[プレカル 大須賀CEO × Angel Bridge 林]

薬局DXを推進、社会に新たな価値を届けたい(株式会社プレカル)

[プレカル 大須賀CEO × Angel Bridge 林]

2022.10.26

2022年5月、1億円の資金調達を実施したプレカル。現在同社は人手不足に悩む薬局やドラッグストアに対し、オンラインによる処方箋情報の入力代行サービスを提供しています。そんなプレカルを率いるのは、薬剤師として薬局経営の経験を持つプレカル代表の大須賀氏。大須賀氏は処方箋入力代行サービスを皮切りに、今後テクノロジーと組織化されたマンパワーをフル活用し、煩雑な事務作業から薬局を解放しようと意気込んでいます。今回は、薬局DXに挑む大須賀氏と同社を支援するAngel Bridgeのパートナー林を迎え、資金調達にまつわるエピソードやビジネスの現状、今後の展望などについてうかがいます。
大須賀善揮 株式会社プレカル 代表取締役
  • 北里大学薬学部を卒業後、薬剤師として薬局、ドラッグストア、大学病院に勤務。2017年1月に介護施設専門の調剤薬局を運営する株式会社pharbを起業。2019年7月株式会社プレカルを創業し処方箋入力を代行するサービス「precal」を開発・運営している。
林正栄 Angel Bridgeパートナー
  • 伊藤忠商事にて北米統括シカゴ支店長などを務めた後、1部上場企業取締役、コンサルティング会社代表取締役、エミアル株式会社代表取締役社長などを経て2015年Angel Bridgeを設立し、現在に至る。慶應義塾大学経済学部卒、ノースウエスタン大学Kellogg MBA修了。

7回のピボットを経て見つけたサービスの可能性

まずはプレカルの事業内容をご紹介いただけますか?

大須賀:端的に申し上げるとプレカルは薬局のDXを支援する企業です。専任の事務スタッフがいない薬局では、多くの場合、薬剤師自身が事務作業を担っています。プレカルが目指すのは、業務効率化を通じて薬剤師にしかできない、調剤業務や患者さんへの服薬指導に専念していただく環境を整えること。現在はその手始めとして、オンラインによる処方箋の入力代行サービス「precal(プレカル)」を提供しています。

7回のピボットを経て見つけたサービスの可能性

処方箋の入力代行とは、具体的にはどのようなサービスなのですか?

大須賀:受付時にスキャンした処方箋データを遠隔地にいるスタッフがオンラインで受け取り、40項目以上ある処方箋情報をわずか数分で入力。薬局のタブレットに送信するサービスです。健康保険組合などへの請求に必要なレセプトコンピュータへの入力、患者さんの薬歴管理、お薬と同時に患者さんにお渡しする書類の印刷まで、一通りの事務作業が自動化できるので、薬局業務の作業効率化にお役立ていただいています。

precalに類似するサービスはあるのでしょうか?

大須賀:OCRと呼ばれる光学式の自動文字認識技術を活用したサービスは複数ありますが、訓練された専任スタッフに比べると、どうしても認識精度が劣るのが現状です。むろんprecalもOCR技術を一部利用し、入力スピードの向上を図っていますが、最終的なチェックは人間の目を通して精度を担保しているため、入力精度とスピードの両立が可能となっています。

大須賀さんは薬剤師資格をお持ちで、薬局を経営されていたそうですね。なぜサービス開発を手掛けようと思われたのですか?

大須賀:もともとは自分たちで使うシステムを作るために、プログラミングを覚えWebシステムの内製化にチャレンジしたのがきっかけではあったのですが、時間が経つにつれ薬局業界を変えるサービスを提供したいという思いが強まり、薬局経営からサービス開発に鞍替えする決断をしました。

最初から処方箋の入力代行サービスの開発に取り組まれたのですか?

大須賀:サービスの方向性を何度も見直して、ようやく見つけたのが現在の処方箋の入力代行サービスです。サービス開発にあたっては、不足していたビジネス知識を補うため、スタートアップアクセラレーターのOpen Network Lab(以下オンラボ)のプログラムに参加したのですが、なかなか事業の方向を定められませんでした。実際、プログラムへの参加から2、3日後には最初のピボット(路線変更)に踏みきり、都合7回の見直しを経て、ようやくいまのサービスに辿り着きました。

最初はどのような事業を想定されていたのでしょう?

大須賀:プログラムに参加したタイミングでは、薬局の比較サービスを作ろうとしていました。同じ薬でも調剤薬局ごとに価格が違うという事実を逆手に取り、より安く薬を処方してくれる薬局の情報を世間に知らしめれば、多くの方に喜んでいただけるだろうと考えたのですが、メンターの方からいただいたもっともなご指摘で諦めました。事業化の根拠としては浅はかだったと悟ったからです。

どんな指摘だったのですか?

