
2025.04.15 ACADEMY
今回はスタートアップのM&Aについて、具体的な事例に基づいて説明していきます。
スタートアップにおけるM&Aとは
スタートアップ企業にとって、エグジット戦略は持続的な企業成長を遂げるための重要な経営判断です。エグジットとは、創業者や投資家が事業に投資した資本を回収する出口戦略を指します。事業の売却や株式の公開、資産の売却など、事業の成果を現金化する形式は様々ですが、一般的には企業が更なる成長機会を得るための手段とされています。
代表的なエグジットの手法として挙げられるのが、M&A(Mergers and Acquisitions:企業の合併・買収)とIPO(Initial Public Offering:新規株式公開)です。M&Aは、スタートアップ企業が他社に買収されることで株式が現金化される手法です。買収企業にとっては、新技術や市場シェアの獲得が目的であり、スタートアップにとっては、買収を通じた成長戦略の広がりや短期間での利益実現が可能になります。一方、IPOは株式市場に株式を公開し、一般投資家から資金を調達する方法です。企業の知名度向上や成長資金の確保につながる一方で、上場企業としての高いガバナンスや情報開示義務が求められるようになります。
近年、国内におけるスタートアップのM&Aエグジット数は、緩やかな上昇傾向にあります。また、スタートアップ同士のM&Aも増えており、成長フェーズが異なる企業同士が事業シナジーを求めて統合するケースも多く見られます。従来はIPOエグジットに偏重していた国内のスタートアップですが、昨今ではその流れも徐々に変化しています。特に、不確実性が高い市場環境下では、成長機会を確保しながら安定したキャッシュを得られるM&Aが、現実的な選択肢として存在感を増しています。
図1 スタートアップのエグジット数の推移
スタートアップがM&Aを活用するメリット
まず、スタートアップがM&Aを活用するメリットについて、買い手側と売り手側の視点から説明します。
① 買い手側のメリット
買い手側にとって、M&Aは短期間で成長戦略を加速させる有効な手段となります。自社で一から技術開発や人材採用を進めるよりも、既に実績を上げているスタートアップを取り込むことで、スピーディーに新技術や優秀な人材を確保することができます。また、競合他社に先んじて市場シェアを拡大できる可能性もあります。自社単独で開発・成長させるよりも、買収を通じてコストを抑えながら効率よく事業拡大を図れるメリットもあります。
特に、近年ではスタートアップ同士のM&Aも増加しています。急成長を目指すスタートアップが、同業や隣接領域のスタートアップを買収することで、短期間での事業拡大を実現するケースが見られます。例えば、ブランドの企画や電子商取引(EC)サイトの構築などを手掛けるAnyMind Groupは、2016年に設立し、2023年3月の東証グロース市場への上場までに、累計7件のM&Aを実施しています。これらの戦略的M&Aにより、アジアを中心に事業領域と顧客基盤を拡大し、2024年通期の海外売上比率は60%に達しています。
② 売り手側のメリット
一方で、売り手側であるスタートアップにとってもM&Aには大きなメリットがあります。まず、創業者や投資家にとっては、短期間で資金回収を実現し、早期にリターンを得るチャンスとなります。特にIPOまでの道のりが長期化しやすい現状において、IPOと比較して市況の影響を抑えられるM&Aによるエグジットは現実的な選択肢として魅力を増しています。
また、買い手企業の傘下に入ることで、事業の成長性や継続性が高まるケースもあります。買い手企業の持つ経営資源やネットワークを活用することで、単独では難しかった顧客基盤の拡大や新技術の開発を加速できる可能性も広がります。例えばロボアドバイザー国内最大手のウェルスナビ株式会社は、2024年11月に三菱UFJ銀行に996億円で買収されました。この買収によりウェルスナビは、三菱UFJ銀行の広範な顧客ネットワークを活用することで、サービスをより多くの潜在顧客に届けることが可能になります。加えて従来提供していた資産運用サービスにとどまらず、保険・年金・住宅ローンなども含めた、より総合的な資産管理サービスの提供が可能となります。このように、売り手側のスタートアップは、M&Aにより単独では実現が難しい事業基盤の拡大が可能になります。
スタートアップのM&Aが増えている理由
続いて、スタートアップのM&Aが増えている背景について、直近の事例と共に説明します。
① 買い手側がスタートアップのケース
顧客基盤の拡充/マルチプロダクト化
近年、スタートアップにおけるM&Aが増加している背景には、顧客基盤の拡充やマルチプロダクト化を目的としたケースの増加が挙げられます。多くの初期フェーズのスタートアップは、特定領域に特化したプロダクトやサービスを起点に成長しますが、ARR(年間経常収益)が一定規模に到達すると、自社プロダクト単体のオーガニック成長だけでは限界があり、M&Aによって顧客基盤や提供サービスを非連続的に拡大する必要があります。そこで重要になるのが、既存顧客に対して周辺サービスも含めて販売(クロスセル)するマルチプロダクト戦略です。しかし、自社開発でゼロから新サービスを立ち上げるには、時間とコストがかかる上、競争環境も激しく、スピード感のある市場導入の難易度は高くなります。そこで既に顧客基盤やサービスモデルを確立している企業をM&Aで取り込む動きが加速しています。
Angel Bridgeの投資先である株式会社PeopleX(以下PeopleX)もマルチプロダクト化に向けた買収を行っています。PeopleXは、社員のスキルアップやエンゲージメント向上を支援するためのエンプロイーサクセス事業を展開しています。主に、エンプロイーサクセスHRプラットフォーム『PeopleWork』、人材紹介サービス『PeopleAgent』、及び人事向け総合型コンサルティングサービス『PeopleConsulting』を提供しています。PeopleXは、2024年11月に外国籍ITエンジニアの採用支援を手掛けるアクティブ・コネクター株式会社を子会社化しました。この買収により、『PeopleAgent』の機能を強化し、IT・Web・DX領域における外国籍人材紹介サービスを一層推進する体制を整えています。
このようにスタートアップは、買収という手段を用いて顧客基盤の拡充やマルチプロダクト化を推進し、多角的な事業展開による成長を遂げるのです。
ロールアップ戦略
スタートアップにおけるM&Aが活発化している背景として、ロールアップ戦略を採用する企業が増えていることも挙げられます。ロールアップ戦略とは、同業種または周辺領域の複数企業を次々と買収・統合し、事業規模の拡大やシナジー効果を狙う成長戦略です。個々では競争力が限られる企業群を束ねることで、業界内でのプレゼンスを高め、コスト効率や収益力を改善していく狙いがあります。
代表的な事例が、アミューズメント業界で存在感を高める株式会社GENDA(以下GENDA)です。同社は、ゲームセンターやクレーンゲーム事業を展開する企業を次々と買収し、市場でのシェアを拡大させることで、スケールメリットを活かした事業基盤の強化に成功しています。2020年には、セガサミーホールディングス傘下のセガエンタテインメント(現株式会社GENDA GiGO Entertainment)を買収し、一気に約200店舗を傘下に収めました。その後も地方や海外のゲームセンター、プライズ景品企画会社、カプセルトイ専門店、映画配給を行うギャガ株式会社などを次々と買収し、エンタメ領域でバリューチェーンを拡張しています。買収後は、景品調達やオペレーションの効率化、プライズ機増設などにより収益改善を早期に実現し、投資回収期間を短縮。このサイクルを回しながら継続的にM&Aを進め、シェア拡大と収益性向上を両立させる戦略を展開しています。
図2 株式会社GENDAのM&A及び資本取引トラックレコード(決算発表資料より)
一方で、ロールアップ戦略を実行するには、単に買収を重ねるだけでなく、財務分析やバリュエーション、資金調達、買収後の収益改善など、一連のプロセスを適切に運用する高度な金融リテラシーが求められます。まず、金融的な視点で考えると、ロールアップ戦略は、「マルチプルアービトラージ」という概念に基づいています。マルチプルアービトラージとは、低いマルチプルで買収した企業を、自社のより高いマルチプルで市場評価させることによって、買収時点で企業価値を押し上げる手法を指します。例えば、買収対象企業をEBITDA3倍で取得し、自社株が上場市場でEBITDA10倍で評価されている場合、買収によって増えたEBITDA分が市場で10倍の価値として反映されます。このギャップにより、買収した瞬間に時価総額が上昇する仕組みです。マルチプルアービトラージを達成するには、①買収対象企業を割安(低マルチプル)で取得すること ②自社の株式市場でのマルチプルが高いこと、③買収によって自社のマルチプルが低くならないことが前提になります。そのため、ロールアップ戦略を実行する企業には、適切な買収対象を多数発掘できる強力なソーシングチームや、買収先を速やかに高いマルチプルで評価してもらうためのバリューアップ機能に加えて、銀行借入の活用に伴うALM(Asset Liability Management)や高いマルチプルを保つIR戦略など、高度な金融リテラシーが求められます。
株式会社GENDAや株式会社SHIFTは、金融リテラシーに長けた経営陣の下でロールアップ戦略を推進し、スタートアップ領域におけるM&A活用の新たな潮流を形成しています。
② 売り手側がスタートアップのケース
大企業によるイノベーション獲得の必要性の向上
スタートアップを売り手とするM&Aが増えている背景の一つに、大企業によるイノベーション獲得ニーズの高まりがあります。少子高齢化や国内市場の成熟化が進む中、多くの大企業は従来の延長線上にある事業成長に限界を感じ、イノベーション創出が経営上の喫緊の課題となっています。デジタル化の進展によりイノベーションサイクルが急速に短縮する中、自社開発だけでは市場の変化に追いつけなくなっており、この結果、外部のスタートアップと連携し、必要な技術やサービスを取り込む「オープンイノベーション」が経営のトレンドになりつつあります。特に近年では業務提携や資本業務提携だけでなく、M&Aを通じてスタートアップの経営権を取得し、完全に自社グループ内に取り込む動きが加速しています。上述の三菱UFJ銀行によるウェルスナビ株式会社の買収がその好例です。大企業とスタートアップ、双方の利害が一致する場面が増えたことで、スタートアップを売り手とするM&Aが拡大しているのです。
M&A巧者のメガベンチャーの出現
スタートアップの買収が増えている背景として、成長過程でM&Aを積極的に活用し、自社の競争力を高める「M&A巧者」のメガベンチャーが台頭してきたことも挙げられます。近年、上場済みのメガベンチャーがスタートアップの買収を通じて事業拡大を図るケースが増えています。特に、テクノロジーを基盤としたプラットフォーム企業にとっては、顧客基盤やデータ活用領域で競争優位性を築くため、外部から必要なプロダクト・サービスを取り込み、早期にシェアを獲得する戦略が有効とされています。こうしたメガベンチャーは、スタートアップを自社グループ内に統合し、多事業のクロスセルや顧客データの活用を通じて、買収後に更なる事業拡大を目指す成長モデルを確立しています。
代表的な事例として、LINEヤフー株式会社(以下LINEヤフー)が挙げられます。LINEヤフーは、検索・広告・EC・金融・通信など幅広い事業を手掛ける一方で、M&Aを活用して自社のプロダクト群を拡充しながら成長してきた企業です。特に2010年代後半以降、スタートアップの買収を通じた事業拡大を積極的に進めています。象徴的な事例として、2019年に行った株式会社ZOZO(以下ZOZO)の約4,000億円の買収があります。ZOZOは、ファッションECサイト『ZOZOTOWN』を運営し、若年層を中心に高いブランド力を持つ企業でした。この買収により、LINEヤフーは自社のEC事業とのシナジーを生み出し、購買データを活用した広告・金融サービスとの連携強化にもつなげています。その他にも、個人向けクラウド会計ソフトを提供するフリー株式会社への出資(2015年)や、スマホ向け動画広告会社ファイブ株式会社の買収(2017年)など、成長分野のスタートアップに対して柔軟に資本参加・買収を行ってきました。後者のファイブ株式会社は、Angel Bridgeの投資先であるgoooodsの共同創業者である菅野CEOと松本CTOが起業したスタートアップであり、約70億円で事業を売却した後にPMI(Post Merger Integration)まで携わっています。※LINEヤフーのM&A実績には経営統合前のヤフー社、LINE社のものを含んでいます
スタートアップ側にとっても、LINEヤフー傘下に入ることで大規模な顧客基盤や広告ネットワークを活用し、単独では難しかったスケールアップを実現できるため、近年では「IPO一択」ではなく、「メガベンチャー傘下での成長」を選択肢とする企業も増えてきました。こうしたメガベンチャーが出現し、スタートアップにとって買収が成長加速の手段となるケースが増えたことも、M&A件数増加を後押しする大きな要因となっているのです。
スイングバイIPOを見据えた売却
最後に、近年注目されている「スイングバイIPO」についてご説明します。スイングバイIPOとは、一度大企業やメガベンチャーの傘下に入ることで、事業基盤を強化し、成長スピードを加速させた後に、再度独立してIPOを目指す戦略です。スタートアップにとって、単独でIPOに至る道のりは長く、事業拡大とともに資金調達や人材確保、顧客基盤の開拓といった課題に直面します。そうした中で、大企業やメガベンチャーの経営資源を活用することで、一段階成長ステージを引き上げた上で、自社の企業価値をより高くした状態でIPOに踏み切るという選択肢が認知されるようになっています。
この流れを象徴するのが、レシピ動画メディア『クラシル』を運営するdely株式会社(以下dely)の事例です。delyは、2018年に当時のヤフー株式会社(以下ヤフー)の連結子会社となりました。当時、『クラシル』は急成長を遂げていたものの、更なるユーザー獲得や広告収益基盤の強化には、資本力や営業力が必要とされていました。ヤフー傘下に入ることで、ヤフーのメディアネットワークや広告販売力を活用できるようになり、クラシルの成長速度は更に加速しました。その後、2024年1月にdelyはヤフーから独立し、同年12月に東証グロース市場に約410億円で上場しました。2024年3月には、KDDI株式会社傘下で、IoT通信を手掛ける株式会社ソラコムもスイングバイIPOを活用して約600億円の時価総額でグロース市場に上場しています。
スイングバイIPOは、特に単独では成長の限界に直面しやすいメディアやプラットフォーム型ビジネス、あるいは膨大な開発投資が必要なスタートアップにとって、有力な選択肢となりつつあります。このように売却を成長加速の通過点と捉え、より高い企業価値で再スタートを切るスイングバイIPOという道筋が示されたことで、スタートアップ経営者がM&Aを前向きに捉えやすくなってきたことも近年の傾向として挙げられます。
おわりに
スタートアップを取り巻く環境は急速に変化しており、M&Aはもはや「売ったら終わり」ではなく、「成長戦略の一環」として定着しつつあります。買い手側にとっては、技術・人材・顧客基盤を短期間で獲得し、競争優位性を築くための手段であり、売り手側にとっても、単独では難しい事業拡大や資金回収を実現する重要な経営判断となっています。
特に近年は、スタートアップ同士のM&Aやロールアップ戦略、スイングバイIPOといった多様なエグジットモデルが登場し、選択肢は広がっています。この流れは、スタートアップと大企業・メガベンチャー双方にとってメリットがあり、今後も加速していくことが予想されます。本記事を通じて、スタートアップにおけるM&Aの役割や可能性について理解を深めていただくとともに、自社の成長を加速させるための新たな選択肢について考えるきっかけになれば幸いです。
Angel Bridgeはシード〜アーリー期のスタートアップを中心に投資しているVCであり、手厚いハンズオン支援を特徴としています。事業戦略の壁打ちや資金調達のご相談などありましたら、お気軽にご連絡ください!
参考文献
「令和5年度産業経済研究委託事業(スタートアップの成⻑のための調査)調査報告書 – スタートアップのM&A活⽤に関する調査 – 」経済産業省(URL)
「MUFG、資産運用のウェルスナビ完全子会社化へ – 997億円でTOB」Bloomberg(URL)

2025.04.04 COLUMN
前回の「Angel Bridge USベンチャー記事#12」は、核融合発電の実用化を目指すアメリカのユニコーン企業Commonwealth Fusion Systemsについて紹介しました。
Angel Bridge USベンチャー研究#12
今回紹介するSnykはソフトウェアの脆弱性管理をサポートし、エンジニアの負担を軽減するツールを提供しています。
ソフトウェア開発の世界ではセキュリティの重要性が日々高まっています。「脆弱性」とは、システムやソフトウェアにおいて、セキュリティを脅かす可能性のある欠陥や弱点のことを指し、プログラムの誤りにより生じる不具合である「バグ」がその代表例とされます。「脆弱性管理」は、企業や政府といった組織において、そのような脆弱性情報を調査・分析し、脆弱性を解消するという一連の流れを指します。
本記事では、脆弱性管理ツールの市場環境、Snykの特徴をはじめ、下記のような内容について詳しく見ていきます。
市場環境
Webアプリの利用増加に伴い、ソフトウェアの脆弱性をついた攻撃が増加しています。こうしたサイバー攻撃は、機密情報や個人情報の漏洩、企業活動の停止などを招きます。例えば、2024年5月、積水ハウスは会員サイト「積水ハウス Net オーナーズクラブ」に登録されていた会員・従業員約83万人分の個人情報が漏洩した可能性があると発表しました。同じく2024年5月、サーバー攻撃に起因するシステム障害によりJR東日本が運用するモバイルSuicaアプリへのログインや、オンライン切符購入サイトえきねっとへの接続が一時的に難しくなる事態が発生しました。
近年、企業のDX推進やリモートワークの普及によりビジネスアプリケーションの導入・整備が進み、多くの企業が、システムの脆弱性を利用したサイバー攻撃やシステム障害のリスクにさらされており、セキュリティすなわち「脆弱性管理」の需要は特に増大しています。
脆弱性管理の世界市場*1は2024年の145億USDから2029年には217億USDに成長し、CAGRは7.5%とされています。日本市場*2では、2022年から2027年のCAGRは15.0%とされるなど、世界的に高い成長を遂げている領域で、世界市場を上回る速度での市場成長が見込まれています。
日本市場の成長を後押しする大きな要因は、地域性と国家戦略です。
まず、地域性についてです。大量の個人情報を扱う金融サービス業界はサイバー攻撃時の被害額が大きくなりやすいことから、ターゲットになりやすく、セキュリティ対策が叫ばれている業界です。その対策が進んでいる欧州や米国と異なり、日本を含むアジア太平洋地域の金融サービス業界はデジタルテクノロジーを急速に導入していますが、セキュリティ対策には後れを取っており、早急な対応が求められています。
そして、国家戦略についてです。日本では2021年9月にデジタル庁が設置され、「Cybersecurity for all」というスローガンのもと、官民が一体となってサイバーセキュリティ戦略を推進しています。こうした社会潮流から、日本でのサイバーセキュリティ需要は世界的に見ても大きく成長すると考えられます。
*1Morder Intelligence Industry Reports「セキュリティと脆弱性管理市場の規模とシェア分析・成長動向と予測(2024年~2029年)」
*2ITR「ITR Market View:サイバー・セキュリティ対策市場2024」
会社について

