマークに本社がある世界トップクラスの製薬企業と、Heartseed の主要開発品であるHS-001の開発・製造・販売に関する全世界での独占的技術提携・ライセンス契約を締結しました。日本は共同で事業化します。

ライセンスアウト先としては、時価総額10兆円以上で、TOP20くらいの海外の製薬企業をターゲットに考えていて、そのうちの1つがノボノルディスクでした。ノボノルディスクはいろんなアカデミアのシーズを導入し、自分たちのパワーで早く世界に出せるよう育てていくというビジネスモデルを取っていました。そして、幹細胞(ステムセル)は今後伸ばしていきたい領域なので予算を確保していると話しており、賢い会社だなと思いました。

また、株価の上昇と配当を両方合わせた株主リターンが企業の成績指標として見られていますが、ノボノルディスクはアッヴィと並んでその指標で世界トップでした。キャッシュが豊富で経営陣も優秀で、糖尿病領域だけで終わることはないだろうなと思いました。

その後、2020年1月にサンフランシスコで開催されたJPモルガンのヘルスケアカンファレンスでノボノルディスクの方々と会うことができ、その時のリアクションから「ここにはライセンスアウトできそうだな」と感じました。1年以上にわたる討議を重ねて、今はもう同じチームのような関係になっていますね。

どのようなフローでライセンスアウトを進めていったのですか?

安井:何度も欧米の学会に参加して、メガファーマの凄さは痛感していたので、海外は開発から販売まで全てのバリューチェーンをメガファーマにお任せするというのを前提で計画を立てていました。そのため、とにかく自分たちの開発品に興味を持ってくれて、最終的に承認を取るまでリソースを投入し、その後も売上を最大化するためにマーケティングや営業を頑張ってくれる会社を見つけないといけなかったんです。何社か興味をもってくれる会社が見つかったら、契約のストラクチャー、すなわちどの製品を対象に、どういう地域、バリューチェーンごとの役割分担で契約するか大枠を固めていきました。それと並行し、当社の技術、データに対するデューデリジェンス(DD)を受けました。

DDにおいては、他のどこにも出ていない最先端の技術やデータについて話すので、とにかく欧米人にわかりやすいように、しっかりしたフレームワークに落とし込み、ロジカルに分かりやすく伝えることにしました。また、製薬企業は特許によって競合の参入が防がれていることで、特許が有効な期間に利益を得ています。そのため、特許で守られている技術にのみ高いお金を払ってくれますが、アカデミアでそこまでの特許網を構築するのは非常に難しいんです。医薬品であれば化合物として物質特許が獲得できますが、再生医療だと心筋細胞は体内にあるものなので物質特許は獲得できません。そのため我々は周辺の技術を含め複合的に特許を取得して固めているのですが、その説明をするのも大変でしたし、そもそもまだ人に投与していない、ある意味形がないものを売るのはチャレンジングでした。

Heartseed COO安井× Angel Bridge河西

今回のライセンスアウトはHeartseedにとってどのような意味合いがあるのでしょうか?

安井:まず、我々は常に規格外の会社でありたいと考えています。最近でいえば大谷翔平選手のような。2015年に設立と若い会社ですが、それまでの福田の技術の蓄積は凄いですし、そもそもCEOが慶應医学部の教授というのも異質です。その異質さ、オリジナリティを追求したいところもある一方で、普通の人にわかりやすいような、スタンダードに寄せていくために、例えば今回のような典型的なライセンスアウトをすることも必要だと思っています。
ノボノルディスクほどの大企業にライセンスアウトができたというのは、相当入念なチェックがされたということであり技術面の強力なお墨付きになるので、その後の資金調達やIPOの際にもプラスになるでしょう。

また、患者さんにとっての意味合いももちろんあります。心不全に関しては新しい治療法を探している人が多く、Heartseedもそのような患者さんから電話やメールを沢山いただくので、新しい治療法を待っている患者さんに早く治療を届けないといけないと常に感じています。そのためにも、海外の製薬企業を巻き込んだ方が色々な人の目で見てもらってさらに良いプランで進められるので成功確率が上がりますし、海外のマーケットは現地の人のほうが詳しいので、海外に展開していく成功確率もがっつり上がったと思います。

ライセンスアウトのコツは何だと思いますか?