大須賀:そもそも薬局によって薬の値段が違うといってもその差はごくわずかに過ぎません。本当に患者はこのサービスを求めているのか、また、すでに価格を抑えて薬を処方している薬局が果たしてサービスに魅力を感じ利用料を支払ってくれるのか、甚だ疑問というご指摘でした。

その指摘を受けてどうされましたか?

大須賀:これまで私たちがどれだけ、自分たちが作りたいもの、作れるものだけに捕らわれていたのだと思い至り反省しました。それ以来、私たちは薬局のスタッフ、患者さんの双方に必要とされるサービスを見つけるため、100店舗以上の薬局を訪ね歩き、アンケートやヒアリングを通して検証を重ねました。自分たちが立てた仮説や課題設定が正しいかどうかは、想定される利用者の声に耳を傾けるまで分からないと痛感したからです。

処方箋の入力代行にした決め手は何だったのですか?

大須賀:私たちを担当してくれたメンターの方から、オンラボ卒業生でもあるSmartHRさんは11回のピボットを経てようやく進むべき道を見つけたと聞きました。その話のなかで、当事者の方々にサービスの内容をお話して、5人連続で「使いたい」「ほしい」と言っていただけるサービスには見込みがあると聞き、愚直に仮説検証を繰り返した結果、唯一この条件をクリアしたのが処方箋の入力代行だったんです。

謙虚になれたからこそ見つけられた提供価値

サービスの立ち上げにあたってはどんな苦労がありましたか?

大須賀:そもそも、オンラボに参加したばかりのころはスタートアップ界隈では当たり前に使われている言葉すら知らない状態からのスタートでしたから、たとえば「ピボット」とか「グロース」とか言われても何のことかさっぱり分かりません。最初のころはメンターや同期の話にもなかなかついていけず戸惑ったのですが、いまにして思えば自分たちの未熟さを痛感させられた経験が、かえって良い結果につながったのではないかと思うことがあります。

なぜそう思われるのですか?

大須賀:自分たちはビジネスの初心者だと謙虚な気持ちになれたからです。私を含め当時のメンバー全員、薬剤師経験者でしたから、薬局の実務はもちろん、薬剤師の悩みも知り尽くしているつもりでした。しかし実際は、個人経営の薬局で働く薬剤師と大手チェーン店で働く薬剤師では働く環境も業務上の悩みも異なります。つまり同じ薬局というカテゴリーのなかでも、事業のセグメントによってフォーカスすべき課題は違うわけです。井の中の蛙のままでいたらサービスを立ち上げることすら難しかったかもしれないと思うと、最初の戸惑いにも意味があったんだなと思わずにはいられません。

Angel Bridgeとの出会いについて教えてください。

大須賀:確か2021年の1月ごろだったと思います。Angel Bridgeさんにはオンラボさん経由でお声がけいただき、お会いしたのが最初でしたね。

林:そうでした。私たちは日々、データベースやメディアなどを通じて有望な事業家を探しています。ここ数年、店舗DXに取り組むスタートアップが増えていますが、薬局をターゲットにしている起業家はまだ多くありません。代表の大須賀さんご自身、薬剤師資格をお持ちできっと業界のペインにも精通していらっしゃるはず。サービスに秘められたポテンシャルにも興味を惹かれたので面会を申し込みました。

謙虚になれたからこそ見つけられた提供価値

初対面の印象を聞かせてください。

林:印象的だったのは、とても精緻にビジネスを組み立てようとされている姿勢でした。資金調達について考える前に、いまはまだサービスのユニットエコノミクス、つまり事業の経済性に目処を付けなければならない段階なので具体的な話は待ってほしいと言われ、事業に対してとても真摯な起業家だと感じたのを覚えています。

大須賀:お声がけいただいた当時は、まだ安定したサービスを届けるための体制作りの真っ最中で、どうすれば作業効率を上げつつ採算が取れるか試行錯誤していたところでしたから、林さんをはじめAngel Bridgeの皆さんからの示唆に富んだアドバイスは、とてもありがたかったです。

林:そう言っていただけるのは、こちらとしても本望です。投資を実行する直前、改めてprecalのデモを見せてもらったのですが、処方箋の入力がわずか1分程度で終わるのを見て、これが全国に6万店舗ある薬局の大部分に導入されたら、どれだけ大きな社会的インパクトを起こせるのだろうかとさらに期待が膨らみました。日本国内で処方箋の年間発行数はおよそ8.4億枚にのぼるそうですね。

大須賀:その通りです。

林:サービスとしてのprecalはもちろん、プレカルを率いる大須賀さんにもこれだけの大きな市場を相手にするだけのポテンシャルを感じるからこそ、ぜひ資金の面からもプレカルさんを応援すべきだと考え、投資させていただいたんです。

課題検証は泥臭くとも丁寧に取り組む。それが未来を拓くカギ

資金調達以降、Angel Bridgeとはどのようなお付き合いをされていますか?