図1: Snykについて
Snykはイスラエル国防軍で信号情報収集や暗号解読を行う精鋭部隊「8200部隊」に所属し、複数のソフトウェア会社でのCEO経験を有するGuy Podjarny氏によって、2015年に設立されました。共同創業者のAssaf Hefetz氏はソフトウェア会社での豊富な開発経験を持ち、同じく共同創業者のDanny Grander氏も「8200部隊」の出身で、政府向けセキュリティツールを提供するGita社のCTO経験を有するなど、創業時から開発力が強みでした。
その創業経緯はソフトウェア開発の体制変化と密接に関係しています。
計画、設計、実装、テスト、リリースといった各フェーズを分業体制で行う「ウォーターフォール型」、開発チームと運用チームに分かれて開発サイクルを少人数かつ短期間で回す「アジャイル型」、開発チームと運用チームを1つにしてインテグレーションを自動化する「DevOps型」と移り変わり、開発サイクルは年々高速化を遂げてきました。
こうした開発サイクルの短期化が進み、従来のように社内のセキュリティチームが外部ベンダーに依頼をする形では、工数がかかりリリースまでのスケジュールに間に合わせることが難しくなっていました。
そこで、創業者であるPodjarny氏は、社内の開発者向けのセキュリティツールを提供できれば、開発段階で脆弱性をチェックし、業務の効率化が図れるのではないかと考え、Snykを創業しました。
こうした発想は「DevSecOps」と呼ばれ、開発や運用と並行しながらセキュリティ対策を行うことが可能であり、Snykはその先駆的企業となっています。
設立から現在に至るまで、累計調達額は11億USDにのぼり、最新ラウンドであるCorporate Roundでは、調達後評価額は74億USDとなっています。
サービスの特徴
Snykは、コード、オープンソースライブラリ、コンテナ、インフラストラクチャーなど、クラウドネイティブアプリケーション開発の重要コンポーネントすべてをカバーする包括的なサービスを提供しています。具体的には、下記の4つのプロダクトをまとめてセキュリティプラットフォームとして提供しています。
①Snyk Open Source
SDLC(ソフトウェア開発ライフサイクル)の初期段階または全体にわたり、オープンソースに依存する脆弱性を検知し優先順位をつけて修正
②Snyk Container
コンテナやその運用管理ツールの脆弱性を検出し、修正に関する具体的なアドバイスを提供
③Snyk IaC
開発者やチームがデプロイする前にコード内の脆弱性を特定し、開発者に特化したアドバイスを提供
④Snyk Code
開発中のアプリケーションコードに存在する脆弱性をリアルタイムで発見、修正。AIを駆使して、数百万行のコードでも数分でスキャン可能

図2: セキュリティプラットフォームのイメージ(出所:Snyk社HP)
Snykの特徴は、膨大な情報を処理しながらセキュリティを高める必要がある開発者にとって、わかりやすく使いやすいUIを有していることです。コードの脆弱性を可視化するのみならず、セキュリティの改善についても、どのようにコードを修正し、どのようにセキュリティが改善されたのかを数値化して出力することで、業務効率化と品質の向上を同時に達成できるようになっています。
SnykはDevSecOpsの先駆的企業として、脆弱性管理ツールが開発者の間ではまだなじみのなかったころ、販売戦略においても工夫をしていました。ただ企業に売り込みに行くのではなく、無償で公開され、利用や改良が誰に対しても許可されるソフトウェアであるオープンソースライブラリにSnykを活用してもらうことで、開発に携わる人であれば誰でもSnykを目にすることができる状況を作り、セキュリティに関心を持つ開発者たちの注目を浴びました。
開発体制の変革に合わせた斬新なプロダクトや工夫された販売戦略をもとに、Snykは目覚ましい成長を遂げてきました。
トラクション
Snykのセキュリティプラットフォームは、GoogleやSalesforceといった世界有数のエンタープライズをはじめ、全世界で2,500社以上で導入が進んでいます。
また、2024年10月の公式発表によると、Snyk全体のARRの約3分の1を占める「Snyk Code」は、2024年にARR1億ドルを達成しました。Snyk全体においても、ARRが前年比で40%増加するなど、順調に事業規模を拡大しています。
競合

図3: 脆弱性管理ツール市場のプレイヤー
マイクロソフト傘下のGitHub社やFortune100企業の40%を含む1,800社にサービスを提供するCheckmarx社など、脆弱性管理ツール市場で包括的なプラットフォームを提供する競合企業は数多く存在します。
そうした中、Snykの強みは大きく2つあります。
一つ目は設計思想です。カスタムコード、オープンソースライブラリ、コンテナ、IaCというアプリケーションを構成するすべてのレイヤーで脆弱性管理を行うことができます、Snykは5つのコア製品から構成されており、顧客企業は必要な製品のみを選択して利用できるので、過不足なくサービスを活用することができます。
二つ目は品質の高い脆弱性データベースです。他と比べて3倍以上のデータ量、脆弱性登録のスピード、低い誤検知率を誇り、ソフトウェアの開発期間の短期化に大きく寄与しています。
これらは「デベロッパーファースト」を掲げて技術力を武器に、サービスの使いやすさを追求してきたSnykならではの強みと言えます。
日本市場
2025年3月に経済産業省が「クレジットカード・セキュリティガイドライン」を改訂し、EC加盟店のシステムおよびWebサイトの脆弱性対策実施を求めるなど、日本でも年々脆弱性管理の必要性は高まっています。
Snykは2022年から日本での提供を本格的に開始し、IT系グロースベンチャーであるGunosyやZ会グループ、三菱電機などの大企業などで導入が進みつつあります。大量のデータを扱うIT企業や、より厳重なセキュリティ対策が求められる大企業では、今後ますますSnykのような脆弱性管理ツールの導入が進んでいくでしょう。
SnykやGitHubなどの米国系企業をはじめ、様々な企業がひしめく脆弱性管理市場ですが、国産ツールが日本市場で勝ち抜くには、そのような競合優位性が必要なのでしょうか。
国産の脆弱性管理ツールには、Visionalグループの一角である株式会社アシュアードが提供する「yamory」や、株式会社スリーシェイクが提供する「Securify」などがあります。
考えられる差別化として、海外の脆弱性管理ツールは、グローバルで収集したサイバー攻撃やセキュリティホールのデータに基づいたサービスが提供されていますが、国産であれば、厳格な予算管理や稟議制度を有する日本の大企業特有の意思決定スタイルにそった機能設計や、日本語でローカライズした丁寧なカスタマーサポートなどが考えられます。
おわりに
前回の「Angel Bridge USベンチャー記事#12」は、核融合発電の実用化を目指すアメリカのユニコーン企業Commonwealth Fusion Systemsについて紹介しました。
Angel Bridge USベンチャー研究#12
今回紹介するSnykはソフトウェアの脆弱性管理をサポートし、エンジニアの負担を軽減するツールを提供しています。
ソフトウェア開発の世界ではセキュリティの重要性が日々高まっています。「脆弱性」とは、システムやソフトウェアにおいて、セキュリティを脅かす可能性のある欠陥や弱点のことを指し、プログラムの誤りにより生じる不具合である「バグ」がその代表例とされます。「脆弱性管理」は、企業や政府といった組織において、そのような脆弱性情報を調査・分析し、脆弱性を解消するという一連の流れを指します。
本記事では、脆弱性管理ツールの市場環境、Snykの特徴をはじめ、下記のような内容について詳しく見ていきます。
市場環境
Webアプリの利用増加に伴い、ソフトウェアの脆弱性をついた攻撃が増加しています。こうしたサイバー攻撃は、機密情報や個人情報の漏洩、企業活動の停止などを招きます。例えば、2024年5月、積水ハウスは会員サイト「積水ハウス Net オーナーズクラブ」に登録されていた会員・従業員約83万人分の個人情報が漏洩した可能性があると発表しました。同じく2024年5月、サーバー攻撃に起因するシステム障害によりJR東日本が運用するモバイルSuicaアプリへのログインや、オンライン切符購入サイトえきねっとへの接続が一時的に難しくなる事態が発生しました。
近年、企業のDX推進やリモートワークの普及によりビジネスアプリケーションの導入・整備が進み、多くの企業が、システムの脆弱性を利用したサイバー攻撃やシステム障害のリスクにさらされており、セキュリティすなわち「脆弱性管理」の需要は特に増大しています。
脆弱性管理の世界市場*1は2024年の145億USDから2029年には217億USDに成長し、CAGRは7.5%とされています。日本市場*2では、2022年から2027年のCAGRは15.0%とされるなど、世界的に高い成長を遂げている領域で、世界市場を上回る速度での市場成長が見込まれています。
日本市場の成長を後押しする大きな要因は、地域性と国家戦略です。
まず、地域性についてです。大量の個人情報を扱う金融サービス業界はサイバー攻撃時の被害額が大きくなりやすいことから、ターゲットになりやすく、セキュリティ対策が叫ばれている業界です。その対策が進んでいる欧州や米国と異なり、日本を含むアジア太平洋地域の金融サービス業界はデジタルテクノロジーを急速に導入していますが、セキュリティ対策には後れを取っており、早急な対応が求められています。
そして、国家戦略についてです。日本では2021年9月にデジタル庁が設置され、「Cybersecurity for all」というスローガンのもと、官民が一体となってサイバーセキュリティ戦略を推進しています。こうした社会潮流から、日本でのサイバーセキュリティ需要は世界的に見ても大きく成長すると考えられます。
*2ITR「ITR Market View:サイバー・セキュリティ対策市場2024」
会社について
図1: Snykについて
Snykはイスラエル国防軍で信号情報収集や暗号解読を行う精鋭部隊「8200部隊」に所属し、複数のソフトウェア会社でのCEO経験を有するGuy Podjarny氏によって、2015年に設立されました。共同創業者のAssaf Hefetz氏はソフトウェア会社での豊富な開発経験を持ち、同じく共同創業者のDanny Grander氏も「8200部隊」の出身で、政府向けセキュリティツールを提供するGita社のCTO経験を有するなど、創業時から開発力が強みでした。
その創業経緯はソフトウェア開発の体制変化と密接に関係しています。
計画、設計、実装、テスト、リリースといった各フェーズを分業体制で行う「ウォーターフォール型」、開発チームと運用チームに分かれて開発サイクルを少人数かつ短期間で回す「アジャイル型」、開発チームと運用チームを1つにしてインテグレーションを自動化する「DevOps型」と移り変わり、開発サイクルは年々高速化を遂げてきました。
こうした開発サイクルの短期化が進み、従来のように社内のセキュリティチームが外部ベンダーに依頼をする形では、工数がかかりリリースまでのスケジュールに間に合わせることが難しくなっていました。
そこで、創業者であるPodjarny氏は、社内の開発者向けのセキュリティツールを提供できれば、開発段階で脆弱性をチェックし、業務の効率化が図れるのではないかと考え、Snykを創業しました。
こうした発想は「DevSecOps」と呼ばれ、開発や運用と並行しながらセキュリティ対策を行うことが可能であり、Snykはその先駆的企業となっています。
設立から現在に至るまで、累計調達額は11億USDにのぼり、最新ラウンドであるCorporate Roundでは、調達後評価額は74億USDとなっています。
サービスの特徴
Snykは、コード、オープンソースライブラリ、コンテナ、インフラストラクチャーなど、クラウドネイティブアプリケーション開発の重要コンポーネントすべてをカバーする包括的なサービスを提供しています。具体的には、下記の4つのプロダクトをまとめてセキュリティプラットフォームとして提供しています。
①Snyk Open Source
SDLC(ソフトウェア開発ライフサイクル)の初期段階または全体にわたり、オープンソースに依存する脆弱性を検知し優先順位をつけて修正
②Snyk Container
コンテナやその運用管理ツールの脆弱性を検出し、修正に関する具体的なアドバイスを提供
③Snyk IaC
開発者やチームがデプロイする前にコード内の脆弱性を特定し、開発者に特化したアドバイスを提供
④Snyk Code
開発中のアプリケーションコードに存在する脆弱性をリアルタイムで発見、修正。AIを駆使して、数百万行のコードでも数分でスキャン可能
図2: セキュリティプラットフォームのイメージ(出所:Snyk社HP)
Snykの特徴は、膨大な情報を処理しながらセキュリティを高める必要がある開発者にとって、わかりやすく使いやすいUIを有していることです。コードの脆弱性を可視化するのみならず、セキュリティの改善についても、どのようにコードを修正し、どのようにセキュリティが改善されたのかを数値化して出力することで、業務効率化と品質の向上を同時に達成できるようになっています。
SnykはDevSecOpsの先駆的企業として、脆弱性管理ツールが開発者の間ではまだなじみのなかったころ、販売戦略においても工夫をしていました。ただ企業に売り込みに行くのではなく、無償で公開され、利用や改良が誰に対しても許可されるソフトウェアであるオープンソースライブラリにSnykを活用してもらうことで、開発に携わる人であれば誰でもSnykを目にすることができる状況を作り、セキュリティに関心を持つ開発者たちの注目を浴びました。
開発体制の変革に合わせた斬新なプロダクトや工夫された販売戦略をもとに、Snykは目覚ましい成長を遂げてきました。
トラクション
Snykのセキュリティプラットフォームは、GoogleやSalesforceといった世界有数のエンタープライズをはじめ、全世界で2,500社以上で導入が進んでいます。
また、2024年10月の公式発表によると、Snyk全体のARRの約3分の1を占める「Snyk Code」は、2024年にARR1億ドルを達成しました。Snyk全体においても、ARRが前年比で40%増加するなど、順調に事業規模を拡大しています。
競合
図3: 脆弱性管理ツール市場のプレイヤー
マイクロソフト傘下のGitHub社やFortune100企業の40%を含む1,800社にサービスを提供するCheckmarx社など、脆弱性管理ツール市場で包括的なプラットフォームを提供する競合企業は数多く存在します。
そうした中、Snykの強みは大きく2つあります。
一つ目は設計思想です。カスタムコード、オープンソースライブラリ、コンテナ、IaCというアプリケーションを構成するすべてのレイヤーで脆弱性管理を行うことができます、Snykは5つのコア製品から構成されており、顧客企業は必要な製品のみを選択して利用できるので、過不足なくサービスを活用することができます。
二つ目は品質の高い脆弱性データベースです。他と比べて3倍以上のデータ量、脆弱性登録のスピード、低い誤検知率を誇り、ソフトウェアの開発期間の短期化に大きく寄与しています。
これらは「デベロッパーファースト」を掲げて技術力を武器に、サービスの使いやすさを追求してきたSnykならではの強みと言えます。
日本市場
2025年3月に経済産業省が「クレジットカード・セキュリティガイドライン」を改訂し、EC加盟店のシステムおよびWebサイトの脆弱性対策実施を求めるなど、日本でも年々脆弱性管理の必要性は高まっています。
Snykは2022年から日本での提供を本格的に開始し、IT系グロースベンチャーであるGunosyやZ会グループ、三菱電機などの大企業などで導入が進みつつあります。大量のデータを扱うIT企業や、より厳重なセキュリティ対策が求められる大企業では、今後ますますSnykのような脆弱性管理ツールの導入が進んでいくでしょう。
SnykやGitHubなどの米国系企業をはじめ、様々な企業がひしめく脆弱性管理市場ですが、国産ツールが日本市場で勝ち抜くには、そのような競合優位性が必要なのでしょうか。
国産の脆弱性管理ツールには、Visionalグループの一角である株式会社アシュアードが提供する「yamory」や、株式会社スリーシェイクが提供する「Securify」などがあります。
考えられる差別化として、海外の脆弱性管理ツールは、グローバルで収集したサイバー攻撃やセキュリティホールのデータに基づいたサービスが提供されていますが、国産であれば、厳格な予算管理や稟議制度を有する日本の大企業特有の意思決定スタイルにそった機能設計や、日本語でローカライズした丁寧なカスタマーサポートなどが考えられます。
Snykは、開発者中心のアプローチと包括的なセキュリティプラットフォームを提供し、急成長する脆弱性管理ツール市場を牽引しています。
開発体制の変革に合わせた斬新な事業の切り口や工夫された販売戦略など、プロダクト開発力だけに依存しない多角的な強みの創出が、こうした急激な成長を支えているのだとわかりました。
また、国産の脆弱性管理ツールが国内市場においてどのように競争優位性を構築していくのか、注目していきたいと思います。
最後になりましたが、Angel Bridgeは様々な業態の業務効率化を支えるSaaS企業に積極的に投資しています。事業の壁打ちや資金調達のご相談など、お気軽にご連絡ください!