安井:まずはライセンスアウト候補先を絞り、相手をよく知り、相手に合わせることだと思います。私たちの場合は時価総額10兆円以上の大手製薬企業です。その上で、相手のいろんな立場の人がどう考えるか、大手製薬のいろんな部署の本社メンバーと一緒に仕事をしてきた経験を生かして考えました。またバイオベンチャーは型にはまらない飛び抜けたことをやっているので、相手が理解しやすいフレームワーク、かつ刺さる形に作り上げるのが大切ですね。

また、質疑応答は分担することが多いと思いますが、私は一人に絞るのが良いと思っています。私は海外本社との付き合いの経験が多いので、大体何を聞いてくるか、最初の数単語を聞くだけで分かりました。分担すると、誰がどこまで答えるか顔を見合わせてしまいがちです。よっぽどの専門的なもの以外は答える人を一人に絞って、その人がコントロールする方が確実で、プロフェッショナルに見えると思います。あとは自分たちの交渉力をよくわきまえること、そして当たり前ですが自分たちの提供する資料等には一切妥協せず、言い分には常に正当な理屈を用意することでしょうか。

Angel Bridgeとはどのような関わり方をしてきたのでしょうか?

安井:私はコンサルティングファームを経た後事業会社も経験しましたが、COOはもちろんやったことがありませんでした。資金調達をするとなると、どういったストーリーでどのようなメッセージを伝えるかや、どの順番で投資家にアプローチするかなど重要なポイントが沢山ありましたが、その戦略作りについてかなりアドバイスを貰っていました。
また会社の経営に関しても、河西さんとは経営のPDCAサイクルをしっかり回すということをいつも話していましたし、作りこむところから一緒にやっていました。株主総会や取締役会など他にもやることが沢山ありましたが、論点整理だけでなく細かな進行なども含めて沢山フィードバックして貰いました。河西さんは社外取締役として何社もの取締役会に出ていますし、塩梅がわからないところなども丁寧に教えてくれて本当に助かりましたね。

Heartseed COO安井× Angel Bridge河西

ライセンスアウトにおいては、Angel Bridgeとどのような関わり方をしていたのでしょうか?

安井:河西さんに言われるまでは考えていませんでしたが、ディールハンドリングが重要という点でライセンスアウトもM&Aと似ているなと感じました。相手に嫌われない程度に自己主張し、自分たちの考えを伝えるも、常にあなたたちと一緒にやりたいんだ、という感じの良さを残すのかという点をよく河西さんと議論していました。ライセンスアウトについてはわかっているつもりでしたが、M&Aの経験者からすると違う視点があるのだなと感じましたね。

また、これを出来るのは日本では河西さんくらいしかいないと思いますが、私の作成した資料に目を通して、急所について常に相手の製薬企業目線でフィードバックしてしてくれます。相手目線で作るのが重要と分かっていても、一人で作っているとどうしても相手目線が弱まり、ツルっと飲み込んでもらいにくくなってしまうことがあるのですが、そういうときは河西さんからもれなく指摘が飛んできて大変助かりました。これができるVCが増えると、日本のベンチャー経営のレベルが上がると思います。

河西:本当に戦友ですよね。就活同期として本当に切磋琢磨してきたなとつくづく感じます。

天才的なFounderを全力で支援する

Heartseed COO安井

後輩のコンサル出身者に対しアドバイスはありますか?

安井:アイデアを持っていればCEOになればいいと思いますが、凡人にはCOOが適していると思います(笑)。発想力があり、優れた良いアイデアを出すCEOのアイデアをどう落とし込むかが大事ですね。漫画家と編集者の関係も近いのかもしれません。

BCG出身の北野唯我さんの本に、「天才、秀才、凡人」というフレーズが出てきて、天才は凡人が好きで、凡人は秀才が好きで、秀才は天才が好きというサイクルについて書かれています。コンサルタントは天才的なFounderを支援する方が向いているかもしれないですね。CEOの福田はまさに天才的な発想力、本質を一瞬で理解するセンス、事業感を持っていますので、それを横で支援するのはとてもやりがいのある仕事だと思います。

安井さんはこれ以上ないくらいCOOとして適切な人だと思いますが、なぜここまで至れたのでしょうか?

安井:自分ではまだまだだと思っていますが、慣れてきたのは、現場の実務を一通り理解したこと大きいと思います。入社直後は製薬企業の感覚だったので、ベンチャーとして何をどこまでやればいいか分かっていませんでしたが、社員と話していくうちにこれは後回しだな、など分かるようになりました。会社が設立したときまでさかのぼり、契約書も特許も論文も全部読みました。技術的な課題が何か、業界の歴史と動向をしっかり理解すると考える軸ができました。
また、CEOの頭の中がどうなっているのかを理解するのも非常に重要です。CEOの福田のプレゼン、質問への回答を何度も聞き、議論を重ねていくうちに、だんだんCEOはこう考えるだろうなと分かるようになりましたね。

Heartseedをどんな会社にしていきたいですか?

安井:いまHeartseedはいろんな意味で注目してもらっていると思います。規格外の会社として、メンバー全員がやる気を高く持ち、若さを保ちながらしっかり目標に向かっていきたいです。また、なにかモノを届けるということに妥協は許されないと思っています。これからメンバーが増えていっても、オリジナルさを追求し、患者さんにベストなものを届けていく会社になりたいですね。

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