大須賀:定例ミーティング以外では、Angel Bridgeさんの投資先が集まる異業種勉強会を通じて、先輩起業家の皆さんにお引き合わせいただいたり、正しい経営数字のまとめ方や経営資料作りのイロハをご指導いただいたりするなど、きめ細やかなご支援をいただいています。最近はフットサルやゴルフにお誘いいただくこともあるので、文字通り公私にわたるお付き合いをさせていただいています。

林:大須賀さんは新しいこと、未知の事柄に対しても柔軟に対応してくださいます。打てば響くと言うと僭越ですが、実際、優れた経営者の素養をお持ちの方だと感じるので、こちらとしても提案やお誘いしがいがあるんです。

大須賀:私自身、経営者としてはまだまだだと思っているので、多岐にわたるご支援にはとても感謝しています。おかげさまで、ここ数カ月、定例会の場で以前より議論に集中できるようになったのも林さんをはじめAngel Bridgeさんのサポートがあったからこそ。日々学ばせていただいています。

Angel Bridgeは今後、プレカルにどのような支援を提供されていきますか?

林:引き続き経営面、事業面でのご支援を続けながら今後はドラッグストアチェーンのご紹介など、営業面からも積極的な支援ができたらと思っています。

大須賀:ありがとうございます。ドラッグストアチェーンと接点をお持ちのベンチャーキャピタルは非常に貴重です。いまちょうどプロダクトの大幅なアップデートに取り組んでいるところなので、それに目処が付き次第、改めて営業に力を入れていくつもりです。改めてご支援のほどよろしくお願いします。

林:もちろんです。一緒に頑張って参りましょう。

大須賀さんは、これからプレカルをどんな会社にしていきたいですか?

大須賀:薬局で行われている事務作業は処方箋入力だけではありません。保険請求業務や薬品の在庫管理、スタッフの雇用回りを含めると膨大な数にのぼります。ゆくゆくはこうした煩雑で時間を要する事務作業から薬局を解放したいですし、将来的には薬局内に蓄積されたままになっている処方箋データを活用した新サービスを立ち上げ、社会に還元できたらと思っています。

現時点では、どんな新サービスを構想されているのですか?

大須賀:たとえば薬の処方データと製薬会社が持つデータを掛け合わせれば、これまで有効な治療薬がなかった希少疾患向けの創薬に弾みを付けられるかもしれません。少し先の話になりますが、患者さんに近い立場にある薬局を起点としたデータビジネスの創出を視野に入れつつ、当面はprecalの普及に努めていくつもりです。

林:少子高齢化で勢いの衰えばかりが目立つ日本ですが、そんな時代だからこそプレカルさんのようなスタートアップが求められるのだとつくづく感じます。Angel Bridgeの理想は、資金提供だけでなくハンズオン支援を通じて世界に誇れるメガベンチャーを生み出すこと。プレカルさんとは今後も一緒に夢の実現に向けて頑張っていきたいですね。

課題検証は泥臭くとも丁寧に取り組む。それが未来を拓くカギ

大須賀さん、最後に後進の起業家にメッセージをお願いします。

大須賀:自分たちが成し遂げようとしているビジネスが、本当に世の中の役に立つかどうかは、客観的な事実を積み重ねた先にしかありません。視点を変えながら想定されるユーザーに何度もインタビューしたり、アンケートを取ったりしてようやくその片鱗が見えてくるものだからです。実際、私自身の経験からも検証してみなければ気付けなかったことが少なくありませんでした。価値あるサービスを作りたければ、課題検証は丁寧に取り組む。こればかりは避けられないプロセスだというのが正直な実感です。もちろん林さんのように、ビジネスに精通した投資家や先達の起業家の力を借りるのも有効な手立てなのは間違いありません。ビジネスに優れた知見を持つ方と知り合えたら好機と思い、恐れず自分の考えをぶつけてみるのもお勧めです。泥臭い検証作業を厭わず、有識者からの助言に耳を傾ける気持ち、そして変化を恐れず行動する勇気さえあればきっと道は開ける。私はそう思います。

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