——普段、どんなスケジュールで働いていらっしゃいますか?
もっぱら新規投資先の発掘と投資先の選定に7、8割の時間を使っています。1日のスケジュールでいうと、毎日9時前に出社して19時ごろに退社するまで、スタートアップ関連のニュースのチェックにはじまり、投資先候補のサーチやデューデリジェンス、具体的には起業家など関係者とのミーティング、市場調査や資料作成などに時間を割くことが多いですね。最近は、ディープテック領域で興味深い取り組みをされている研究者や大学との関係強化に力を注いでいます。今後、担当する支援先企業が増えてくれば、ハンズオン支援に割く時間が増えてくると思います。
——伊原さんは、非常にユニークなキャリアをお持ちだと聞きました。
医学部を卒業後、研修医や内科医として6年間病院に勤務していたのでそう思われるのかも知れません。病院を辞めてからは、シカゴ大学の経営大学院にMBA留学し、帰国後、マッキンゼーに入り3年半ほど戦略コンサルタントを務めました。Angel Bridgeに入社したのは2025年3月のことです。
——そもそもなぜ医学の道へ進まれたのですか?
幼いころから生き物や人体のしくみに強い関心があったのと、人の役に立ちたいという素朴な夢が重なって、医学の道を志すようになりました。
——幼いころからの夢を叶えたにもかかわらず、なぜ医師を辞めてMBA留学を目指したのでしょうか?
医療の質は、医師個人の技量や熱意に支えられているのはもちろんですが、それだけではありません。革新的な医薬品や医療機器の登場によって大幅に向上するのです。学生時代、医学を学ぶ傍ら、ピーター・ティールの『ゼロ・トゥ・ワン』や、出光興産創業者の出光佐三をモデルにした『海賊とよばれた男』などの本を読み、ビジネスのダイナミズムに惹かれるところがありました。医学に限らず、最先端のテクノロジーの多くがアカデミアとビジネスの両輪で前進するのだとしたら、世界的なイノベーションの中心地でビジネスを学ぶ価値は大きいのでは。そんな思いから、米国でのMBA留学を考えるようになりました。
——留学していかがでしたか?
アメリカでの生活をひと言で表すと「とてもエキサイティングな2年間」でした。留学前は外国に住んだことはおろか、外国人の知り合いすらおらず、海外とは縁遠い生活だったのでなおさらです。忙しい仕事の合間を縫って準備した甲斐がありました。
——どんなところがエキサイティングだったのでしょう?
授業の内容はもちろんですが、それ以外にも、シカゴ大学の研究シーズを基にピーナッツアレルギーの根治治療を開発、事業化するプロジェクトに参加してビジネス側のリードを務めたり、製薬企業のイーライ・リリーや、後にお世話になるマッキンゼーでのインターンシップを経験したりと、非常に刺激的な毎日を過ごしたからです。その一方で、自分の至らなさを感じる場面も少なくありませんでした。
——と、いうと?
医師の世界しか知らずに留学したので、多くの社会人が当たり前にやっているミーティングのファシリテーションや、プロジェクトの進捗管理すら満足にできませんでした。ビジネスの世界で揉まれてきた人たちと比べて圧倒的に知識も経験も足りないのは明らかでした。もちろん、がむしゃらにやれば多少は評価してもらえます。でも、それに甘んじていたのでは、さらなる成長は望めません。それで、MBA修了後はより厳しい環境に身を置こうと決めました。マッキンゼーを選んだのは、どんなバックグラウンドや経歴を持っていても一切関係なく厳しく鍛えられる会社だったからです。
——マッキンゼーに入社していかがでしたか?
入社後しばらくは、PowerPointもExcelもうまく使いこなせず、新卒メンバーの不安そうな視線がちょっと痛かったほどでした(笑)。でもせっかく入社したからには、成果を出すまで辞めるわけにはいきません。製薬企業のプロダクト戦略や販売戦略から組織変革プロジェクトや診断率・治療率向上に向けた施策の策定などに至るまでの様々なプロジェクトに加え、官公庁を対象にした諸外国の感染症政策にまつわる調査プロジェクトなどにかかわるうちに少しずつ自信がつき、3年目に入るころにはマネージャーとしてメンバーを束ね、成果物に責任を持てるまでになりました。苦しい時もありましたが、すぐに諦めてしまわずによかったと思います。
——さまざまな選択肢があるなか、なぜVCに興味を持ったのですか?
医療にせよ、ITにせよ、社会を豊かにし、人々に健康や幸せをもたらすイノベーションの多くはスタートアップから生まれるからです。医師でありながらMBA留学を志したのも、いつかイノベーションが生まれる現場に立ち会いたいという思いがあったからこそだったので、マッキンゼーで一定程度の経験を積めたと実感できたタイミングで初心に返るつもりでVCへの転職を決めました。私自身、好奇心旺盛でさまざまなことに興味がありますし、表舞台に立つよりも黒子に徹するほうが好きなタイプでもあります。多種多様なスタートアップと向き合い、起業家を陰で支えるVCは最善の選択だと感じたのも大きな理由です。
——Angel Bridgeを知ったのは?