2025.03.28 INVESTMENT
2025年3月にemole株式会社(以下emole社)が、シリーズAの資金調達を発表し、資金調達額が累計11.6億円に到達しました。Angel Bridgeも本ラウンドにおいて出資しています。
emole社は、1話1~3分程度で視聴できる話課金型ショートドラマアプリ「BUMP(バンプ)」を提供するスタートアップです。
この記事では、Angel Bridgeがemole社に出資した背景について、ショートドラマ業界を取り巻く環境と、emole社の強みに焦点を当てて解説します。
1.ショートドラマ業界の動向
ショートドラマは1~3分で視聴できるドラマで、通勤や休憩時間などの隙間時間に手軽に楽しめるよう設計されています。課金形態はマンガアプリと同様で、最初の数話は無料で視聴可能、それ以降は1話ごとに課金(100円程度)する仕組みになっています。タイムパフォーマンスを重視するZ世代を中心に人気を集めており、日本では恋愛ジャンルが多く、海外では幅広いジャンル(恋愛、ミステリー、アクションなど)の作品が存在します。
図1:ショートドラマについて
近年、ショートドラマ市場は注目を浴びつつあり、特に海外市場は大きな成長を遂げています。YHリサーチによるとグローバル市場は2029年に8.7兆円規模に成長すると見込まれており、国内だけで見ても2026年に1,500億円規模に達すると予測されています。
図2:グローバルのショートドラマの市場規模
図3:国内のショートドラマの市場規模
ではなぜ、ショートドラマが注目を浴びるようになったのでしょうか。その社会的背景は大きく2つあります。
1つ目は、ショート映像の登場によりコンテンツを短時間で消費する魅力がユーザーに普及したことです。
- ショート動画市場の開拓
TikTok、YouTube ショート、Instagramリールなどがショート動画の提供を始め、隙間時間でエンタメを消費する魅力がユーザーに拡がりました。 - 消費者の行動変化
再生時間が短いコンテンツの人気が定着してきた中で、タイムパフォーマンスを意識しながらコンテンツを消費するユーザーが増加しました。動画の「倍速視聴」、「切り抜き視聴」、他の作業と並行してコンテンツを視聴する「ながら見」などがZ世代の主流のコンテンツ消費手法となっています。
2つ目は、ショートドラマの低い制作コストや高い収益ポテンシャルを理由に様々なコンテンツプロバイダー(CP)がショートドラマを制作するために市場に参入してきたことです。
- 低い制作コスト
テレビドラマと映画の制作予算は億円単位ですが、ショートドラマは数百万円単位と非常に低予算で作品を制作することが可能です。このため、CPはスポンサーの援助なしで自らの資金でコンテンツを制作することができます。 - ヒット作品創出による高い収益ポテンシャル
CPが自ら出資を行って制作するショートドラマは、スポンサーから援助を受けるテレビドラマや映画と異なり、作品の権利をCP自身が保有することができます。そのため、ヒット作品を生むことが出来れば、CPは大きな収益を得ることが見込めます。
2.emole社の事業概要と強み
今回Angel Bridgeが投資させていただいたemole社は、1話1~3分で視聴できるショートドラマ配信プラットフォーム「BUMP」を提供する企業です。1話100円程度の課金で視聴が可能で、1 タイトル 10〜30話のショートドラマを配信しています。
ショートドラマ市場が国内で立ち上がる前にサービスを2022年12月にリリースしており、emole社はパイオニアとしていち早く国内のショートドラマ市場に参入しています。
「BUMP」は自社で制作した作品と外部のCPが制作した作品をプラットフォーム上で配信しているため、全ての作品を自社制作する必要がありません。プラットフォーマーとして外部作品の掲載も行うことで、全ての作品を自社制作する負担を軽減できることに加え、マンガ等で既にヒットした原作を基に制作された、注目される確度の高い作品の掲載を可能にしています。
作品のジャンルに関して現在は恋愛関連の作品が多く掲載されていますが、一部ミステリーやアクション関連の作品も存在しており、徐々にジャンルの拡充が進んでいます。
図4:「BUMP」の概要
「BUMP」は様々なCPから高い評価を得ており、実際にインタビューを実施したところ、「売上が期待以上」、「海外プラットフォームと比較して作品の質が高い」、「積極的にBUMPと連携したい」といった声が寄せられています。
図5:CPによるBUMPの評価
一部中国発の競合も国内市場に参入していますが、作品がローカライズされていないため国内のユーザーに受け入れられにくい点、カルチャー・言語の壁により国内CPの信頼獲得に苦戦していることを鑑みると、国内ユーザーに特化した良質な作品を提供している「BUMP」は国内No.1ショートドラマプラットフォームに成長する可能性が高いと考えています。
3.経営陣
emole社の経営チームは、全体として高いレベルでの経営や事業の執行ができており、少数精鋭のチームで高い成果を実現しています。
澤村CEOは立教大学経営学部卒業後、個人事業主として独立し、2018年にemole社を創業。大手からスタートアップまで様々なプロダクトの受注開発を行い、その後YouTube番組やミュージックビデオ、短編映画のプロデューサーを務める等、クリエイターの思考を解像度高く理解されています。また、高いビジョンを掲げ、組織を推し進めていく情熱や巻き込み力も併せ持っています。
また、水谷COOは慶応義塾大学商学部卒業後、テレビ朝日に入社。コンテンツビジネス戦略部にて、ドラマ・アニメ・特撮など幅広いコンテンツの制作に従事し、サイバーエージェントに出向した際にはアニメチャンネル責任者を担当。その後REALITY(グリーグループ)でも取締役に就任するなど、コンテンツビジネスに非常に知見が深い人材です。
現経営陣二名がそれぞれの強みを持って補完しあい、全体として高いレベルでの経営が実現できており、emole社の強みの源泉の一つとなっています。
図6:emole社の経営陣
4.おわりに
ショートドラマ市場はタイムパフォーマンスを重視するZ世代を中心に近年大きな躍進を遂げており、2029年にはグローバルで8.7兆円に達すると見込まれている成長市場です。
一方で、日本においては未だ国内大企業の参入が進んでいないことに加え、海外競合も作品のローカライズ化に苦戦している状況です。emole社はパイオニアとしていち早く国内のショートドラマ市場に参入し、作品制作能力の高さと優良なCPを囲い込む力で実績を積み上げ、国内の市場を切り開いてきました。
また、emole社がベンチマークとしているマンガアプリ企業は数千億円規模の時価総額に達しており、資本市場から高い評価を得ています。emole社が国内No.1ショートドラマプラットフォームとしてのポジションを築くことにより日本発のメガベンチャーに成長できる可能性があると考えています。
図7:マンガアプリの資本市場からの評価
今後も優秀な経営陣の元、より一段と事業を拡大し、大きな成長を遂げていけると弊社も期待しております。
Angel Bridgeは社会への大きなインパクトを創出すべく、難解な課題に果敢に挑戦していくベンチャーを応援しています。ぜひ、事業戦略の壁打ちや資金調達のご相談など、お気軽にご連絡ください!

2025.03.25 COLUMN
前回の「Angel Bridge USベンチャー記事#11」は、法人向けの大規模言語モデルを開発するユニコーン企業Cohereについて紹介しました。
Angel Bridge USベンチャー研究#11
今回は、エネルギー分野において夢の技術として期待されている核融合発電について、その概要と、有望な企業の一社であるアメリカのCommonwealth Fusion Systems社(以下CFS社)というユニコーン企業をご紹介します。
核融合発電が今注目されている背景
カーボンニュートラルを求める世界的な潮流の中で、直近では電化社会の進展やAIによる消費電力の拡大などから、クリーンかつ大規模な電力供給への期待が高まっています。
実際に、IEA(国際エネルギー機関)の2024年のレポート「World Energy Outlook 2024」では、2050年に世界の最終エネルギー消費量に占める電力の割合は今の2倍になると見込まれています。

図1:最終エネルギー消費量に占める電力の割合の展望(出所:国際エネルギー機関)
増加する電力需要を賄うための手段として、近年大きくコストダウンしつつある太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーが有力視されてはいるものの、その特性から安定供給には懸念があることに加え、消費電力の拡大を補える程の発電量は見込めていないのが現状です。事実、2010年から2023年までの間で再生可能エネルギーや原子力などの従来よりもCO2の排出量が少ない発電手法による供給量の増加分は4,800TWhでしたが、同期間で増加した電力消費量は8,400TWhと、供給量の増加分を大幅に上回っています。
こうした状況の中で、二酸化炭素を排出しない、効率的な電力供給方法として再度注目を集めているのが原子力発電です。2023年の国連気候変動枠組条約の締約国会議(COP28)では気候変動への解決策の1つとして初めて合意文書に明記されるなど、その有用性にスポットライトが当たっていることが伺えます。さらに、同COP28期間中の2023年12月2日には、日本を含む22カ国による「2050年までに2020年比で世界全体の原子力発電容量を3倍にする」との野心的な目標に向けた協力方針を掲げた共同宣言も発表されました。しかし原子力発電は建設コストが高いことに加え、事故や放射性廃棄物といった安全面への懸念が大きいことが課題となっています。日本においても若年層を中心に原発再稼働を容認する声が増加傾向にあるものの、未だ原発に対しては抵抗感が根強いのが現状です。こうしたコストや安全面での課題を克服する手段として、直近ではSMR(小型モジュール炉)の開発が進められています。従来の大型原子炉と比較して、SMRは小型で出力が抑えられていること、またシンプルな構造によって安全性の確保が比較的容易だとされています。さらに部材を工場で標準化・モジュール化して製造し、現地で組み立てるという効率的な建設プロセスを採用しているため、建設コストを大幅に削減できる可能性があります。
この特長により、エネルギー需要の多様化に対応しながら、離島や遠隔地など従来型では難しかった場所でもマイクロ/ミニグリッド(小規模な発電施設)として設置が可能になると見込んで、近年世界中でSMRの実用化に向けた研究と開発が加速しています。SMRの発電の原理自体は核分裂反応を活用するということでこれまでの原子力発電と同様の技術を用いています。
一方で、よりクリーンかつ安全、そしてエネルギー効率が高い発電手法として注目を集めているのが核融合発電です。
元々核融合発電は1920年代から研究がされているものの、その技術的難度の高さから「夢の技術」と称されてきました。それが近年、新しい材料や技術の開発が進んだことやAI/シミュレーション技術の進展によって急速に現実味を帯びてきたのです。
核融合発電の概要
核融合反応とは、水素のような軽い原子核同士が合体し、ヘリウムのようなより重い原子核に変わる科学反応のことで、非常に大きな熱エネルギーの発生を伴います。
その中で最も核融合反応が起きやすいのが重水素と三重水素によるものであり、多くの核融合発電はこの反応を用いて発生したエネルギーを用いて発電することを試みます。

図2: 核融合反応の中で仕組み(出所:量子科学技術研究開発機構)
核融合発電の特徴は大きく以下の3つです。
1.エネルギー効率が大きい
重水素と三重水素で構成される燃料1gから発生する熱は、約8トンの石油の燃焼エネルギーに匹敵します。
(参考:核分裂の場合、ウラン燃料1gは石油1.8トンに相当)
2.クリーンでサステナブル
核融合反応は二酸化炭素を排出しないことに加え、一般的な燃料である重水素と三重水素は海水中にほぼ無尽蔵に含まれており、枯渇の懸念が小さいため、化石燃料を用いた発電方法よりも地球環境に与える影響が小さいとされています。
3. 優れた安全性
核分裂反応を用いる原子力発電とは異なり、核融合発電では少量の中性子が発生するものの、高レベルの放射性廃棄物は発生しません。また、後ほどご説明しますが、核融合反応の成立条件が厳しいが故に、反応を維持・制御できない事態が起きても暴走せず、自然停止する性質を有しています。
以上の特徴から、核融合発電は夢の技術と称され、期待を寄せられてきました。
しかし、その実現にあたっては多様な課題が山積しているのが現状です。
最大の技術課題として、一般にローソン条件と呼ばれる、核融合反応を連続発生させ、エネルギー収支をプラスにするための条件が非常に厳しいことが挙げられます。
代表的なローソン条件としては、温度・密度・閉じ込め時間の3つの要素を一定以上にするものです。具体的には温度1億度、密度100兆個/c㎥、閉じ込め時間1秒という値が取り上げられることが多く、非常に厳しい条件になっています。
そのプラズマ閉じ込めを実現する有力なアプローチとして、磁場を用いた磁場閉じ込め方式と、レーザーなどを用いて燃料を圧縮する慣性閉じ込め方式の2つが存在します。

図3:プラズマ閉じ込めに対する有力なアプローチ
磁場閉じ込め方式は大きく以下の2つに分類されます。
- トカマク/ヘリカル型

図4 :トカマク型の炉心イメージ(出所:Commonwealth Fusion Systems社HP)
トカマク/ヘリカル型はドーナツ状の超電導電磁石によって強力な磁場を形成する手法です。
技術的な蓄積が豊富で、最も実用化に近いとされていること、またプラズマの閉じ込め性能が高く、安定的な発電が見込めることから、国際的な研究プロジェクトであるITER*でも採用されているアプローチです。
(*「International Thermonuclear Experimental Reactor(国際熱核融合実験炉)」の略称で、フランスで実験炉の建設が進められている。)
しかし、その強力な磁場を形成するためには大型の核融合炉が必要となるため、非常に建設コストが高いことが課題となっています。事実、ITERの総建設費用は250億ドル以上、2010年から開始された建設は2030年代中ごろまで完了しない見込みです。
またトカマク/ヘリカル型の違いはドーナッツ状のらせん構造の形状にあります。トカマク型はトロイダル磁場コイルと呼ばれるリング型のいくつものコイルがドーナッツの周りに置かれるような形状です。一方でヘリカル型はコイルがドーナッツの周りでらせん状にねじれている構造になっています。結果としてプラズマ性能の優劣や運転時間に差分が生じます。
- FRC型

図5: FRC型の炉心イメージ(出所:TAE Technologies社HP)
FRC型は近年急速に研究が進んでいるアプローチです。FRC型も外部コイルによって磁場を発生させることは変わりませんが、装置内でプラズマに流れる電流が外部コイルと逆向きの磁場を発生させ、相互作用することで、プラズマを高密度で閉じ込めるという特徴があります。
長所としては主に小型化が可能な点と発電効率が高い点の2つが挙げられます。
強力な磁場を必要としないことから核融合炉の小型化が可能であることに加え、発生したエネルギーを蒸気タービンを介さずに直接発電することに活用できるため、理論上発電効率が非常に高いことが見込まれます。
一方で、磁場構造が反転していることによって磁場が乱れやすく、プラズマの維持時間が短いことが課題として挙げられます。また、FRC型は他の手法に比べて技術的蓄積が少なく、プラズマの平衡や安定性に関して従来の磁気流体学では説明がつかないなど、懐疑的な見方をする研究者が多いのも実情です。
- レーザー型

図6:レーザー型の炉心イメージ(出所:東京科学大学HP)
この方式は高出力レーザーや粒子ビームを用いて燃料を瞬間的に高温/高密度に圧縮します。その中でも前者を用いるレーザー型の研究が最も進んでおり、核融合炉の小型化や発電量の柔軟な調整ができることが主要なメリットとして挙げられます。
一方で、反応を起こすには数十~数百本のレーザー光を燃料のあらゆる面に寸分の狂いなく同時に照射することが必要であるため、非常に精密なレーザー制御が求められます。また、商用化にはこの精密で高出力な照射を1秒間に数十回行う必要がある点にも技術的ハードルが存在します。2022年に世界で初めて点火に成功したとして大きく注目を集めた米ローレンス・リバモア国立研究所も、照射に必要なエネルギーの大きさから1日に1回程度しか照射できないというのが現状です。
このように、現段階ではどのアプローチが明確に優れている、ということはなく、いずれも一長一短な手法であることが伺えます。では、今最も有望とされる企業の一つであるCommonwealth Fusion Systems社はこのような課題に対してどう取り組んでいるのか、以下で説明していきます。
Commonwealth Fusion Systems社概要

図7: Commonwealth Fusion Systems社概要
CFS社は2018年にMITプラズマ科学及び核融合センターのスピンオフとして現CEOのBob Mumgaardらによって共同設立された企業です。これまでに累計$2Bを調達しており、主要投資家には著名VCのTiger Global Managementをはじめとして、Googleやビル・ゲイツ氏が名を連ねます。
続いて、CFS社の事業内容と強みについて説明します。
CFS社は最も技術的根拠が強いとされているトカマク型を採用しています。
商業化に向けた事業進捗としては二番手*とされており、現在は実証炉である「SPARC」の開発を試みています。
(*一番手はOpenAI CEOのサム・アルトマン氏も出資するHelion Energy社(米)とされます。2028年からMicrosoft社に電力供給を行う契約を2023年に締結し、注目を集めました。)

図8: 現在建設中の「SPARC」の写真(出所:Commonwealth Fusion Systems社HP)
CFS社は以下の2つを強みとして開発を進めています。
- 優れた技術による革新的な経済性
これまでのトカマク型の技術では、ローソン条件を満たし続けるための強力な磁場を作るのに巨大な装置が必要となるため、多額のコストが見込まれていました。
この点において、SPARCは装置の小型化に成功し、革新的な経済性の実現を見込んでいます。同じ実験炉であるITER(国際熱核融合実験炉)に比べると同等の出力を保ちながらも炉の体積と建設費用を大きく圧縮しています。具体的には炉の体積は1/40、建設費用はITERの250億ドルに対してわずか4億ドル程度です(2018年時点)。
CFS社がこの小型化を成功させた背景には、磁場を作り出す超電導磁石に従来の低温超電導磁石ではなく、先進的な高温超電導電磁石を用いていることが挙げられます。
トカマク型の核融合炉の場合、発電性能は炉の体積とプラズマを閉じ込める磁場の強さの4乗に比例しますが、後者の磁場の強さを高温超電導コイルを用いて2倍程度に底上げすることで、小型でも大型のITERと同等の発電性能を得られると推定しています。
この高温超電導磁石の活用に関しては、CFS社の母体であるMITが約半世紀にもわたって積み上げた超小型炉に関する研究が土台にあり、現時点でCFS社が最も実用化に近いとされています。

