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Angel Bridge投資の舞台裏#32(株式会社メカノクロス)

2025.09.05

2025年8月に株式会社メカノクロス(以下メカノクロス社)が、プレシリーズAの資金調達を発表し、過去分を含めての累計資金調達額が累計10億円に到達しました。Angel Bridgeは、本ラウンドにおいて出資しています。

メカノクロス社は、医薬品やスマートフォンなど身の周りの製品を製造するための化学合成プロセスにおいて、メカノケミカル有機合成技術(従来の合成技術では大量に必要とされた有機溶媒をほとんど使わずに機械的な力を用いて反応を起こす有機合成反応)を用いて新規化合物の創出や、既存反応のコスト削減を実現する北海道大学発のスタートアップです。

今回の記事では、Angel Bridgeがメカノクロス社に出資した背景について、特に有機合成の概要と課題、およびメカノクロス社の強みに焦点を当てて解説します。

  1. 有機合成の概要と課題
  2. メカノケミカル有機合成の概要
  3. メカノクロス社の事業概要と強み
  4. 経営陣
  5. おわりに

1. 有機合成の概要と課題

まず、有機合成の概要と課題について説明します。有機合成とは、炭素骨格を基本とする有機化合物を人工的に設計、合成する技術であり、医薬品・樹脂・電子材料など私たちの身の回りで用いられる物質の基盤となっています。1828年に初めて炭素骨格を持たない無機物質から有機化合物である尿素の人工合成に成功したことをきっかけに、さまざまな有機化合物の合成手法を研究する学問として確立しました。

従来の方法では、粒状の原料などを大量の有機溶媒に溶かし、温度やpHを細かく調整して進めていました。反応が終了したら不純物を取り除いて目的とする化合物だけを抽出し、必要に応じて炭素骨格を持たない無機化合物も組み合わせることで、最終的に様々な製品が生み出されます。

この方法は応用範囲が広く既に実証されている確実な手法である一方で、新素材開発の難しさ、高額な生産コスト、反応速度の遅さ、環境負荷など、様々なペインが存在します。

① 新素材開発の難しさ
たとえシミュレーションにより理想的な分子構造が分かっていても、原料が有機溶媒に溶けにくいと反応は起こせません。その際は、溶解力の高い特殊な有機溶媒の準備や加熱/加圧といった特殊条件を満たす専用装置が必要であり、試行回数も相応に増加します。合成の準備から後処理までの負担が一気に膨らむため、試す価値のある化合物候補であっても費用や期間の見通しが立たずに開発を断念せざるを得ないケースが生まれます。

② 高額な生産コスト
有機溶媒は、購入費用以外にも保管、温度管理、回収/再生、最終処理まで含めて継続的にコストが発生します。例えば、溶け難い材料の反応では、特殊で高価な溶媒を用いるので全体の5割以上を占める例もあります。

③ 反応速度の遅さ
有機合成反応は原料分子同士を衝突させることで生じますが、原料を大量の有機溶媒で薄める従来の方法では分子同士が衝突する頻度が低く、目的とする反応が起こるまでに長い時間を要します。その結果として生産性の低下に繋がっています。

④ 環境負荷
有機溶媒を大量に利用するほど、回収、再生、焼却などの工程で産業廃棄物やその燃焼処理による二酸化炭素の排出が増え、環境に大きな負荷を与えてしまいます。

2. メカノケミカル有機合成の概要

これらのペインを解消するのが、メカノクロス社が研究開発を進めるメカノケミカル有機合成です。同手法では、原料と少量の有機溶媒を容器に入れて、均一に混ざるよう機械的な力のみで強力に攪拌することで反応を促します。

図1. 従来法とメカノケミカル有機合成の比較①

メカノケミカル有機合成は、従来法と比較して多くの利点があります。まず、有機溶媒に溶けないあるいは溶けにくい原料も扱えるため、従来合成を断念せざるを得なかった有望な新素材を実用的なコストで開発することができます。次に、大量の溶媒による原料の希釈が防げるため、高濃度での合成が可能であり反応速度が大幅に短縮されます。例えば、医薬品や電子材料など様々な物質の合成に広く用いられる「鈴木―宮浦クロスカップリング反応」において、従来法では24時間要していた工程がメカノケミカル有機合成では5分で完了します。さらに、有機溶媒の使用をごく少量まで抑えるため、大幅なコスト削減が可能であり、かつ廃棄物や二酸化炭素排出の削減を経済合理性と同時に追求することが可能です。これらの理由により、メカノケミカル有機合成は従来法の強力な代替手段として研究開発と商用実装が注目されています。

図2. 従来法とメカノケミカル有機合成の比較

3. メカノクロス社の事業概要と強み

続いてメカノクロス社の事業概要について説明します。同社は、国内で唯一メカノケミカル有機合成に取り組む企業です。ビジネスモデルとしては、新素材の開発や既存反応の改善ニーズを持つ顧客に対して、希望する反応を実現するために机上調査から商用化までの伴走支援を提供し、最終的にライセンス提供によるロイヤリティ獲得も視野に入れています。足元では製薬企業や化学メーカーから受注を獲得しており、各社初期段階の確認試験から量産前の増量試験へと順次移行しています。