VCについて調べを進めるうちに、自分の志向や経験に合いそうなVCが目に留まりました。それがAngel Bridgeだったのです。パートナーを筆頭に多彩なキャリアを持つメンバーが在籍しており、しかもバイオ領域を含むディープテックとIT両方に強みを持つVCだと知り興味を持ちました。
——数あるVCのなかから、Angel Bridgeを選んだ理由を教えてください。
最初の面談に対応してくれた河西の気さくな人柄、適切な場所に適切な資金を投じるために徹底した分析を厭わない「サイエンス」としての投資アプローチを重視している点、スタートアップへの支援を通して日本経済を再興しようという志の高さにも惹かれました。河西と会ったあとも、パートナーの林をはじめ、メンバー全員と面談する機会を設けてもらったのですが、こんな優秀な人たちと一緒にベンチャーキャピタリストとして新たな一歩が踏み出せるならと思い決めました。
——改めて、ベンチャーキャピタリストになった感想を聞かせてください。
世界最先端の技術やユニークなビジネスモデルに触れる機会はもちろん、ひたむきに、ご自身の事業と向き合っていらっしゃる起業家のみなさんの情熱が間近に感じられて、非常に楽しいですね。
——これまでのキャリアや経験が生きる瞬間はありますか?
医師としての経験は、創薬などのバイオや医療系のスタートアップを理解するのに役立ちますし、戦略コンサルタント時代に培った経験は、プロダクトやサービスの評価やビジネス戦略の妥当性を検討する際、大いに役立っています。
——共に働く、パートナーやメンバーの印象を聞かせてください。
河西の知識と経験に基づく分析力、投資先の会社のために徹底してコミットする姿勢は学ぶことが多く、ベンチャーキャピタリストとしての憧れの存在です。林は多くの方々を魅了してやまない人間力を日々感じており、VCの先輩である以前に人生の師匠のような存在です。メンバーからは、ソーシングや分析の進め方から、投資プロセスの各段階において大切にすべきポイントなどを日々学ばせてもらっています。ベンチャーキャピタリストは、個人商店的な一面があるといわれがちですが、Angel Bridgeの社員は、毎日オフィスに出社するので結束も堅いですし、困ったときに声を掛ければアドバイスをいつでももらえる雰囲気があります。みなさんの振る舞いや言動から学べることも多いので、私のようなVC経験の浅い人間には、とてもありがたい環境です。
——これから、どんなベンチャーキャピタリストを目指しますか?
なりたいのは、起業家や研究者が苦しいときに、真っ先に連絡をいただけるようなベンチャーキャピタリストです。そのためにもスタートアップに資金を提供して終わりではなく、ハンズオン支援を通じてみなさんの期待に応えていかなければなりません。とはいえ、ソーシングから主体的にかかわり投資に至った案件がまだないので、一日も早くひとりで案件を切り盛りできるようになり、自分なりの投資テーマを確立しなければと思っています。
——成長の手応えを感じた瞬間を教えてください。
「成長の手応え」というと少し大袈裟かも知れませんが、先日、ある起業家との面談後、その方から「これからも定期的に意見交換させてほしい」といわれたときは嬉しかったですね。私が以前、別件で調査していたある海外のスタートアップの事例や考察が参考になったのだそうです。忙しいなか時間を割いてくださった起業家に、少しでも価値ある時間を提供できたんだと思い自信につながりました。
——業界未経験からこの世界に踏み出した経験を踏まえ、Angel Bridgeで活躍できる人はどんな人だと思いますか?
Angel Bridgeは、難しい投資領域だと思われがちなディープテックを含む幅広い領域で着実に実績を上げつつある一方、少数精鋭で組織面でもビジネス面でもまだまだ成長の真っ最中にあるVCです。ひとりひとりに託される責任の範囲は広く、完成された組織では味わえないやりがいを感じられるはずです。成長意欲の高い方、スタートアップのように自ら積極的に価値を創造していきたい方にお勧めのVCだと思います。
——最後に伊原さんが大切にされている座右の銘や信念を教えてください。
幕末の思想家である吉田松陰の言葉である「夢なき者に成功なし」です。もし夢がなければ、医師を目指すこともなかったでしょうし、MBA留学を経て戦略コンサルタントになることも、ベンチャー投資の道に進むこともなかったでしょう。何をもって成功とするかは人それぞれです。ただ、ベンチャーキャピタリストをライフワークにする覚悟が決まったのも、世界を変える日本発のイノベーションに貢献したい、それを通じて日本経済の再興に貢献したいという夢があるからこそであるのは間違いありません。今後は起業家を支えるひとりとして、みなさんの夢に寄り添いつつ、夢の実現を後押しできる存在でありたいと思っています。