図9: 高温超電導磁石(出所:Commonwealth Fusion Systems社HP)
- 高い資金調達能力
次に、高い資金調達能力です。経済性に優れた開発手法を用いているとはいえ、依然として核融合発電の実現には莫大な資金が必要です。
CFS社はMITで積み上げられた研究をベースとするその技術力の高さと実績によって信頼を獲得し、多額の資金を調達してきました。核融合スタートアップの資金調達額ランキングでトップに立っており、2位のTAE Technologiesに8億ドルの差をつけ、これまでに約20億ドルを調達しています。

図10: 2023年時点の核融合スタートアップの調達額順位(出所:Fusion Industry Association(米))
これらの強みによって建設にかかる工期/コストを大幅に短縮したCFS社は、2021年末の建設開始からわずか5年後の2026年に「SPARC」の稼働を開始して最初のプラズマを生成、2030年代初頭には商用炉「ARC」による送電網への電力供給を開始する計画を公表しています。
一方で、未だローソン条件を達成するには至っていないことや、核融合反応で発生した熱を効率的に電力に変換して供給するなどの技術課題が残されています。したがって商用化に向けてこれからも計画が遅延することは十分に想定されます。
しかし、永遠に実用化されないとされてきた核融合発電の実現に向けて大きく踏み出していることは確実だといえるでしょう。
核融合発電の市場動向
次に、核融合発電の市場動向について説明します。近年CFS社などによって核融合発電に関する技術的進捗が公表されるにつれて、核融合発電は世界中で大きな注目を集めており、国家的なプロジェクトが多数推進されている他、民間でも多くのメガベンチャーが誕生しており、官民が連携して実現を試みています。
それに伴い、核融合発電のグローバルにおける市場規模は2030年に約60兆円、2040年に約118兆円と推定されるなど、急速な拡大が見込まれています。
また、核融合産業に対する累計投資金額についても欧米を中心に急増しております。特に米国は早期からエネルギー省などを中心に大規模な投資を行っており、2024年時点で累計34億ドルの資金を投入する計画です。英国やドイツもそれぞれ19億ドル、17億ドルの予算を見込んでいます。
民間に視点を向けると、投資団体数は未だその8割程度を金融・投資機関が占めており、未だアーリーステージであることが伺えます。一方で、直近では今後消費電力が拡大することを見込んだGAFAMやNVIDIAなどのテックジャイアントを中心として、事業会社からの投資も増加しており、今後技術開発が進むにつれてより一層の投資主体の多様化、および金額の集中が見込まれるでしょう。
日本の核融合発電に対する向き合い方
日本は核融合先進国である
日本においては1950年代から京都大学などを中心に核融合分野の研究が進められており、世界規模で見ても技術的には先進国の部類に入ります。
実際に、2034年までに定常状態核融合炉の稼働を目指す計画を発表して注目を集めたHelical Fusionや、2023-2024年で計29億円を調達したEX-Fusionなど、 競争力のあるスタートアップが誕生しつつあります。
また、核融合反応を如何に起こすか、という領域だけではなく、その周辺分野でも事業機会が生まれており、例えば2024年に105億円の資金調達を発表して話題を呼んだ京都フュージョニアリングは、核融合炉からの熱回収技術など核融合の周辺領域に注力しています。
核融合反応の起こし方は異なっても、そこから熱を取り出し、発電に至るまでのプロセスに大きな違いはないことに着目し、同社はその部分に特化することで核融合分野で不可欠なプレイヤーになることを試みています。
その他、三菱重工業や日立製作所、フジクラなど数多くの製造業に核融合炉の部材の供給実績があり、日本はサプライチェーンの観点でも先進国と位置づけられるでしょう。
一方、国家単位での開発体制支援は未だ不十分
2030年代の実証を目標に掲げ、国家単位での枠組みとしては、2023年4月に日本初の核融合国家戦略である「フュージョンエネルギー・イノベーション戦略」が策定されたことに加え、それに基づいて官民連携組織である一般社団法人フュージョン・エネルギー産業協議会(J-Fusion)が設立されるなど、一定の取り組みが進められています。
一方で、資金投下については前述した米国の34億ドルや英国の19億ドル、ドイツの17億ドルに対して日本の政府資金の累計投下金額はわずか3億ドルと大きく劣後することに加え、民間からのリスクマネーの供給金額も先行する欧米には遠く及ばないのが現状です。
宇宙産業が好例として挙げられるように、ディープテック領域における技術開発には資金面での充実が極めて重要な要素となります。今後日本が欧米や中国に追随するためには、政府資金のより集中的な投入に加え、セカンダリーマーケットの整備や核融合領域における規制緩和などを通じてグローバル規模で投資家の関心を高め、積極的な資金流入を促す取り組みを一層加速させる必要があるのではないでしょうか。
おわりに
今回は、核融合発電の実現に取り組むCommonwwealth fusion sysytems社について紹介しました。
核融合発電は革新的なエネルギー効率、環境に与える影響の少なさ、優れた安全性といった性質を併せ持つ画期的な発電手法であり、特に日本においては資源安全保障の観点でも非常に重要な意味を持つ技術です。
当然足元の太陽光発電や風力発電といった再生可能エネルギーの推進や送電網の整備に目を向けることも重要ですが、核融合発電の実用化が現実的となった今、将来的に技術的な自立性を確保するためにも、より一層国家単位で開発体制が充実化されるべきです。
最後になりましたが、Angel Bridgeは核融合発電のようなディープテックに取り組む企業にも積極的に投資しています。事業の壁打ちや資金調達のご相談など、お気軽にご連絡ください!
前回の「Angel Bridge USベンチャー記事#11」は、法人向けの大規模言語モデルを開発するユニコーン企業Cohereについて紹介しました。
Angel Bridge USベンチャー研究#11
今回は、エネルギー分野において夢の技術として期待されている核融合発電について、その概要と、有望な企業の一社であるアメリカのCommonwealth Fusion Systems社(以下CFS社)というユニコーン企業をご紹介します。
核融合発電が今注目されている背景
カーボンニュートラルを求める世界的な潮流の中で、直近では電化社会の進展やAIによる消費電力の拡大などから、クリーンかつ大規模な電力供給への期待が高まっています。
実際に、IEA(国際エネルギー機関)の2024年のレポート「World Energy Outlook 2024」では、2050年に世界の最終エネルギー消費量に占める電力の割合は今の2倍になると見込まれています。
図1:最終エネルギー消費量に占める電力の割合の展望(出所:国際エネルギー機関)
増加する電力需要を賄うための手段として、近年大きくコストダウンしつつある太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーが有力視されてはいるものの、その特性から安定供給には懸念があることに加え、消費電力の拡大を補える程の発電量は見込めていないのが現状です。事実、2010年から2023年までの間で再生可能エネルギーや原子力などの従来よりもCO2の排出量が少ない発電手法による供給量の増加分は4,800TWhでしたが、同期間で増加した電力消費量は8,400TWhと、供給量の増加分を大幅に上回っています。
この特長により、エネルギー需要の多様化に対応しながら、離島や遠隔地など従来型では難しかった場所でもマイクロ/ミニグリッド(小規模な発電施設)として設置が可能になると見込んで、近年世界中でSMRの実用化に向けた研究と開発が加速しています。SMRの発電の原理自体は核分裂反応を活用するということでこれまでの原子力発電と同様の技術を用いています。
一方で、よりクリーンかつ安全、そしてエネルギー効率が高い発電手法として注目を集めているのが核融合発電です。
元々核融合発電は1920年代から研究がされているものの、その技術的難度の高さから「夢の技術」と称されてきました。それが近年、新しい材料や技術の開発が進んだことやAI/シミュレーション技術の進展によって急速に現実味を帯びてきたのです。
核融合発電の概要
核融合反応とは、水素のような軽い原子核同士が合体し、ヘリウムのようなより重い原子核に変わる科学反応のことで、非常に大きな熱エネルギーの発生を伴います。
その中で最も核融合反応が起きやすいのが重水素と三重水素によるものであり、多くの核融合発電はこの反応を用いて発生したエネルギーを用いて発電することを試みます。
図2: 核融合反応の中で仕組み(出所:量子科学技術研究開発機構)
核融合発電の特徴は大きく以下の3つです。
1.エネルギー効率が大きい
重水素と三重水素で構成される燃料1gから発生する熱は、約8トンの石油の燃焼エネルギーに匹敵します。
(参考:核分裂の場合、ウラン燃料1gは石油1.8トンに相当)
2.クリーンでサステナブル
核融合反応は二酸化炭素を排出しないことに加え、一般的な燃料である重水素と三重水素は海水中にほぼ無尽蔵に含まれており、枯渇の懸念が小さいため、化石燃料を用いた発電方法よりも地球環境に与える影響が小さいとされています。
3. 優れた安全性
核分裂反応を用いる原子力発電とは異なり、核融合発電では少量の中性子が発生するものの、高レベルの放射性廃棄物は発生しません。また、後ほどご説明しますが、核融合反応の成立条件が厳しいが故に、反応を維持・制御できない事態が起きても暴走せず、自然停止する性質を有しています。
以上の特徴から、核融合発電は夢の技術と称され、期待を寄せられてきました。
しかし、その実現にあたっては多様な課題が山積しているのが現状です。
最大の技術課題として、一般にローソン条件と呼ばれる、核融合反応を連続発生させ、エネルギー収支をプラスにするための条件が非常に厳しいことが挙げられます。
代表的なローソン条件としては、温度・密度・閉じ込め時間の3つの要素を一定以上にするものです。具体的には温度1億度、密度100兆個/c㎥、閉じ込め時間1秒という値が取り上げられることが多く、非常に厳しい条件になっています。
そのプラズマ閉じ込めを実現する有力なアプローチとして、磁場を用いた磁場閉じ込め方式と、レーザーなどを用いて燃料を圧縮する慣性閉じ込め方式の2つが存在します。
図3:プラズマ閉じ込めに対する有力なアプローチ
磁場閉じ込め方式は大きく以下の2つに分類されます。
- トカマク/ヘリカル型
図4 :トカマク型の炉心イメージ(出所:Commonwealth Fusion Systems社HP)
トカマク/ヘリカル型はドーナツ状の超電導電磁石によって強力な磁場を形成する手法です。
技術的な蓄積が豊富で、最も実用化に近いとされていること、またプラズマの閉じ込め性能が高く、安定的な発電が見込めることから、国際的な研究プロジェクトであるITER*でも採用されているアプローチです。
(*「International Thermonuclear Experimental Reactor(国際熱核融合実験炉)」の略称で、フランスで実験炉の建設が進められている。)
しかし、その強力な磁場を形成するためには大型の核融合炉が必要となるため、非常に建設コストが高いことが課題となっています。事実、ITERの総建設費用は250億ドル以上、2010年から開始された建設は2030年代中ごろまで完了しない見込みです。
またトカマク/ヘリカル型の違いはドーナッツ状のらせん構造の形状にあります。トカマク型はトロイダル磁場コイルと呼ばれるリング型のいくつものコイルがドーナッツの周りに置かれるような形状です。一方でヘリカル型はコイルがドーナッツの周りでらせん状にねじれている構造になっています。結果としてプラズマ性能の優劣や運転時間に差分が生じます。
- FRC型
図5: FRC型の炉心イメージ(出所:TAE Technologies社HP)
FRC型は近年急速に研究が進んでいるアプローチです。FRC型も外部コイルによって磁場を発生させることは変わりませんが、装置内でプラズマに流れる電流が外部コイルと逆向きの磁場を発生させ、相互作用することで、プラズマを高密度で閉じ込めるという特徴があります。
長所としては主に小型化が可能な点と発電効率が高い点の2つが挙げられます。
強力な磁場を必要としないことから核融合炉の小型化が可能であることに加え、発生したエネルギーを蒸気タービンを介さずに直接発電することに活用できるため、理論上発電効率が非常に高いことが見込まれます。
一方で、磁場構造が反転していることによって磁場が乱れやすく、プラズマの維持時間が短いことが課題として挙げられます。また、FRC型は他の手法に比べて技術的蓄積が少なく、プラズマの平衡や安定性に関して従来の磁気流体学では説明がつかないなど、懐疑的な見方をする研究者が多いのも実情です。
- レーザー型
図6:レーザー型の炉心イメージ(出所:東京科学大学HP)
この方式は高出力レーザーや粒子ビームを用いて燃料を瞬間的に高温/高密度に圧縮します。その中でも前者を用いるレーザー型の研究が最も進んでおり、核融合炉の小型化や発電量の柔軟な調整ができることが主要なメリットとして挙げられます。
一方で、反応を起こすには数十~数百本のレーザー光を燃料のあらゆる面に寸分の狂いなく同時に照射することが必要であるため、非常に精密なレーザー制御が求められます。また、商用化にはこの精密で高出力な照射を1秒間に数十回行う必要がある点にも技術的ハードルが存在します。2022年に世界で初めて点火に成功したとして大きく注目を集めた米ローレンス・リバモア国立研究所も、照射に必要なエネルギーの大きさから1日に1回程度しか照射できないというのが現状です。
このように、現段階ではどのアプローチが明確に優れている、ということはなく、いずれも一長一短な手法であることが伺えます。では、今最も有望とされる企業の一つであるCommonwealth Fusion Systems社はこのような課題に対してどう取り組んでいるのか、以下で説明していきます。
Commonwealth Fusion Systems社概要
図7: Commonwealth Fusion Systems社概要
CFS社は2018年にMITプラズマ科学及び核融合センターのスピンオフとして現CEOのBob Mumgaardらによって共同設立された企業です。これまでに累計$2Bを調達しており、主要投資家には著名VCのTiger Global Managementをはじめとして、Googleやビル・ゲイツ氏が名を連ねます。
続いて、CFS社の事業内容と強みについて説明します。
CFS社は最も技術的根拠が強いとされているトカマク型を採用しています。
商業化に向けた事業進捗としては二番手*とされており、現在は実証炉である「SPARC」の開発を試みています。
(*一番手はOpenAI CEOのサム・アルトマン氏も出資するHelion Energy社(米)とされます。2028年からMicrosoft社に電力供給を行う契約を2023年に締結し、注目を集めました。)
図8: 現在建設中の「SPARC」の写真(出所:Commonwealth Fusion Systems社HP)
CFS社は以下の2つを強みとして開発を進めています。
- 優れた技術による革新的な経済性
これまでのトカマク型の技術では、ローソン条件を満たし続けるための強力な磁場を作るのに巨大な装置が必要となるため、多額のコストが見込まれていました。
この点において、SPARCは装置の小型化に成功し、革新的な経済性の実現を見込んでいます。同じ実験炉であるITER(国際熱核融合実験炉)に比べると同等の出力を保ちながらも炉の体積と建設費用を大きく圧縮しています。具体的には炉の体積は1/40、建設費用はITERの250億ドルに対してわずか4億ドル程度です(2018年時点)。
CFS社がこの小型化を成功させた背景には、磁場を作り出す超電導磁石に従来の低温超電導磁石ではなく、先進的な高温超電導電磁石を用いていることが挙げられます。
トカマク型の核融合炉の場合、発電性能は炉の体積とプラズマを閉じ込める磁場の強さの4乗に比例しますが、後者の磁場の強さを高温超電導コイルを用いて2倍程度に底上げすることで、小型でも大型のITERと同等の発電性能を得られると推定しています。
この高温超電導磁石の活用に関しては、CFS社の母体であるMITが約半世紀にもわたって積み上げた超小型炉に関する研究が土台にあり、現時点でCFS社が最も実用化に近いとされています。
図9: 高温超電導磁石(出所:Commonwealth Fusion Systems社HP)
- 高い資金調達能力
次に、高い資金調達能力です。経済性に優れた開発手法を用いているとはいえ、依然として核融合発電の実現には莫大な資金が必要です。
CFS社はMITで積み上げられた研究をベースとするその技術力の高さと実績によって信頼を獲得し、多額の資金を調達してきました。核融合スタートアップの資金調達額ランキングでトップに立っており、2位のTAE Technologiesに8億ドルの差をつけ、これまでに約20億ドルを調達しています。
図10: 2023年時点の核融合スタートアップの調達額順位(出所:Fusion Industry Association(米))
これらの強みによって建設にかかる工期/コストを大幅に短縮したCFS社は、2021年末の建設開始からわずか5年後の2026年に「SPARC」の稼働を開始して最初のプラズマを生成、2030年代初頭には商用炉「ARC」による送電網への電力供給を開始する計画を公表しています。
一方で、未だローソン条件を達成するには至っていないことや、核融合反応で発生した熱を効率的に電力に変換して供給するなどの技術課題が残されています。したがって商用化に向けてこれからも計画が遅延することは十分に想定されます。
しかし、永遠に実用化されないとされてきた核融合発電の実現に向けて大きく踏み出していることは確実だといえるでしょう。
核融合発電の市場動向
次に、核融合発電の市場動向について説明します。近年CFS社などによって核融合発電に関する技術的進捗が公表されるにつれて、核融合発電は世界中で大きな注目を集めており、国家的なプロジェクトが多数推進されている他、民間でも多くのメガベンチャーが誕生しており、官民が連携して実現を試みています。
それに伴い、核融合発電のグローバルにおける市場規模は2030年に約60兆円、2040年に約118兆円と推定されるなど、急速な拡大が見込まれています。
また、核融合産業に対する累計投資金額についても欧米を中心に急増しております。特に米国は早期からエネルギー省などを中心に大規模な投資を行っており、2024年時点で累計34億ドルの資金を投入する計画です。英国やドイツもそれぞれ19億ドル、17億ドルの予算を見込んでいます。
民間に視点を向けると、投資団体数は未だその8割程度を金融・投資機関が占めており、未だアーリーステージであることが伺えます。一方で、直近では今後消費電力が拡大することを見込んだGAFAMやNVIDIAなどのテックジャイアントを中心として、事業会社からの投資も増加しており、今後技術開発が進むにつれてより一層の投資主体の多様化、および金額の集中が見込まれるでしょう。
日本の核融合発電に対する向き合い方
日本は核融合先進国である
日本においては1950年代から京都大学などを中心に核融合分野の研究が進められており、世界規模で見ても技術的には先進国の部類に入ります。
実際に、2034年までに定常状態核融合炉の稼働を目指す計画を発表して注目を集めたHelical Fusionや、2023-2024年で計29億円を調達したEX-Fusionなど、 競争力のあるスタートアップが誕生しつつあります。
また、核融合反応を如何に起こすか、という領域だけではなく、その周辺分野でも事業機会が生まれており、例えば2024年に105億円の資金調達を発表して話題を呼んだ京都フュージョニアリングは、核融合炉からの熱回収技術など核融合の周辺領域に注力しています。
核融合反応の起こし方は異なっても、そこから熱を取り出し、発電に至るまでのプロセスに大きな違いはないことに着目し、同社はその部分に特化することで核融合分野で不可欠なプレイヤーになることを試みています。
その他、三菱重工業や日立製作所、フジクラなど数多くの製造業に核融合炉の部材の供給実績があり、日本はサプライチェーンの観点でも先進国と位置づけられるでしょう。
一方、国家単位での開発体制支援は未だ不十分
2030年代の実証を目標に掲げ、国家単位での枠組みとしては、2023年4月に日本初の核融合国家戦略である「フュージョンエネルギー・イノベーション戦略」が策定されたことに加え、それに基づいて官民連携組織である一般社団法人フュージョン・エネルギー産業協議会(J-Fusion)が設立されるなど、一定の取り組みが進められています。
一方で、資金投下については前述した米国の34億ドルや英国の19億ドル、ドイツの17億ドルに対して日本の政府資金の累計投下金額はわずか3億ドルと大きく劣後することに加え、民間からのリスクマネーの供給金額も先行する欧米には遠く及ばないのが現状です。
宇宙産業が好例として挙げられるように、ディープテック領域における技術開発には資金面での充実が極めて重要な要素となります。今後日本が欧米や中国に追随するためには、政府資金のより集中的な投入に加え、セカンダリーマーケットの整備や核融合領域における規制緩和などを通じてグローバル規模で投資家の関心を高め、積極的な資金流入を促す取り組みを一層加速させる必要があるのではないでしょうか。
おわりに
今回は、核融合発電の実現に取り組むCommonwwealth fusion sysytems社について紹介しました。
核融合発電は革新的なエネルギー効率、環境に与える影響の少なさ、優れた安全性といった性質を併せ持つ画期的な発電手法であり、特に日本においては資源安全保障の観点でも非常に重要な意味を持つ技術です。
当然足元の太陽光発電や風力発電といった再生可能エネルギーの推進や送電網の整備に目を向けることも重要ですが、核融合発電の実用化が現実的となった今、将来的に技術的な自立性を確保するためにも、より一層国家単位で開発体制が充実化されるべきです。
最後になりましたが、Angel Bridgeは核融合発電のようなディープテックに取り組む企業にも積極的に投資しています。事業の壁打ちや資金調達のご相談など、お気軽にご連絡ください!

