Angel Bridge投資の舞台裏#19(クラフトバンク株式会社)

専門工事会社向けの経営管理SaaS『CraftBank Office』の提供を行う建設テックスタートアップであるクラフトバンク株式会社に投資した理由とは。

2024.04.09

2023年9月に、Angel Bridgeの投資先であるクラフトバンク株式会社(以下クラフトバンク社)が、シリーズAラウンドにおいて累計14.2億円の資金調達を発表しました。Angel Bridgeも本ラウンドにおいて出資しています。

クラフトバンク社は、専門工事会社向けの経営管理SaaS 『CraftBank Office』 の提供を行う建設テックスタートアップです。従前、アナログで非効率なツールを組み合わせて行っていた事務作業を一元管理し、スマホで完結するプロダクトを提供しており、職人や経営者の事務作業負担の削減によって、専門工事会社の売上成長を目指します。

建設業界では、高齢化や労働人口の減少に伴う人材不足の深刻化により、長時間労働が常態化しており、改善の困難さから「働き方改革関連法(2019年4月施行)」の適用に5年間の猶予期間が取られていました。

2024年4月より適用が開始された事から、「2024年問題」と称して労働環境の是正が目指されましたが、思うように解決されていないのが現状です。今回の投資が、クラフトバンク社の成長を促進し、建設業界の作業効率化、働き方改革の一助になる事を期待しています。

この記事では、Angel Bridgeがクラフトバンク社に出資した背景について、専門工事会社を取り巻く環境と、クラフトバンク社の強みに焦点を当てて解説します。

建設業界の市場構造

まず、建設業界の全体像を説明します。

建設業界は、下図のように大きなピラミッド構造となっており、実際の工事実務を担うのは、二次請け以下の専門工事会社になります。専門工事会社では、大工や左官などの職人を中心とした10-20人程度の規模の会社が多く存在しています。クラフトバンク社は、この専門工事会社向けに、事務作業の効率化サービスを提供しています。

建設業界の市場構造

次に、市場の概要を見ていきましょう。

上図で表されているように、専門工事会社の数は非常に多く、巨大な市場となっています。
建設業の会社数から見ると、コアターゲットとなる会社(個人事業主ではない資本金3,000万円未満の企業)だけでも22万社あり、社会基盤を支えている工事実務は、実は専門工事会社に下支えされています。また、下請完成工事高(国土交通省「建設工事施工統計調査報告」の定義に準拠)の事務作業市場から見ても、事務作業市場の規模は3兆円と、巨大な市場となります。

クラフトバンク社の事業概要

ここからは、クラフトバンク社の事業について詳しく説明していきます。

先ほど見た、巨大な市場における大きなペインは、「事務作業負担が重く、職人・経営者共に本業に集中できないこと」です。多くの工事会社は、アナログで非効率なツールを複数組み合わせて管理せざるを得ず、職人の労働時間のうち31%を事務作業が占めています。

建設業界では、長らく労働環境が厳しく、長時間労働や危険な作業環境、過重労働が懸念されてきました。これに加えて、若手労働者の離職率が高まり、同時に技術者層が高齢化しているため、新たな人材確保が難しく労働力不足が顕著になっています。

政府は、この問題を解決するため、2019年に施行した「働き方改革関連法」において建設業界も対象とし、「時間外労働の規制」を5年の猶予を付けて実施しました。しかし、ほとんどの企業でこれに対応する取り組みが進まず、建設業界はいわゆる「2024年問題」に直面しています。執行猶予の期限である2024年3月末までに、建設業界が働き方改革に本格的に取り組む必要が求められていました。

このような状況下で、事務作業の効率化などを提供するサービスへの需要は高まっており、職人、経営者の双方が本業に専念するための支援が一層必要とされています。クラフトバンク社は、専門工事会社における様々な事務作業(案件管理、見積書・請求書作成、勤怠打刻など)をスマホ完結で一元管理できるサービス『CraftBank Office』を提供しています。事務作業の効率化と業務のスムーズな進行を実現するこのサービスは、2024年問題を解決する一助となるため、そのニーズは高まる一方です。

CraftBank Officeは、現場向けと経営向けにそれぞれ提供されており、優れたUIで職人も使いこなせる上に、クラウドで情報を一元管理できることによって、現場ごとのデータを自動的にレポート化することが可能です。

リリース以来、プロダクトのラインナップも急速に拡大しており、ユーザーの利便性を高めてきました。 CraftBank Officeは、SaaSでありながら、カスタマイズして提供しているという特徴もあります。中小企業が主体となる専門工事会社は、案件管理や見積書・安全書類など、百社百様の書類と業務フローが組まれており、さらに歴史のある企業では数十年前からの自社のオペレーションがなじんでいるという一般的なSaaSには不向きな市場と言えます。

それゆえに、SaaSに合わせて業務フローを変えるのではなく業務フローに準拠した形でSaaSを提供するということに着眼しました。「SaaS」と「カスタマイズ」という一見矛盾するコンセプトを実現するため、CraftBank Officeの開発基盤は実装難易度が高い一方で、ローコードで非エンジニアでもカスタマイズ可能な設計で開発されています。CSがユーザーの業務フローや要望を要件整理した上で各社に合ったプロダクトを提供している点が CraftBank Officeの最大の特徴であり、DXが進んでいなかった専門工事の業界に風穴を開けるカギだと考えています。

投資検討の際には、CraftBank Officeの導入後、活用度合いが高い会社とあまり利用していない会社の両方に複数社ずつインタビューを行いました。初期はPMFの検証のために、専門工事会社以外にも導入が進んでいたこと、それによって適合しにくい業態があることを理解しました。一方で、直近に獲得したユーザーでは優れたUIによる導入のしやすさ、カスタマイズ性の高さが強く評価され、満足度高く利用されていました。