すでに複数の案件において、新規化合物の創出や既存反応法の置き換えによるコスト削減などの様々な実績を築いています。例えば、大手化学メーカーとの協業事例では、従来法では生産コストが高く、実用化できなかった化合物の創出に成功しており、量産化に向けて反応装置の開発を進めています。また、大手製薬企業とは、薬の合成過程における有機溶媒の大幅な使用削減による生産効率化に向けて協業し、既に成果が出始めています。このように、メカノクロス社の技術は、既に商用が可能なスケールでの量産化に向けて具体的な実績を残しており、着々と検証プロセスを進められています。

Angel Bridgeの投資判断にあたっては、世界トップレベルのサイエンスと、事業面における圧倒的な優位性の両面を兼ね備える稀有な大学発ベンチャーであることを高く評価しました。メカノクロス社は、共同創業者でメカノケミカル有機合成の第一人者である伊藤肇先生の研究成果を基に設立されています。伊藤研究室は北海道大学を代表する研究室であり、同領域をテーマにした論文だけでもScience誌やNature Communications誌など、世界的な学術誌に掲載されています。そのサイエンスを基に反応速度の向上に寄与する独自の触媒の開発や、多くの特許取得を進めてきており、高い参入障壁を構築しています。

それに加えて、すでに複数の企業と商用化を目的とした共同研究、協業を進めてきており、量産化の実現に向けて着実に知見を蓄積しています。同時に、大手エンジニアリングメーカーと商用が可能なスケールの生産量を確保し、かつメカノケミカル有機合成反応に最適な反応装置の開発も進めており、同領域のトップランナーとして、事業面における圧倒的な優位性を築き上げています。

図3. メカノクロス社の優位性

4. 経営陣

メカノクロス社に投資するにあたり、優れた経営チームの存在も重要な後押しになりました。

図4. メカノクロス社の経営陣

齋藤CEOは、共同創業者である伊藤先生の研究室を卒業後、三菱ケミカルで研究開発や新規事業を担当し、太陽ホールディングスに転職した後も新規事業の立ち上げやM&Aを担当されていました。研究開発と事業開発の両方をご経験されていることから、業界への深い洞察に加えて、知財戦略、グローバル展開、営業戦略、組織設計など、幅広い領域に精通している、技術と事業の両方に理解のある経営者です。投資プロセスを通して、高い解像度で技術や事業のビジョンを描き、論理的かつ迅速に戦略を組み立てる姿勢が印象的でした。

共同創業者である伊藤先生は、メカノケミカル有機合成が今ほどの注目を集める前の2018年から研究を開始し、パイオニアとして同領域を開拓されてきました。ScienceやNature Communicationsなど、世界的な学術誌に論文が掲載された実績があり、昨年には日本化学会賞受賞を受賞された化学界において日本を代表する研究者です。同じく共同創業者の久保田先生も、令和7年度科学技術分野の文部科学大臣表彰で若手科学者賞を受賞するなど、若手のホープとしてご活躍されています。なお、齋藤CEO、久保田先生は共に伊藤研究室の出身であり、各経営陣とのインタビューを通じて、相互に強い信頼関係のあることを確認させていただきました。

メカノクロス社の経営陣は、技術と事業の双方に精通し高い実行力とやり切り力を備える齋藤CEO、世界トップレベルのサイエンスで産業界からも高く評価されている伊藤先生と久保田先生の、相互の信頼関係の上に成り立つ素晴らしいチームです。

5. おわりに

メカノクロス社が研究開発を進めるメカノケミカル有機合成は、従来法のペインを大幅に解消し、新素材の開発や大幅なコスト削減などを実現しうる優れた技術です。世界に先駆けてメカノケミカル有機合成の商用化を実践している同社の基盤には、世界トップレベルの優れたサイエンスと事業に対する深い知見を兼ね備えた経営チームの存在があり、既に多くの事業会社から優良な案件を獲得しています。齋藤CEO、伊藤先生、久保田先生で構成されたバランスの取れた経営陣の下で、大きな成長を遂げて国内外の化学産業イノベーションを加速させるものとAngel Bridgeは確信しています。

Angel Bridgeは社会への大きなインパクトを創出すべく、難解な課題に果敢に挑戦していくベンチャーを応援しています。ぜひ、事業戦略の壁打ちや資金調達のご相談など、お気軽にご連絡ください!

この記事の監修者

Angel Bridge編集部

Angel Bridge編集部

Angel Bridgeは世の中を大きく変革するメガベンチャーを生み出すことを目指して、シード~アーリーステージから投資を行うベンチャーキャピタルです。プロファーム出身者を中心としたチームでの手厚いハンズオン支援に強みがあり、IT/大学発/ディープテックスタートアップへの投資を行います。

私たちは「起業家のサポーター」として、壮大で破壊力のある事業の創造を全力で応援しています。

所属
JVCA : (https://jvca.jp/)

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