2025.03.12 COLUMN
前回の第3弾に続き、今回はAngel Bridgeにて2024年6月から2025年1月まで約半年間インターンを経験したインターン生の体験記事をお送りします。
自己紹介
Angel Bridgeでインターンとして勤務している東京大学経済学部4年の野島です!
Angel Bridgeでは2024年6月から2025年1月まで、約半年勤務させていただきました。
2025年4月からは総合商社に就職する予定です。
今回はこの半年間の業務内容や、インターンとして勤務する中で得られた学びを共有させていただければと思います。
近年政府がスタートアップエコシステムの拡充を進めるに伴ってVCは急速にそのプレゼンスを高めていますが、学生の間でVCの知名度はまだ高いとは言えず、その全体像や実際の働き方が見えにくい業界だと思っています。
本記事を通して、VCにおける業務の全体像やその面白さ、その中でもAngel Bridgeでインターンとして働くことの魅力を少しでもお伝えすることができれば幸いです。
Angel Bridgeのインターンに応募した経緯
元々私は大学で体育会ラクロス部に所属しており、社会人1年目でスタートダッシュを切るために、引退後の1年間で本格的に取り組むことができる長期インターンを探していました。
軸は以下の2つです。
「俯瞰的な立場」
大学の4年間は部活動に打ち込んでいたため、ビジネスにおける自分の興味関心がどこにあるかについて確信を持てずにいました。そういった観点で特定の業界にコミットするのではなく、一歩引いた立場から様々な業界に接点を持てる場所で働きたいと考えました。
「スタートアップへの関心」
大学で所属していた経営系のゼミ(東京大学俯瞰経営塾)において、革新的な技術やビジネスモデルで世界を席巻するスタートアップについて研究する機会があり、そのダイナミックさや社会的意義の大きさに感銘を受け、より深くスタートアップに関わりたいと思いました。
こうした観点でVCに関心を持っていたところ、ゼミに社会人ティーチングアシスタント(TA)として来ていたAngel Bridgeディレクターの八尾、アソシエイトの山口と出会うご縁をいただきました。
Angel Bridgeは戦略コンサルや投資銀行などのプロフェッショナルファームで活躍されていたキャピタリストで構成されており、業務の遂行レベルが非常に高いです。インターン生に対しても要求水準が高く、いい意味で学生扱いをされないことから、ストレッチのかかる環境で、自身の成長を最大化できると考えました。
また、面接でお会いしたパートナーの河西、林をはじめ、キャピタリストの方々の人柄の良さに惹かれたことも入社の決め手となりました。
実際、入社後も社内イベントのみならず、プライベートでも飲み会に多数参加させていただくなど非常に親しくしてくださり、とても楽しく過ごすことができました。
Angel Bridgeでの業務内容
Angel Bridgeのインターンは全ての投資業務に関わっています。
ソーシング
ソーシングとは投資先候補を発掘する業務のことです。インターン生はデータベースを活用し、候補となる企業をまとめたロングリストの作成や軸に照らしたカテゴライズを行います。
また起業家との面談に同席し、社内報告用の議事録作成も担当します。この際、担当キャピタリストとそのスタートアップのビジネスの本質は何で、それに照らして現状はどう評価できるか、また投資した際のリターンはどうか、などについて議論します。
これらの業務によって、投資家としてスタートアップへの投資検討をはじめへの投資検討をはじめる上で重要な視点や、情報を短時間で構造的に整理する力が付きます。
投資検討
ソーシング面談の結果、有望で投資の可能性があるスタートアップは投資検討のプロセスに移ります。
まずは簡易的に市場(規模・ペイン・トレンドなど)や競合状況をリサーチした後、スタートアップから共有いただいた事業実績/計画を元に基本的なKPIや顧客のプロダクト利用状況などの分析を行うデューデリジェンスに進みます。
Angel Bridgeでインターンすることの大きな魅力は、この本格的なデューデリジェンスのプロセスに深く関わることができる点です。
Angel Bridgeではキャピタリストと共に自らデータを分析し、投資検討しているスタートアップを評価するための資料に落とし込むプロセスを経験することができます。
そしてAngel Bridgeが最も強みとしているのがこの投資検討のプロセスです。
デューデリジェンスにおける分析の質を投資検討先の経営陣に評価いただき、投資後も伴走させていただくパートナーとして選んでいただけるケースも多いです。
私が関わったデューデリジェンスにおいても、「ここまで短期間で事業を理解してくれたVCはなかなかいない」「分析資料の質が大変高いので営業資料に活用してもよいか」といったお声をいただきました。
将来プロフェッショナルファームで働きたいと考えている人にとっては、その思考法や分析手法を学ぶことができる点で素晴らしい環境だと思います。
マーケティング
①オウンドメディア記事作成
なぜAngel Bridgeが投資したかを説明する「投資の舞台裏」や、海外で大きく成長しているスタートアップを特集する「USベンチャー記事」などの記事執筆を担当します。
USベンチャー記事に関しては、自分の興味ある企業について、日本との市場環境の違いや、日本で同じ事業をするとしたらどのような戦略を取るべきか、ということを考えることが非常に面白かったです。
②マーケティング数値分析
投稿した記事の閲覧状況やキーワードごとの流入などを分析し、Angel Bridge全体のマーケティング施策を検討します。
また、より広い視点で、VC業界全体の中でのAngel Bridgeのポジショニングをどこに置くか、それに照らして現在のマーケティング施策やHPのデザインは適切か、などの議論も行いました。
インターンでの学び
マインドセット
「オーナーシップを持つ」
基本的にインターン生はキャピタリストから指示を受けたタスクをベースに仕事を進めますが、作業者としてタスクを実行するだけでなく、常にキャピタリストの視座に立ち、自分の頭で必要なことを考えるようにしていました。
特にデューデリジェンスにおいて、インターン生はリサーチ/分析を担当することが多く、キャピタリスト以上に生の情報に触れる機会も多いです。だからこそキャピタリストの考える論点に沿ってリサーチ/分析を遂行するのではなく、もっと違った見方ができるのではないか、こういった論点があるのではないか、など触れた文献やデータを元に自ら考えて行った追加検証は、例えその仮説が外れたとしても大きなバリューになります。
作業に追われている時など、気を抜くと疎かになってしまう部分ではありますが、自分の頭で考えた内容をキャピタリストにぶつけ、そこに対してフィードバックをいただいくことが重要だと考えています。このサイクルを回すことこそが、作業の効率向上だけでなくより本質的な成長に繋がる、やりがいのある工程だと感じました。
ハードスキル/仕事の進め方
「Excel/Power Pointなどの基本的なツールの使い方」
Angel Bridgeはしっかりとしたオンボーディングの上で投資検討のデータ分析や投資委員会資料に非常に深く関わることができるため、ExcelやPower Pointの使い方もしっかりと叩き込まれました。
また社内には過去作成したものを含め、手本となる資料が目を通しきれないほど存在するため、戦略コンサルや投資銀行流の資料作成術も深く学ぶことができ、非常に勉強になりました。
「仕事の進め方」
最終アウトプットを解像度高く把握し、その期待値から逆算した必要十分な作業工程の設計をすること、そして自分のキャパシティと依頼者のスケジュールから、どのタイミングでどこまでの作業を終えて中間報告に行くか、というタイムマネジメントなど、効率的な仕事の進め方も学ぶことができました。
知識
多くのスタートアップの投資検討に関わる中で、多様な業界の構造やペインについての知見や、その中でスタートアップが勝っていくにはどうしたらいいか、またVCから調達する際の重要論点は何か、などスタートアップに関する経営の論点について学ぶことができました。
また、個人として将来的に関わりたい領域が複数見つかったことも、ビジネスにおける自身の興味関心がどこにあるかを探るというインターンを始めた当初の目的が達成されたという観点で非常に有意義でした。
インターンをお勧めしたい人物像
Angel Bridgeのインターンは以下のような人に特におすすめです。
①コンサル/投資銀行などプロフェッショナルファームに内定している、もしくは興味がある人
Angel Bridgeのキャピタリストはプロフェッショナルファームで活躍していた方で構成されており、業界内でもトップクラスに高い水準でのデューデリジェンスを経験することができます。
それによってExcelやPower Pointなどのハードスキルはもちろん、コンサル/投資銀行流の問題解決の思考法や分析の手法を深く学ぶことができるため、これからプロフェッショナルファームの面接を受ける/内定後に働くまでの準備をしたいという人にとってはこの上ない環境です。
②起業・VCを将来のキャリアとして検討している人
Angel Bridgeではリサーチ業務に留まらず、ソーシングやDDなど本格的なVC業務に携わることができるため、投資家としての視点やスタートアップの経営論点など、より本質的な学びを得ることができます。
③学生時代に集中的に取り組めることを探している人
Angel Bridgeでは業務内容に制限がなく、手を挙げればなんでも取り組むことができる環境であることに加え、週3日以上の出勤がマストとなっている(テストや旅行での休暇はもちろんOKです)ことで、非常にやりがいのある、密度の濃い時間を過ごすことができます。
最後に
Angel Bridgeの皆様にはこの半年間でマインドセットからハードスキル、仕事の進め方など、本当に様々なことを教えていただきました。また、業務外でも合宿やゴルフなどの社内イベント、飲み会に多数参加させていただき、公私ともに非常に充実した日々を過ごさせていただきました。
最初で最後のインターン先としてAngel Bridgeを選んでよかったと心から思っています。
この記事を読んでAngel Bridgeのインターンに興味を持った方はぜひホームページやTwitterから応募してみてください!