事業の強み

続いて、クラフトバンク社の優位性に関してです。

建設業向けに業務効率化・ソフトウェアを提供している企業という観点では、多くの素晴らしい企業があります。その多くは設計や工事管理を中心とした元請企業を対象としています。近年の建設DX気運の高まりも相まって、元請側の業務効率化は相当進んだと認識しています。

一方で、工事実務を行う専門工事会社は、SMBを中心とした市場ということもあり、なかなか業務効率化が進まなかった市場です。クラフトバンク社は、この市場に着目し、工事会社の現場と経営を中心としたSMB市場にサービスを提供していることから、プロダクトの設計が全く異なります。

米国の市場を見ても、元請け向けのプロダクトと工事会社向けのプロダクトは別のものとして棲み分けがなされており、日本国内においても両者が競合することはなく、今後も棲み分けがなされていくものと考えています。

建設業界向けにソフトウェアを提供している会社という観点では、ANDPAD、SPIDERPLUSなど多くの企業が活躍されていますが、どちらも元請の会社を対象としたツールを提供していることから、クラフトバンク社とは対象としている市場が異なると考えています。

SMB市場に着眼を置いた戦略設計を行っているということから、クラフトバンク社では、オンライン工事マッチング「Craft-bank.com」や全国30都道府県で週2回以上・計100回以上開催しているオフラインイベント「職人酒場」を展開しています。
これにより、地域都市の建設工事会社との強固な繋がりを構築していることは、Webマーケティングが通用しないこの業界でユーザー獲得を進めるにあたって、非常に大きな強みです。

これらの理由から、先行する建設DX企業が将来的に競合する可能性は高くはなく、むしろ連携を図っていくことで建設業界全体の業務効率化が一気に進んでいくものと考えています。

経営陣/メンバー

Angel Bridgeがクラフトバンク社に投資するにあたり、経営チームへの理解も深めました。

Founder/代表取締役の韓さんは、東京大学 大学院 建設学専攻を修了し、リクルートに入社。SUUMO事業・経営企画・国内新規事業を経て非HR領域の東南アジア・欧州展開を主導し、自ら買収ディールを行ったQuandoo GmbHでMDを務めます。その後、内装工事会社・ユニオンテックに経営参画し代表取締役を経験され、そこからIT部門をMBOして設立したのがクラフトバンクという会社です。事業経験、経営経験が豊富で、かつ内装工事会社の当事者として業界にも深く入り込んで解像度高く顧客を理解していることが強みとなっています。

各業界で経験を積んだ強力なメンバーも多数参画しています。CPOの武田さんや、VP Partner Salesの田久保さんといった若い経営陣が事業を主導していることからも、優秀な若手を巻き込む力も持ち合わせていることがわかります。

複雑で参入障壁の高い建設業界において、頭脳明晰で事業推進力が高いのはもちろんのこと、業界の当事者としての経験を併せ持ち、ウェットな関係性を構築し信頼を得ることのできる韓さんは、まさにこの業界にフィットした経営者であり、本事業を進める上でこれ以上ない人物であると考えました。

おわりに

最後に、Angel Bridgeの今回の投資のポイントをまとめます。

1つ目は、巨大な市場があり、その中で独自のターゲット層にアプローチできていることです。建設業界という非常に大きなピラミッド構造の中で、クラフトバンク社は二次請け以下の専門工事会社向けにサービスを展開しています。この層の会社数は多く、コアターゲットとなる会社(22万社)の事務作業市場で3兆円のTAMが存在します。クラフトバンク社は、この層をターゲットとして領域横断型のプロダクトを提供することでポジションを確立しています。2024年問題に代表されるように、建設業における事務作業の効率化ニーズは急増しており、旧態依然とした働き方の変革を求める現場からの声は大きいです。このペインを解決する意義は大きいですし、今後成長が見込まれる魅力的な市場だと考えています。

2つ目は、優れたプロダクトで急速に市場に受け入れられていることです。CraftBank Officeは、SaaSでありながら、カスタマイズして提供しているという特徴があります。これは、簡単に業務フローを変更できない一方で、業務効率化したい専門工事会社の内実に沿った設計になっています。また、プロダクトのカスタマイズはローコードで行えるため、各社へのカスタマイズ工数が各段に少なくなります。こういった使い勝手の良さに加え、充実したCSによるカスタマイズ性の高さによって、DX化の進んでいなかった専門工事の市場に風穴を開けたプロダクト力を、高く評価しました。

3つ目は、優秀な経営チームです。代表の韓さんは、経営者としての豊富な経験に加え、建設工事会社の当事者として経営された経験も持ち合わせています。故に、「職人酒場」のような業界特性にマッチした戦略設計を行い、業界からの信頼を得ることに成功しています。複雑で参入障壁の高い建設業界に、これ以上なくフィットした人物だと判断しました。CPOの武田さんや、VP Partner Salesの田久保さんなどの若手経営陣に韓さんが思い切った権限移譲ができていることも評価しています。組織を俯瞰して考えることのできる優秀な若者が育っていることは、今後組織が拡大していく上での大きな強みとなります。

以上の観点から、クラフトバンク社が専門工事会社向けのSaaSを中心に建設業のDX化を推進し、専門人材活用・生産性向上を果たすとともに、メガベンチャーとなる可能性が非常に高いと考え、投資の意思決定をしました。

Angel Bridgeは、社会への大きなインパクトを創出すべく、難解な課題に果敢に挑戦していくベンチャーを応援しています。ぜひ、事業戦略の壁打ちや資金調達のご相談など、お気軽にご連絡ください!

MORE RELATED INTERVIEWS | COLUMNS