2025.02.25 TEAM
VC投資は「アート」ではなく「サイエンス」
——「Angel BridgeとはどんなVCですか?」と聞かれたら、どのように答えますか?
ひと言で、といわれたら「コンサルティングファームや投資銀行など、プロフェッショナルファーム出身者からなるハンズオン支援を得意とするVCです」と答えます。
——投資スタイルの特徴は?
投資においてもっとも重要なのは、投資先がポテンシャルを最大限発揮出来ることです。その実現のためにはファクトの分析に基づいた目利き力と、手厚く行き届いた支援が欠かせません。ベンチャー投資を勘や経験に基づく「アート」といわれることもありますが、われわれは投資先を選ぶ際も、投資先を支援する際も、事実や数字の裏付けを重視するため投資を「サイエンス」だと捉えています。
——投資を「サイエンス」だとおっしゃる理由について、もう少し詳しく聞かせていただけますか?
事実や数字によって対象の持つポテンシャルを可視化し、課題解決や目標達成を目指し最善の方策を考え、実践と検証を繰り返しながら真理に近づく。こうした営みはまさに自然科学の研究アプローチそのもの。だからこそわれわれは「ベンチャー投資はサイエンスだ」というのです。
遺伝子研究の徒がなぜ投資の世界に進んだのか
——河西さんは大学院で遺伝子の研究をされた後、投資銀行やPEファンドを経て、2015年にAngel Bridgeを創業されました。そもそもなぜバイオサイエンスの世界から投資の世界へ?
大学院でイネの遺伝子組み換えの研究をしていた人間が「なぜ投資の世界へ?」とよく聞かれますが、私自身は、研究対象が「イネ」から「企業」に変わっただけだと思っているんです。研究職も投資家も真理を追求するのが仕事。むろん分野は違いますが、本質的な部分では重なるところが多いと思っています。
——「真理を探究したい」という思いはどこから?
両親や祖父が大学の教授だったせいか、幼少期から物事を深く考えたり、分析したりするのが好きでした。それもあって研究者を目指し大学院に進学したのですが、アカデミアの世界はビジネスの世界と比べると、純粋な真理の探究の側面が強く、それによって社会を動かす意識があまり強くありません。もちろん例外はあります。ただ、これからの人生について考えたとき、象牙の塔にこもって研究に没頭するより、社会に出て探究した真理を世に還元するほうが自分の性分に合うと思い、金融の世界に足を踏み入れました。
——それで、投資銀行を選ばれた?
はい。企業価値をシビアに算定する姿勢に、研究に通じる論理性や厳密さを感じたからです。また、プロフェッショナルファームも研究者と同様、「個人技」が評価される職業でもあります。自らの手でキャリアを切り拓きたいという思いもあり、この世界に舵を切りました。
——投資銀行に入られた後、PEファンドにいかれたのはなぜですか?
投資銀行の本分は、あくまでも顧客への的確なアドバイスであり、サポートを提供すること。実務を通じて、真理の探究より顧客のために尽くす立場という側面が強いのを投資銀行で知りました。投資銀行からPEファンドに転じることを選んだのは、企業が成長する根拠をファクトに求めつつ、自ら手を汚す覚悟を持って投資先の経営に関与する姿勢に魅力を感じたからです。投資銀行時代にご一緒したPEファンドの方の仕事ぶりを見て「これこそ私がしたかった仕事なのかもしれない」と感じ転職しました。
——その後、PEファンドをもう1社経てAngel Bridgeを創業されました。稀なキャリアパスでは?
そうですね、PEファンド2社で7年間実務を経験した後、VCを立ち上げた日本人は、私が知る限りほかにいないのではないでしょうか。そういう意味でAngel Bridgeは、PEファンド的なアプローチを採る日本で唯一のVCといってもいいのではないかと思います。
日本経済再興のためにPEファンドではなくVCで勝負したい
——これまでの経験を踏まえれば、PEファンドを立ち上げてもよかったはずです。なぜVCだったのでしょう?
MBA留学から帰国して、日本は経済規模の割にVCの存在感が薄いことに気付きました。少子高齢化が加速するなか、政財界を中心に「日本も新産業を生み出さなければ」という機運が高まりつつあったとはいえ、米国などに比べると、まだまだ世に出る起業家の数が足りません。PEファンドで学んだ理論や手法をVCに持ち込もうと決めたのは、有力なメガベンチャーを世に送り出し日本経済の衰退を食い止めたい、新産業を創出し経済のパイを大きくして、豊かな社会を築きたいという思いからです。
——VCを立ち上げるにあたって周囲の反応はいかがでした?
「PE投資とVC投資はまったく違う。無理では?」と、よくいわれたものです。「成功に必要なノウハウも人脈も違うから」というのがもっぱらの意見でした。もっともな反応だとは思いますが「基本的にエクイティ投資なのは同じ。通用するはずだ」という考えが揺らぐことはなかったですね。もちろん異なる部分がない訳ではありません。しかし、経営者を見て、事業を見て、競合を見て、成長の余地を見極め、企業の価値を最大化するために手を打ち続ける点で、何ら変わるところはありませんでした。
——とはいえ、PE投資とVC投資は似て非なる世界です。ご苦労も多かったのでは?
確かにPE投資は一定の実力と実績を備えた企業を丸ごと買収し、経営改善を通じてさらに伸ばそうとするビジネスに対し、VC投資は立ち上げ間もない企業のポテンシャルを見極め、いち投資家として事業成長を後押しするビジネスです。オーナーシップを発揮するというよりも、経営陣やほかの投資家と手を携えて会社を伸ばす立場なので、似て非なる点があるのも確かです。先に申し上げたように、私は日本経済の衰退を食い止める一助になりたくてVCを立ち上げました。ゼロからコツコツ積み上げられたのは人生を賭ける覚悟を決めたからこそ。「儲かりそうだから」という軽い気持ちで参入していたら、おそらく続けられなかったでしょう。
——ある程度実績がある企業ではなく、立ち上げ間もないベンチャーを分析するのは難しいのでは?
確かに「VCにPEファンド的なアプローチが採れるんですか?」と、よく聞かれるのですが、プレシリーズAに手が届く段階になれば、一定のプロダクトがあり、それを支持する顧客が存在します。市場規模や将来性もファクトを積み上げれば見えてきますし、プロダクトが顧客の心に刺さる理由についても、当事者にインタビューさせていただければ明らかです。確かにシード期のスタートアップになると深掘りできる要素は限られますが、それでも目をこらせばビジネスモデルの妥当性や起業家のポテンシャルを確かめる方法がないわけではありません。お膳立てが整っていなくても、結果を出すためにあらゆる手を尽くす。それがプロの仕事だと思います。
——河西さんもVCを立ち上げた起業家です。だからこそ起業家と通じ合える部分が多いのかもしれません。
そうですね。起業家の心情はよくわかりますし、ゼロから事を成すのが好きな点など、気持ちが通じ合うポイントは多いかもしれません。前職のPEファンドにもベンチャーキャピタル機能はありましたが、対象となるのはあくまでレイターステージのベンチャーでした。いまはシード、アーリーステージのベンチャー経営者と接する機会が多いので、より当事者に近い目線で仕事と向き合えている気がします。
VC投資の成否を分ける「目利き力」の重要性
——VC投資を成功させるために重要なポイントは何でしょう。やはり強みとされている「ハンズオン支援」ですか?
投資先を選ぶ「目利き力」と「ハンズオン支援」のどちらが重要かと問われれば、迷わず目利き力だと答えます。おそらく目利き力が成功要因の7割以上を占めるのではないでしょうか。ポテンシャルの乏しい企業にいくら手厚い支援をしたとしても、うまくいく可能性はほぼありません。ハンズオン支援に成長のスピードを上げる効果はあっても、成功確率を高める効果は期待できないからです。
——ハンズオン支援はAngel Bridgeの強みかもしれませんが、だからといって、それありきではないんですね。
はい。もちろん投資先のニーズがあればできる限り手を尽くしますし、不要であれば当然見守り役に徹します。しかし、VCの最大の役割は大型の資金を継続的に供給していくことですから、「何が何でも、すべての投資先を支援します」というスタンスは、投資家のエゴでしかありません。ですから投資先に対しては、日頃から「何かお手伝いできることはありませんか?」と、お声がけし、相談を持ちかけていただいたら、全力で支えるようにしています。VCはどこまでいっても外部の株主ですから、応援団という立場から経営者の夢の実現に向かって全力でサポートしていくというスタンスを忘れてはいけません。
——繰り返し言及されている「目利き力」についてもう少し詳しく聞かせていただけませんか。要素に分解するとどんな力といえるのでしょう?
別の言葉で表現するなら「さまざまな角度から対象を分析する力」になるでしょうね。分析というと、どうしても数字を読み解くことに気を取られがちですが、たとえば「この経営者は途中で投げ出さず最後までやりきる人物か」を見極めるのも分析の範疇に入ります。経営者の経歴や過去の実績を調べるだけでなく、当時の関係者に会って裏を取るのも分析の精度を高めるため。数字はもちろん、数字に表れない要素を加味して分析する力をもって、私は「目利き力」と呼んでいます。
——よく河西さんは、投資先の経営者との対談で「この人にかけて駄目だったら仕方がないと思った」といった意味のことをおっしゃいます。目利き力に力を注いでいるからこそ、おっしゃるセリフなのかもしれませんね。
もちろん最後は「この起業家を何としても応援したい」というエモーショナルな気持ちが大事になりますが、それは、社会に正のインパクトを与えられるビジネスになるという確信があってのこと。投資家の責任として、目利きに力を注ぐべきだという気持ちに変わりありません。Angel BridgeのDDではスタートアップのポテンシャルをシビアに見させていただきますが、だからこそ投資後に全力で応援できるのだと考えています。
投資先の企業価値向上のために尽くすことこそ、ハンズオンVCの真価
——投資先に喜ばれる支援とはどのような取り組みでしょう?
プレシリーズAの前後のスタートアップですと、会社が進むべき方向感を明確にするための「壁打ち」相手になることが多いですね。次に多いのが「資金調達」に関する相談です。たとえば「シリーズAラウンドにあたって、どんなエクイティストーリーを描くべきか」「どんな順番でどの投資家にあたるのが得策か」といった、個別具体的な悩みにお答えする機会が多くなります。シリーズAラウンド投資が終わると、今度は優秀な執行役人材や営業先をご紹介したり、IPOを念頭にシリーズB以降のエクイティをどうするかといった、さらに一段視座を上げた課題に向き合ったりすることになります。
——冒頭、Angel Bridgeは「真理を追究するVC」とおっしゃいました。投資先への支援において大切にしていることは何ですか?
定期的な経営会議や株主報告会を通じて、将来のメガベンチャーに必要不可欠な、経営の「OS」を投資先にインストールすることを心がけています。戦略の立案、戦術の妥当性の検討はもちろん、細かいところではKPIの設定やプロダクトのプライシングなど、その時々の課題に対して適切なアドバイスやアウトプットを提供するだけでなく、われわれが手を下さなくても自走できるよう知見の移転に努めます。投資先の企業価値を上げるために、継続的に必要な資金や知見を惜しまず提供することこそ、ハンズオン支援を謳うVCの提供価値だと信じるからです。
——ありがとうございます。Angel Bridgeは今後どのようなVCになっていくのでしょうか。今後の展望をお聞かせください。
プロの株主として経営会議で議論するような大きな枠組みだけでなく、広報や人事など、執行にまつわる課題解決にも貢献できるよう支援メニューを増やしていきたいですね。投資家として数々の業界、数々の企業を支援してきた経験をもとに、「どの山にどんなルートで登るべきか」といったマクロな戦略から「どんなメンバーを集め、どんな装備で登るべきか」といったミクロな戦術まで、一気通貫で提供できる組織にしたいと思っています。VC投資に情熱を持つ優秀なメンバーが全力で支えます。
——最後にこの記事をお読みの読者にメッセージをお願いします。
私は日本再興の秘訣はスタートアップにしかないと考えております。少子高齢化、右肩下がりというこの状況を打破するには新しい企業がどんどんと生まれてその企業が雇用を生み出し、外貨を稼ぎ、経済をけん引するということが必要です。このような大きな事業を生み出していきたいと考える起業家の方は、是非とも共にその夢を追いかけて行けたらと考えております。また、このような想いに共感しプロフェッショナルファームで培った経験をスタートアップ領域に投じて投資先の成長に貢献したい方、もしわれわれの仕事に興味を持ってくださるなら、ぜひご一報ください。力を合わせ、1社でも多く日本から世界に羽ばたくメガベンチャーを創出していきましょう!

2025.02.12 COLUMN
前回の「Angel Bridge USベンチャー記事#10」は、後払い決済(BNPL)を提供する世界的にも有名なデカコーン企業klarnaについて紹介しました。
Angel Bridge USベンチャー研究#10
今回は、法人向けの大規模言語モデルを開発するユニコーン企業Cohereについて紹介します。
生成AI市場の全体像
2022年11月にChatGPTが公開されてから、生成AIを用いたプロダクトが次々と登場し生成AI市場は非常に盛り上がっています。ボストン コンサルティング グループは生成AIの市場規模が27年に世界で1210億ドル(約17兆円)に達する可能性があると予測しています。足元ではChatGPT deep researchが話題であり、毎日のように生成AIの精度は向上しています。

図1:生成AIの市場規模予測(※ボストン コンサルティング グループ)
生成AI市場は大きく以下の3レイヤーに分類することができます。
①アプリケーション
②基盤モデル
③インフラストラクチャー
それぞれを詳しく説明していきます。①アプリケーション概要:生成AIをプロダクトに組み込んだユーザー向けアプリケーションのこと。基盤モデルを基にしたAIアプリケーション(ex ChatGPT)と、外部APIを用いて自社でモデルを開発せずAIアプリケーションを提供する企業があります(ex Jasper)。基盤モデルを基にしたAIアプリケーション vs 外部API活用のAIアプリケーション
基盤モデルを基にしたのと外部APIを活用するアプリケーションの対比では、AIモデルの優位性だけでいえば、基盤モデルを基にしたアプリケーションに軍配が上がるでしょう。理由の一つとして挙げられるのはAIモデルの差別化です。外部API依存のアプリケーションを提供する企業は参入障壁が低く圧倒的な優位性を築けている企業が少ないのに対し、独自の基盤モデルを基にアプリケーションを提供する企業は優位性を築けています。
既存SaaS vs AI-nativeアプリケーション
既存SaaSとAIを主軸に構築されたAI-nativeアプリケーションの置かれている状況を対比します。AI-nativeアプリケーションは、既存SaaS企業による生成AIの導入に対抗しなければいけません。生成AIは過去のテック革命(ネット革命、クラウド革命、スマホ革命)と比較して、Distribution Channelに変化がないという特徴があります。具体的に説明するとスマホ革命では、スマホファーストなアプリを提供したUberなどがタクシーなどの既存企業をディスラプトしました。一方で、AI革命ではチャネルの変化はありません。AI-native 基盤モデルはAPI経由でのアクセスが可能です。よって、既存SaaS企業がAPI経由で生成AIを実装することが可能となっており、AI-native アプリケーションは既にチャネルを抑えている既存のSaaS企業からシェアを獲得しなければいけない難しさがあります。
アプリケーションレイヤーでの勝ち筋
一方で外部APIを活用したアプリケーションにも十分に勝機があります。AIモデル自体は外部のものをベースとするものの、特に業界などに特化したデータセットの構築や、エンタープライズ企業をはじめとした特定顧客へのカスタマイズ、カスタマーサクセスなどアプリケーション提供のオペレーションなどで優位性を構築するAIアプリケーションスタートアップは数多く存在します。日本の市場は産業ごとに障壁があるケースも多く、日本におけるAI企業の多くがこの領域で勃興すると考えています。
②基盤モデル
概要:AIアプリケーションを動かす、基盤となるモデルのこと。大規模言語モデル(LLM)や画像生成モデルなどが存在します。また、権限を持つユーザーのみアクセス可能なクローズドソース(ex GPT4o)と誰でもアクセス可能なオープンソース(ex Stable Diffusion)の形態が存在します。
クローズドソースvsオープンソース
クローズドソースとオープンソースの勢力を対比します。基盤モデルはこれまで、クローズドソースが優位とされ、外部からの資金調達も含め膨大な資本投下のもと、技術開発が集中的に行われてきました(ex OpenAI)。しかし、近年ではオープンソースの基盤モデルが急速に注目を集めています。例えば、Metaが公開したオープンソースのLlaMaモデルは、世界中のエンジニアによるチューニングにより、わずか数週間でChatGPTと同等レベルのアプリケーションが開発されました。このような「オープンソースコミュニティ」の存在により、従来のクローズドソースモデルが持つ独占的な優位性が揺らぎ始めています。
基盤モデルレイヤーの勝ち筋
汎用的な基盤モデルのプレイヤーは基本的には資本力がものをいう世界であり、後発企業がこの領域で勝つのは難しいといえるでしょう。ただ一方で、汎用的な基盤モデルの課題として企業の具体的なニーズに個別に答えるのが難しいという課題が存在し、業界やユースケースに合わせてカスタマイズしたバーティカル基盤モデルは一定の参入余地はあると考えられます。
例えば企業内にある独自データの活用やモデルの微調整など(ex RAG、Fine-tuning)、個社ごとにカスタマイズして活用する必要が出てきます。そのため特に金融業界など特殊なユースケースが存在する業界ではバーティカル基盤モデルの参入余地がありそうです。
③インフラストラクチャー
概要:AIモデルの学習や推論に必要な計算リソースを提供する基盤のこと。この層には、クラウドサービスプロバイダー(ex Amazon)や、AI向けGPUを提供するハードウェアメーカー(ex NVIDIA)が含まれます。
AI特需の恩恵を受けるインフラ事業者
アプリケーションレイヤーや基盤モデルレイヤーのスタートアップが競争を繰り広げる中で、最もAI特需の恩恵を享受しているのはインフラ事業者です。AIモデルの学習や推論には、膨大な計算資源が必要であり、それを提供するインフラ事業者への需要が急増しています。
実際、AI向けGPUを供給するNVIDIAは、直近の決算(2024年10月)で、売上高・利益が倍増するなどAI企業の設備投資の恩恵を受けています。AI市場の拡大に伴い、インフラ事業者は今後も重要な役割を担い続けると予想されます。
インフラストラクチャーレイヤーでの勝ち筋
Amazonなどのクラウド事業者やNVIDIAなどのGPUメーカーなど、ビッグテックが競合となるのでスタートアップの入り込む余地はほとんど考えられない領域ではありますが、省電力データセンターなどニッチな領域での参入余地があるかもしれません。

図2: レイヤー別企業例
Cohere概要
Cohereは、2019年にカナダのトロントで設立された法人向けの大規模言語モデルと生成AIサービスを提供する会社です。大規模言語モデルを開発するスタートアップの中では、GPTモデルを開発するOpenAI、Claudeモデルを開発するAnthropicと並び称される企業であり、先ほどの生成AI市場の3つの分類のうち、②基盤モデルと①基盤モデルを基にしたアプリケーションを提供するスタートアップです。
Aidan Gomez CEOはトロント大学在学中にGoogle Brainにインターンとして勤務し、2017年に投稿された機械学習における著名な論文である”Attention Is All You Need”論文の共著者として、OpenAIの開発するGPTモデルの原型にもなったTransformerアーキテクチャを提案しています。
2024年までに合計4回の資金調達を行っており、合計調達金額は$942.9M、評価額は$5.5Bのユニコーン企業です。主要投資家には、Index Ventures、Tiger Global Managementがいます。

図3: Cohere概要
サービス内容と技術優位性
CohereはLLM(大規模言語モデル)プロバイダーの中でもエンタープライズに特化したLLMを開発しています。2024年4月に最新モデルであるCommand R+を発表しています。
特徴は以下の3つです。
①10の主要言語による多言語対応
②RAGの精度が高くハルシネーションが軽減されている
③使いやすいユーザビリティを持つここでRAG技術について説明します。RAGとは、社内文書などの内部情報、外部の最新情報を信頼できるデータを検索して情報を抽出し、それに基づいて大規模言語モデル(LLM)に回答させる方法のことです。汎用的なLLMだけだと企業のごとの文脈に沿った回答を出すことができません。そこでRAG(検索拡張生成)を用いて社内文書を読み込むことで、企業ごとに異なる独自の情報を活用し、その企業に特化した回答を生成することが可能になります。
図4: RAG概要
下図のように、Cohere が提供するモデルのCommand R+は、Mistral AIが提供するモデルのMistral-Large、OpenAIが提供するモデルのGPT4-turboと比較しても、①翻訳性能、②RAGの精度の高さ、③使いやすいユーザビリティ、の3つの技術優位性を持ちます。

図5 : Command R+の性能(※Cohere社HP)
以上のような特徴を持つLLMをAPIベースで提供しており、API使用コストは上記2社と比較しても大幅に低いです。
図6: Command R+の価格
LLMに加えて、RAGを用いて社内文書を読み込むことで、精度高く、社内外の資料検索やカスタマーサポートに活用することができます。
競合
Cohereの競合であるOpenAIとAnthropicをファイナンス、特徴、トラクションの観点から比較しました。組織規模の面では劣るものの他2社と比較してto Bのエンプラに特化する戦略を取ることで、一定のポジションを獲得しています。
汎用的な基盤モデル(ex OpenAI GPT4o)だと個社ごとの具体的なユースケースに当てはめづらいという課題があります。そこで、CohereはRAG技術を強化し、個社ごとにカスタマイズするアプローチをとることで、OpenAIやAnthropicなどの汎用的な基盤モデルと差別化しています。

図7: 競合比較
トラクション
2024年3月末の時点でCohereは数百社の顧客基盤を持ち、年間収益は$35Mで、2023年末の約$13Mから増加しています。
また、Oracleや富士通と提携し、CohereのLLM技術を用いたアプリケーションを開発し、エンプラ機能を強化しています。
おわりに
今回は生成AI特集の第一弾として、エンタープライズに特化したLLMを開発するCohereを紹介しました。世界では基盤モデルを開発するAIスタートアップが盛り上がっておりその中でもCohereはエンタープライズに特化し存在感を放っています。インフラストラクチャーは既にビッグテックが大量の資金を投下している領域でありスタートアップの参入は難しいです。基盤モデルに関してもCohereのように他社と異なるポジショニングを取ることで優位性を構築できる可能性がありますが、基本的には資本力・高度な技術力が必要であり、参入は容易ではありません。一方で日本のスタートアップとしては、AIモデル自体で差別化をせずとも、データ・オペレーションを差別化することで強固な参入障壁を築けるケースが多々あり、このような戦い方でメガベンチャーが生まれることが期待されます。特にVertical、エンタープライズ特化等の戦い方は非常に相性の良い戦略で、既にメガベンチャーが生まれつつある領域だと考えています。
次回以降も生成AIのスタートアップの事例を取り上げていきたいと思いますので乞うご期待ください。
参考資料
- 「Who Owns the Generative AI Platform?」a16z
- 「生成AIとSaaSの対比」 生成AIに関するレポート DNX Ventures
前回の「Angel Bridge USベンチャー記事#10」は、後払い決済(BNPL)を提供する世界的にも有名なデカコーン企業klarnaについて紹介しました。
Angel Bridge USベンチャー研究#10
今回は、法人向けの大規模言語モデルを開発するユニコーン企業Cohereについて紹介します。
生成AI市場の全体像
2022年11月にChatGPTが公開されてから、生成AIを用いたプロダクトが次々と登場し生成AI市場は非常に盛り上がっています。ボストン コンサルティング グループは生成AIの市場規模が27年に世界で1210億ドル(約17兆円)に達する可能性があると予測しています。足元ではChatGPT deep researchが話題であり、毎日のように生成AIの精度は向上しています。
図1:生成AIの市場規模予測(※ボストン コンサルティング グループ)
生成AI市場は大きく以下の3レイヤーに分類することができます。
基盤モデルを基にしたのと外部APIを活用するアプリケーションの対比では、AIモデルの優位性だけでいえば、基盤モデルを基にしたアプリケーションに軍配が上がるでしょう。理由の一つとして挙げられるのはAIモデルの差別化です。外部API依存のアプリケーションを提供する企業は参入障壁が低く圧倒的な優位性を築けている企業が少ないのに対し、独自の基盤モデルを基にアプリケーションを提供する企業は優位性を築けています。
既存SaaS vs AI-nativeアプリケーション
既存SaaSとAIを主軸に構築されたAI-nativeアプリケーションの置かれている状況を対比します。AI-nativeアプリケーションは、既存SaaS企業による生成AIの導入に対抗しなければいけません。生成AIは過去のテック革命(ネット革命、クラウド革命、スマホ革命)と比較して、Distribution Channelに変化がないという特徴があります。具体的に説明するとスマホ革命では、スマホファーストなアプリを提供したUberなどがタクシーなどの既存企業をディスラプトしました。一方で、AI革命ではチャネルの変化はありません。AI-native 基盤モデルはAPI経由でのアクセスが可能です。よって、既存SaaS企業がAPI経由で生成AIを実装することが可能となっており、AI-native アプリケーションは既にチャネルを抑えている既存のSaaS企業からシェアを獲得しなければいけない難しさがあります。
アプリケーションレイヤーでの勝ち筋
一方で外部APIを活用したアプリケーションにも十分に勝機があります。AIモデル自体は外部のものをベースとするものの、特に業界などに特化したデータセットの構築や、エンタープライズ企業をはじめとした特定顧客へのカスタマイズ、カスタマーサクセスなどアプリケーション提供のオペレーションなどで優位性を構築するAIアプリケーションスタートアップは数多く存在します。日本の市場は産業ごとに障壁があるケースも多く、日本におけるAI企業の多くがこの領域で勃興すると考えています。
②基盤モデル
概要:AIアプリケーションを動かす、基盤となるモデルのこと。大規模言語モデル(LLM)や画像生成モデルなどが存在します。また、権限を持つユーザーのみアクセス可能なクローズドソース(ex GPT4o)と誰でもアクセス可能なオープンソース(ex Stable Diffusion)の形態が存在します。
クローズドソースvsオープンソース
クローズドソースとオープンソースの勢力を対比します。基盤モデルはこれまで、クローズドソースが優位とされ、外部からの資金調達も含め膨大な資本投下のもと、技術開発が集中的に行われてきました(ex OpenAI)。しかし、近年ではオープンソースの基盤モデルが急速に注目を集めています。例えば、Metaが公開したオープンソースのLlaMaモデルは、世界中のエンジニアによるチューニングにより、わずか数週間でChatGPTと同等レベルのアプリケーションが開発されました。このような「オープンソースコミュニティ」の存在により、従来のクローズドソースモデルが持つ独占的な優位性が揺らぎ始めています。
基盤モデルレイヤーの勝ち筋
汎用的な基盤モデルのプレイヤーは基本的には資本力がものをいう世界であり、後発企業がこの領域で勝つのは難しいといえるでしょう。ただ一方で、汎用的な基盤モデルの課題として企業の具体的なニーズに個別に答えるのが難しいという課題が存在し、業界やユースケースに合わせてカスタマイズしたバーティカル基盤モデルは一定の参入余地はあると考えられます。
例えば企業内にある独自データの活用やモデルの微調整など(ex RAG、Fine-tuning)、個社ごとにカスタマイズして活用する必要が出てきます。そのため特に金融業界など特殊なユースケースが存在する業界ではバーティカル基盤モデルの参入余地がありそうです。
③インフラストラクチャー
概要:AIモデルの学習や推論に必要な計算リソースを提供する基盤のこと。この層には、クラウドサービスプロバイダー(ex Amazon)や、AI向けGPUを提供するハードウェアメーカー(ex NVIDIA)が含まれます。
AI特需の恩恵を受けるインフラ事業者
アプリケーションレイヤーや基盤モデルレイヤーのスタートアップが競争を繰り広げる中で、最もAI特需の恩恵を享受しているのはインフラ事業者です。AIモデルの学習や推論には、膨大な計算資源が必要であり、それを提供するインフラ事業者への需要が急増しています。
実際、AI向けGPUを供給するNVIDIAは、直近の決算(2024年10月)で、売上高・利益が倍増するなどAI企業の設備投資の恩恵を受けています。AI市場の拡大に伴い、インフラ事業者は今後も重要な役割を担い続けると予想されます。
インフラストラクチャーレイヤーでの勝ち筋
Amazonなどのクラウド事業者やNVIDIAなどのGPUメーカーなど、ビッグテックが競合となるのでスタートアップの入り込む余地はほとんど考えられない領域ではありますが、省電力データセンターなどニッチな領域での参入余地があるかもしれません。
図2: レイヤー別企業例
Cohere概要
Cohereは、2019年にカナダのトロントで設立された法人向けの大規模言語モデルと生成AIサービスを提供する会社です。大規模言語モデルを開発するスタートアップの中では、GPTモデルを開発するOpenAI、Claudeモデルを開発するAnthropicと並び称される企業であり、先ほどの生成AI市場の3つの分類のうち、②基盤モデルと①基盤モデルを基にしたアプリケーションを提供するスタートアップです。
Aidan Gomez CEOはトロント大学在学中にGoogle Brainにインターンとして勤務し、2017年に投稿された機械学習における著名な論文である”Attention Is All You Need”論文の共著者として、OpenAIの開発するGPTモデルの原型にもなったTransformerアーキテクチャを提案しています。
2024年までに合計4回の資金調達を行っており、合計調達金額は$942.9M、評価額は$5.5Bのユニコーン企業です。主要投資家には、Index Ventures、Tiger Global Managementがいます。
図3: Cohere概要
サービス内容と技術優位性
CohereはLLM(大規模言語モデル)プロバイダーの中でもエンタープライズに特化したLLMを開発しています。2024年4月に最新モデルであるCommand R+を発表しています。
特徴は以下の3つです。

図4: RAG概要
下図のように、Cohere が提供するモデルのCommand R+は、Mistral AIが提供するモデルのMistral-Large、OpenAIが提供するモデルのGPT4-turboと比較しても、①翻訳性能、②RAGの精度の高さ、③使いやすいユーザビリティ、の3つの技術優位性を持ちます。
図5 : Command R+の性能(※Cohere社HP)
以上のような特徴を持つLLMをAPIベースで提供しており、API使用コストは上記2社と比較しても大幅に低いです。
図6: Command R+の価格
LLMに加えて、RAGを用いて社内文書を読み込むことで、精度高く、社内外の資料検索やカスタマーサポートに活用することができます。
競合
Cohereの競合であるOpenAIとAnthropicをファイナンス、特徴、トラクションの観点から比較しました。組織規模の面では劣るものの他2社と比較してto Bのエンプラに特化する戦略を取ることで、一定のポジションを獲得しています。
汎用的な基盤モデル(ex OpenAI GPT4o)だと個社ごとの具体的なユースケースに当てはめづらいという課題があります。そこで、CohereはRAG技術を強化し、個社ごとにカスタマイズするアプローチをとることで、OpenAIやAnthropicなどの汎用的な基盤モデルと差別化しています。
図7: 競合比較
トラクション
2024年3月末の時点でCohereは数百社の顧客基盤を持ち、年間収益は$35Mで、2023年末の約$13Mから増加しています。
また、Oracleや富士通と提携し、CohereのLLM技術を用いたアプリケーションを開発し、エンプラ機能を強化しています。
おわりに
今回は生成AI特集の第一弾として、エンタープライズに特化したLLMを開発するCohereを紹介しました。世界では基盤モデルを開発するAIスタートアップが盛り上がっておりその中でもCohereはエンタープライズに特化し存在感を放っています。インフラストラクチャーは既にビッグテックが大量の資金を投下している領域でありスタートアップの参入は難しいです。基盤モデルに関してもCohereのように他社と異なるポジショニングを取ることで優位性を構築できる可能性がありますが、基本的には資本力・高度な技術力が必要であり、参入は容易ではありません。一方で日本のスタートアップとしては、AIモデル自体で差別化をせずとも、データ・オペレーションを差別化することで強固な参入障壁を築けるケースが多々あり、このような戦い方でメガベンチャーが生まれることが期待されます。特にVertical、エンタープライズ特化等の戦い方は非常に相性の良い戦略で、既にメガベンチャーが生まれつつある領域だと考えています。
次回以降も生成AIのスタートアップの事例を取り上げていきたいと思いますので乞うご期待ください。
参考資料
- 「Who Owns the Generative AI Platform?」a16z
- 「生成AIとSaaSの対比」 生成AIに関するレポート DNX Ventures

2025.01.30 COLUMN
前回の「Angel Bridge USベンチャー記事#9」は、ECサイト内に高性能な検索アルゴリズムをAPIとして提供することでCVRを向上させるalgoliaについて紹介しました。
Angel Bridge USベンチャー研究#9
今回は、後払い決済(BNPL)を提供する世界的にも有名なデカコーン企業Klarnaについて紹介します。
Klarnaの概要
Klarnaは、2005年にスウェーデンのストックホルムで設立されたEC向けの後払い決済(BNPL)サービスを提供する会社です。2024年までに合計34回の資金調達を行っており、合計調達金額は$4.6B、評価額は$14.6Bに及びます。また、2024年11月に米国市場への上場申請を発表し、上場時の時価総額は$15~20Bになると予想されており、FinTechを代表するベンチャー企業の1つです。
Klarnaは、どのようにしてこれほどの成長を遂げることができたのでしょうか。まずは、ビジネスモデルについてご紹介します。

Klarnaが解決するペイン
①消費者側のペイン
消費者のペインとしては、購入時の決済が面倒、クレジットカードが使えない、といったことが挙げられます。
Klarnaが提供しているBNPLは、クレジットカードを持てない若者を主な対象顧客としており、手数料無料の一括払いや分割払いを提供しています。高金利なクレジットカードの分割払いに比べて、審査の簡便性や手数料等が無料であるといった点で消費者フレンドリーであり、「クレジットカードを持てない/持ちたくない」という若者から支持を得てきました。

②マーチャント側のペイン
販売者(マーチャント)側のペインとしては、即日入金ではないことによる資金繰りの悪化や煩雑な支払い手続きによる顧客の取りこぼし(カゴ落ち)が挙げられます。
BNPLは、ユーザー側に対して無利子・手数料ゼロで後払いサービスを提供し、マーチャント側から月額利用料と決済金額に応じた手数料を受け取るビジネスモデルです。マネタイズする方法はクレジットカードと同じですが、手数料が低く、購買費用が即日入金であるという点でマーチャント側にもメリットがあります。加えて、リスクが伴わない分割払い/後払いオプションでユーザー側に対して購入を後押しし、カゴ落ち率を低下させる効果もあり、このことがマーチャントの売上増加に繋がるポイントであり、彼らがBNPLを導入する大きな理由です。
Klarnaが提供するBNPLは、消費者側とマーチャント側の両方に導入メリットがあり、簡便で円滑な取引を実現しています。

サービス内容
Klarnaは、主に3つの分割払い・後払いプランを提供しています。
① 4回払いプラン(Pay in 4)
購入した商品の決済を4回に分割して無利子で支払うことができる支払いプランで、KlarnaアプリやVisaが使えるEC事業者で利用できます。
② 30日以内後払いプラン(Pay Later)
ユーザーが注文を受け取り、30日以内に支払うことで無利子で購入することができるプランです。
③ 即時ファイナンスプラン(Financing)
購入代金を6ヶ月から24ヶ月の分割払いで返済することができる貸付プランで、ユーザーは住所や電話番号などの諸情報を入力するだけで即時に与信枠を利用することができます。
以上3つの決済手段に加えて、支払いプランの管理や配送状況の確認などを全てアプリ「Klarna App」で管理することができます。煩雑な手続きを無くしたシームレスな支払いプロセスがKlarnaの強みだと言えます。
トラクション
Klarnaは、2024年時点で1.5億人のアクティブユーザーを誇り、45ヵ国で60万以上の加盟店と提携しています。2023年の年間売上高は$2,260M、2024年3Q終了時点の年間売上高は$1,847M(前年同期比+23%)、粗利益は$882M(前年同期比+16%)を記録しています。一方で、事業全体としてはまだ赤字であり、AIの活用による人件費の削減や米国市場の開拓を通じて黒字転換を狙います。

Klarnaの競合優位性
Klarnaの成長戦略として、ミレニアル世代やZ世代をはじめとする若者に特化したブランディングが挙げられます。FinTechとしてBNPL市場が立ち上がった2010年頃、BNPLの主要ターゲットはクレジットカードを持たない若者や低所得者でした。Klarnaも例に漏れず若者受けを重視したブランディングに率先して取り組みました。例えば、2019年に打ち出した「Get Smoooth」キャンペーンでは、若者に絶大な人気を誇るラッパーSnoop Dogg氏を起用し、Klarnaのシームレスな決済体験を強調しました。また、加盟店に関しても、ZARA、NIKE、ASOS、Sephoraなど、若者向けのファッションや化粧品ブランドと優先的に提携し、若者が利用しやすい決済環境の整備を進めてきました。
その後、順調にユーザー数を増やしてきたKlarnaは、現在業種を問わず幅広い加盟店との提携を拡大し、マルチプロダクト戦略によるBNPLエコシステムの構築を進めています。例えば、Klarnaは加盟店のオンラインストアを一元的に閲覧・購入できるショッピングアプリや対人決済で利用できるKlarna Cardを提供しています。これらの周辺機能を拡充することで、BNPLを軸としたKlarnaエコシステムを構築し、オンラインとオフラインの両方でシームレスな決済体験を提供しています。
下図は、Klarnaの主な競合を示しています。BNPL業界では、サービス自体の差別化がしずらいため、事業者は地域ごとに加盟店を増やし、UI・UX等の差別化を通じてユーザーを獲得する必要があります。そんな中Klarnaは、ブランディングや独自エコシステムの構築により、欧州を中心に最も多くのアクティブユーザーを獲得しており、スティッキネスの高いサービスを提供しています。

最近の取り組み
Klarnaの共同創業者でCEOを務めるSiemiatkowski氏は、AIの導入に対して極めて積極的な人物として知られています。その一例として、同社は2024年1月にOpenAIと提携して開発したAIアシスタントを発表し、ChatGPTのプラグインをローンチした世界初のFinTech企業となりました。
特筆すべき点はその実績です。KlarnaのAIアシスタントは、導入からわずか1ヶ月で230万件の会話を処理し、同社のカスタマーサポートチャットの約3分の2を占めるほどのインパクトがありました。同社によると、これは約700人分の従業員がこなす仕事量であり、問題解決時間が従来の11分から2分未満に短縮し、問題解決の正確性が向上したことにより再問い合わせが25%減少したと言います。

UI・UXの向上にとどまらず、Klarnaは社内用AIアシスタント「Kiki」の導入やマーケティングにおけるアイデア出し、画像の生成、翻訳作業など、幅広い領域でAIを活用しています。2024年9月には、営業パイプラインと人事業務の管理のために契約していたSalesforceとWorkdayを解約し、自社開発のAIで置き換えることを発表しました。Siemiatkowski CEOは、今後も積極的にSaaS企業との契約を見直し、AI活用によるコスト削減を進める意向を示しています。Klarnaの情報セキュリティガバナンスを懸念する声も上がっている中で、今後どのようにFinTech x AIの領域をリードしていくのか注目したいと思います。
日本のBNPL市場
最後に日本のBNPL市場についてご説明します。日本のBNPL市場も順調に拡大しており、2017~2022年で0.4兆円から1.3兆円までCAGR 24%で成長しました。2027年には、2.4兆円規模へ成長すると予想されており、Paidyや弊社が出資するSmartpayなど、スタートアップが業界を牽引しています。

一方で、日本におけるBNPL普及率は海外と比べてまだ低く、導入率上位10カ国の平均値をベンチマークにすると約4倍の拡大余地があります。クレジットカードの普及率が高い日本や米国において、従来は若者や低所得者がBNPLのコアユーザーでした。しかし、近年では支出管理や現金を残しておきたいニーズが30代以上やクレジットカードを所有する中高所得層にも一定存在しており、BNPLが新たな決済習慣として広まっています。
おわりに
今回は、EC向けの後払い決済(BNPL)サービスを提供するデカコーン企業Klarnaについて紹介しました。2024年11月に米国市場への上場申請を正式に発表し、AIの活用においても世間を賑わせています。クレジットカードの普及率や決済習慣の違いがある中で、今後米国のEC決済市場に浸透させられるか注目していきたいと思います。
最後になりましたが、Angel BridgeはCVR向上を目的としたEC周辺サービスにも積極的に投資しています。事業の壁打ちや資金調達のご相談など、お気軽にご連絡ください!
参考資料
- 「Klarna Plus soars to 100,000 subscribers in the US」Klarna(URL)
- 「Klarna AI assistant handles two-thirds of customer service chats in its first month」Klarna(URL)
- 「OpenAI お客様の事例 Klarna」OpenAI(URL)
- 「クラーナ、 AI 導入でコスト37%削減Vol.1:効率化とパーソナライズの向上」DIGIDAY編集部(URL)
- 「Klarna-Salesforce-Workday Partnership Called Off Amidst Major Gen-AI Overhaul」Thomas Morgan from SF BEN(URL)
- 「2022年度のEC決済サービス市場は28兆円超、2027年度に49兆円規模へ成長すると予測」矢野経済研究所(URL)
前回の「Angel Bridge USベンチャー記事#9」は、ECサイト内に高性能な検索アルゴリズムをAPIとして提供することでCVRを向上させるalgoliaについて紹介しました。
Angel Bridge USベンチャー研究#9
今回は、後払い決済(BNPL)を提供する世界的にも有名なデカコーン企業Klarnaについて紹介します。
Klarnaの概要
Klarnaは、2005年にスウェーデンのストックホルムで設立されたEC向けの後払い決済(BNPL)サービスを提供する会社です。2024年までに合計34回の資金調達を行っており、合計調達金額は$4.6B、評価額は$14.6Bに及びます。また、2024年11月に米国市場への上場申請を発表し、上場時の時価総額は$15~20Bになると予想されており、FinTechを代表するベンチャー企業の1つです。
Klarnaは、どのようにしてこれほどの成長を遂げることができたのでしょうか。まずは、ビジネスモデルについてご紹介します。
Klarnaが解決するペイン
①消費者側のペイン
消費者のペインとしては、購入時の決済が面倒、クレジットカードが使えない、といったことが挙げられます。
Klarnaが提供しているBNPLは、クレジットカードを持てない若者を主な対象顧客としており、手数料無料の一括払いや分割払いを提供しています。高金利なクレジットカードの分割払いに比べて、審査の簡便性や手数料等が無料であるといった点で消費者フレンドリーであり、「クレジットカードを持てない/持ちたくない」という若者から支持を得てきました。
②マーチャント側のペイン
販売者(マーチャント)側のペインとしては、即日入金ではないことによる資金繰りの悪化や煩雑な支払い手続きによる顧客の取りこぼし(カゴ落ち)が挙げられます。
BNPLは、ユーザー側に対して無利子・手数料ゼロで後払いサービスを提供し、マーチャント側から月額利用料と決済金額に応じた手数料を受け取るビジネスモデルです。マネタイズする方法はクレジットカードと同じですが、手数料が低く、購買費用が即日入金であるという点でマーチャント側にもメリットがあります。加えて、リスクが伴わない分割払い/後払いオプションでユーザー側に対して購入を後押しし、カゴ落ち率を低下させる効果もあり、このことがマーチャントの売上増加に繋がるポイントであり、彼らがBNPLを導入する大きな理由です。
Klarnaが提供するBNPLは、消費者側とマーチャント側の両方に導入メリットがあり、簡便で円滑な取引を実現しています。
サービス内容
Klarnaは、主に3つの分割払い・後払いプランを提供しています。
① 4回払いプラン(Pay in 4)
購入した商品の決済を4回に分割して無利子で支払うことができる支払いプランで、KlarnaアプリやVisaが使えるEC事業者で利用できます。
② 30日以内後払いプラン(Pay Later)
ユーザーが注文を受け取り、30日以内に支払うことで無利子で購入することができるプランです。
③ 即時ファイナンスプラン(Financing)
購入代金を6ヶ月から24ヶ月の分割払いで返済することができる貸付プランで、ユーザーは住所や電話番号などの諸情報を入力するだけで即時に与信枠を利用することができます。
以上3つの決済手段に加えて、支払いプランの管理や配送状況の確認などを全てアプリ「Klarna App」で管理することができます。煩雑な手続きを無くしたシームレスな支払いプロセスがKlarnaの強みだと言えます。
トラクション
Klarnaは、2024年時点で1.5億人のアクティブユーザーを誇り、45ヵ国で60万以上の加盟店と提携しています。2023年の年間売上高は$2,260M、2024年3Q終了時点の年間売上高は$1,847M(前年同期比+23%)、粗利益は$882M(前年同期比+16%)を記録しています。一方で、事業全体としてはまだ赤字であり、AIの活用による人件費の削減や米国市場の開拓を通じて黒字転換を狙います。
Klarnaの競合優位性
Klarnaの成長戦略として、ミレニアル世代やZ世代をはじめとする若者に特化したブランディングが挙げられます。FinTechとしてBNPL市場が立ち上がった2010年頃、BNPLの主要ターゲットはクレジットカードを持たない若者や低所得者でした。Klarnaも例に漏れず若者受けを重視したブランディングに率先して取り組みました。例えば、2019年に打ち出した「Get Smoooth」キャンペーンでは、若者に絶大な人気を誇るラッパーSnoop Dogg氏を起用し、Klarnaのシームレスな決済体験を強調しました。また、加盟店に関しても、ZARA、NIKE、ASOS、Sephoraなど、若者向けのファッションや化粧品ブランドと優先的に提携し、若者が利用しやすい決済環境の整備を進めてきました。
その後、順調にユーザー数を増やしてきたKlarnaは、現在業種を問わず幅広い加盟店との提携を拡大し、マルチプロダクト戦略によるBNPLエコシステムの構築を進めています。例えば、Klarnaは加盟店のオンラインストアを一元的に閲覧・購入できるショッピングアプリや対人決済で利用できるKlarna Cardを提供しています。これらの周辺機能を拡充することで、BNPLを軸としたKlarnaエコシステムを構築し、オンラインとオフラインの両方でシームレスな決済体験を提供しています。
下図は、Klarnaの主な競合を示しています。BNPL業界では、サービス自体の差別化がしずらいため、事業者は地域ごとに加盟店を増やし、UI・UX等の差別化を通じてユーザーを獲得する必要があります。そんな中Klarnaは、ブランディングや独自エコシステムの構築により、欧州を中心に最も多くのアクティブユーザーを獲得しており、スティッキネスの高いサービスを提供しています。
最近の取り組み
Klarnaの共同創業者でCEOを務めるSiemiatkowski氏は、AIの導入に対して極めて積極的な人物として知られています。その一例として、同社は2024年1月にOpenAIと提携して開発したAIアシスタントを発表し、ChatGPTのプラグインをローンチした世界初のFinTech企業となりました。
特筆すべき点はその実績です。KlarnaのAIアシスタントは、導入からわずか1ヶ月で230万件の会話を処理し、同社のカスタマーサポートチャットの約3分の2を占めるほどのインパクトがありました。同社によると、これは約700人分の従業員がこなす仕事量であり、問題解決時間が従来の11分から2分未満に短縮し、問題解決の正確性が向上したことにより再問い合わせが25%減少したと言います。
UI・UXの向上にとどまらず、Klarnaは社内用AIアシスタント「Kiki」の導入やマーケティングにおけるアイデア出し、画像の生成、翻訳作業など、幅広い領域でAIを活用しています。2024年9月には、営業パイプラインと人事業務の管理のために契約していたSalesforceとWorkdayを解約し、自社開発のAIで置き換えることを発表しました。Siemiatkowski CEOは、今後も積極的にSaaS企業との契約を見直し、AI活用によるコスト削減を進める意向を示しています。Klarnaの情報セキュリティガバナンスを懸念する声も上がっている中で、今後どのようにFinTech x AIの領域をリードしていくのか注目したいと思います。
日本のBNPL市場
最後に日本のBNPL市場についてご説明します。日本のBNPL市場も順調に拡大しており、2017~2022年で0.4兆円から1.3兆円までCAGR 24%で成長しました。2027年には、2.4兆円規模へ成長すると予想されており、Paidyや弊社が出資するSmartpayなど、スタートアップが業界を牽引しています。
一方で、日本におけるBNPL普及率は海外と比べてまだ低く、導入率上位10カ国の平均値をベンチマークにすると約4倍の拡大余地があります。クレジットカードの普及率が高い日本や米国において、従来は若者や低所得者がBNPLのコアユーザーでした。しかし、近年では支出管理や現金を残しておきたいニーズが30代以上やクレジットカードを所有する中高所得層にも一定存在しており、BNPLが新たな決済習慣として広まっています。
おわりに
今回は、EC向けの後払い決済(BNPL)サービスを提供するデカコーン企業Klarnaについて紹介しました。2024年11月に米国市場への上場申請を正式に発表し、AIの活用においても世間を賑わせています。クレジットカードの普及率や決済習慣の違いがある中で、今後米国のEC決済市場に浸透させられるか注目していきたいと思います。
最後になりましたが、Angel BridgeはCVR向上を目的としたEC周辺サービスにも積極的に投資しています。事業の壁打ちや資金調達のご相談など、お気軽にご連絡ください!
参考資料
- 「Klarna Plus soars to 100,000 subscribers in the US」Klarna(URL)
- 「Klarna AI assistant handles two-thirds of customer service chats in its first month」Klarna(URL)
- 「OpenAI お客様の事例 Klarna」OpenAI(URL)
- 「クラーナ、 AI 導入でコスト37%削減Vol.1:効率化とパーソナライズの向上」DIGIDAY編集部(URL)
- 「Klarna-Salesforce-Workday Partnership Called Off Amidst Major Gen-AI Overhaul」Thomas Morgan from SF BEN(URL)
- 「2022年度のEC決済サービス市場は28兆円超、2027年度に49兆円規模へ成長すると予測」矢野経済研究所(URL)

2025.01.29 INVESTMENT
2025年1月に株式会社パートナープロップ(以下パートナープロップ社)が、シリーズAの資金調達を発表し、資金調達額が累計8.5億円に到達しました。Angel Bridgeも本ラウンドにおいて出資しています。
パートナープロップ社は、パートナービジネスを成功させるためにパートナー企業の管理・育成を行うSaaSを提供するスタートアップです。
今回の記事では、Angel Bridgeがパートナープロップ社に出資した背景について、特にパートナービジネスを取り巻く環境と、パートナープロップ社の強みに焦点を当てて解説します。
1.パートナービジネスを取り巻く環境と課題
パートナービジネスとは、企業が自社の製品やサービスの営業を第三者の企業(パートナー)に委託する顧客獲得手法です。
企業がパートナーを活用する目的として、自社でリーチが難しい顧客に対してアプローチを行うことや、社内のリソースが不足している場合に効率的な営業を行うことが挙げられます。例えば、地方への営業拡大を行う際には、地銀とパートナーシップを組んで地場顧客へのアプローチを行うことで、これまで自社ではアプローチできなかった顧客に対して営業を行うことができます。
パートナービジネスは、BtoB取引の約75%を占めるという試算(※1)もある大きなチャネルであり、SaaSを含むITシステム、人材、メーカーなどの業種で多く活用されています。その背景として、多売モデルでパートナービジネスとの相性が良いことに加え、労働人材の減少による営業人材不足や企業の成長による顧客ターゲットの拡大によって、社外のリソースを利用するニーズが拡大していることが挙げられます。
図1:パートナービジネスを利用する目的と構造
直販セールスの領域は日本でも多くのセールステック企業が出現してDXが進んでいます。しかしパートナービジネスの市場は大きい一方で旧態依然としており、強いペインが残存しています。パートナーの稼働状況が可視化されておらず管理ができないことに加え、適切なインセンティブ設計/商材の学習システムがないために「パートナーが稼働してくれない」という悩みを持った企業が多く、パートナービジネスを活用する企業が多いのにもかかわらず、成功している企業はほとんどいない課題の大きな領域になっています。
図2:パートナービジネスにおける課題
これらのペインを解消するのが、パートナープロップ社が提供するパートナー・リレーションシップ・マネジメント(PRM)ツールです。ベンダーとパートナー間の情報共有や連携促進により、パートナーを適切に稼働させることを目的としています。世界的に見てもPRM市場は高い成長が見込まれており、2028年には157 Billion USD(※2)に達する見込みで、impact.comやImpartnerなどのユニコーン企業も出現しています。
図3:グローバルにおけるPRM市場
※1 アクセンチュア「B2BCX – 企業間取引における顧客体験調査2017」
※2 Grand View Research「Partner Relationship Management Market Report, 2021-2028」
2.パートナープロップ社の事業概要と強み
そんなPRM市場にパートナープロップ社はどのように切り込んでいるのでしょうか。続いて、パートナープロップ社の事業概要について説明します。
図4:パートナープロップ社のプロダクト
パートナープロップ社は、パートナー管理・育成を簡単に行えるツールを提供しています。ベンダー/パートナー間での案件状況やパートナー企業の各営業の稼働状況を独自プラットフォームで一括管理し、チャット機能を用いて円滑にコミュニケーションを取ることができます。また、「パートナーを稼働させる」「パートナーを育成する」ための商材のラーニング機能、パートナーへの段階的なインセンティブ付与機能などを搭載しており、競合企業と比較しても高い完成度を誇るプロダクトです。
投資検討の際には、『パートナープロップ』を導入している企業へのインタビューも複数行いました。パートナービジネスを既に実施している企業は「パートナーが稼働してくれない。稼働状況が可視化できずPDCAが回せない」といった課題を抱えており、パートナービジネスを始めたばかりの企業は「パートナービジネスの立ち上げ方がわからない」といった課題を抱えていました。このような課題に対して、『パートナープロップ』を利用することでパートナーと双方向のコミュニケーションが可能となり、さらにはeラーニングによるパートナー育成環境の整備やインセンティブ付与の仕組化を行うことができました。また、導入から一定期間が経過している顧客では毎日のように『パートナープロップ』を使用しているなど使用頻度の高さから顧客の満足度の高さを伺えます。
図5:顧客インタビュー
提供価値が高く、優れたUI・UXを誇るプロダクトが高く評価され、2024年3月のプロダクト正式ローンチから1年弱(2025年1月時点)にも関わらず多数のエンプラ企業や急成長しているベンチャー企業が利用しており、順調にMRRを伸ばしています。
海外で複数のメガベンチャーが生まれており、日本におけるペインも深い市場なので、先行するプレイヤーも複数存在しておりますが、パートナープロップは初期フェーズのスタートアップであるのにも関わらずパートナーの管理に留まらず「パートナーを稼働させること」にフォーカスした完成度の高いプロダクトを提供し、業界のことを熟知したメンバーによる丁寧な営業/CSによってリプレイス商談/コンペでの勝率も非常に高く、シェアを急速に獲得しています。
足元ではSaaS、プラットフォーム、人材、ITシステム企業などのニーズが強いですが、金融、メーカー、営業マーケティング代理店などの顧客も拡大しており、今後このような領域も本格的に開拓することで非常に大きな市場を攻めることができ、更なる成長が期待できます。
3.経営陣
パートナープロップ社には、パートナービジネスの知見が豊富なバランスの良い経営陣が集まっています。
図5:パートナープロップ社の経営陣
井上CEOは、リクルートに営業として入社後、事業企画として『Airペイ』におけるパートナービジネスを立ち上げてパートナー経由の顧客獲得が数10件~約6,500件のフェーズを経験されました。その後最年少でリクルートのSaaS事業である『Air事業』のPdMに異動し、事業立ち上げから全体戦略の策定・推進までを担当されていました。リクルートでのご経験に加え、海外先行企業の徹底的なリサーチなども相まって、パートナービジネスに対して非常に高い解像度をお持ちの「パートナービジネスのエキスパート」ともいえる人物です。投資検討プロセスを通して、高い戦略構築能力と事業に対する熱量も感じさせていただきました。
福森CTOは、スタートアップの1人目エンジニアとして新規プロダクトの開発や開発組織の立ち上げを経験した人物であり、プロダクトのイメージを開発に落とし込んでいく重要な役割を担われています。学生時代からの豊富なエンジニア経験を活かし、パートナープロップ社の強みであるプロダクト開発を支えている中心人物です。
金田COOは、リクルートの営業として金融事業セールス部門の立ち上げにも携わり、通期MVPを受賞されるなどトップセールスとして活躍された人物です。SaaS事業部アライアンスグループではパートナービジネスの立ち上げも経験されています。パートナービジネスへの深い理解と細かな顧客ニーズの吸い上げを踏まえた営業/CSはもちろん、社内コミュニケーションやオペレーションなどCOOとして広範にパートナープロップ社を支えられています。
宮下CISOは、新卒からIoTヘルスケアの研究開発やセキュリティ診断プロジェクトに従事した後、ヤフーに入社し、プラットフォームエンジニアとして全社へのセキュリティプロダクトの導入や運用を担当されていました。パートナープロップ社のプロダクトは多数のパートナーとプロダクトを接続する必要があり、セキュリティが重要ですが、宮下CISOが技術エキスパートとして、高いセキュリティを実現されています。
4.おわりに
パートナービジネスは、BtoB取引の約75%を占める大きなチャネルである一方で、パートナーが稼働しない、パートナーの稼働状況が可視化されていない、パートナーが育成できないなど、複数の強いペインが存在します。
こういった強いペインが存在する中で、パートナープロップ社は事業領域にフィットした優秀な経営陣と完成度が高く、競合優位性の強いプロダクトで市場に切り込んでいます。今後も日本ひいてはアジアのPRM市場を牽引し、Partner Driven Marketingという概念と共に大きな成長を遂げるとAngel Bridgeも確信しています。
Angel Bridgeは社会への大きなインパクトを創出すべく、難解な課題に果敢に挑戦していくベンチャーを応援しています。ぜひ、事業戦略の壁打ちや資金調達のご相談など、お気軽にご連絡ください!